五幕三場 「ご神体や~い」
「『ご神体』だって? そりゃ教会の神像のことじゃないのかい? え、違うって? それじゃあ知らないなぁ」
「俺達はいつもヴァーリ様に祈りを捧げているけど、それとはまた違うのかい? 他の神様じゃなくて?」
「神像ではないものですか? そんなものを拝んでいる人なんて、聞いたことありませんよ」
あれから3日間、昼は食堂や露店、夜は酒場を中心にいろいろな人達に聞き込みをして回ったが、それらしい情報は一個も得られなかった。
「どだい無理な話なんですよ~、どこの神様だか分からない神像を探すなんて。探しようがないじゃないですか。それにそんな訳の分からないものを信仰している人がいるとも思えないし」
リホはいい加減やさぐれていた。
どこを聞いて回っても帰ってくる返事は皆同じようなものばかり。
中には何を言ってるんだ? と言わんばかりに嘲笑う態の者もいて、リホのやる気はどんどん削がれていった。
「あるんですか、本当に」
フーカがポツリと呟いた。
自ら言葉を発することは少なかったが、フーカもご神体捜索には協力してくれていた。
だがこれだけ聞き込みをしてもそれらしい話一つ出てこないとなると、そもそもの信憑性を疑いたくなってしまう。
「あるんだろうよ。門番は面倒くさい奴だが嘘は言わない。正体不明の『ご神体』がある、と言えば、それは間違いなくある」
「でも、全然見つからないじゃないですか~。挙句の果てには馬鹿を見るような目で見られたりもするし」
どうやらリホの不満はそこにあるようだった。
自分で求めて探しに来た訳でもないご神体のことで、会う人に悉く馬鹿にされるのが我慢できないのだろう。
「………ここじゃないのかも」
フーカが何とはなしにこぼした言葉を師匠が拾った。
「どういう意味だ?」
「………この街ではないところにあるのかも、と思って……」
「この街以外、か。う~ん」
少し考え込むと、師匠は隣のテーブルで酒を呷っている男に尋ねてみた。
まだ早い時間だというのに、男は既に2杯のエールを空けて三杯目に突入している。
「ちょっと訊きたいんだが、この山脈の中にこの街以外に人の住んでいるところってあるのか?」
「あん? この街以外? ………あ~、あるにはあるなぁ」
「どの辺りだ?」
「たしか、南への街道沿いから少し外れたところに、3つくらいかな、小さな村があるよ」
「なんでそんなところに?」
リホが思わず訊き返した。
「よくは知らないが、街の生活に馴染めねえ、ってんで出ていった連中がいるって話だ。わざわざご苦労なことだよな」
男に礼を言ってもう一杯エールを奢ってやって、リホ達は再びテーブルで額を寄せ合った。
「どう思います? わたしはその村が怪しいと思うんですが」
「そうだな、そっちを探してみる価値はありそうだ」
「…………私も、そう思います」
「さすがフーカちゃんだね。目の付け所が違うよ、誰かさんと違って」
「ほう? 言うようになったじゃないか」
その後のリホと師匠のやりとりを眺めているフーカの顔に、ほんの少しだけ笑みが戻ったような気がした。
翌日。
三人は前日に仕入れた話を確かめるべく、カントの街を後にした。
街の出入り口への情報共有は既に済んでいたため、街から出る手続きもすんなりと済ませることが出来た。
そのまま街道を南へ進んでいくと、途中から登り道になって山腹をうねうねと縫うように進むことになった。
道の左側には時折深い谷が顔を覗かせており、はるか下には谷川の激しい流れが見て取れる。
「山、って感じですね~」
「そりゃそうだろう。当たり前のことに何を感心してるんだ」
「だってカントの街は山の中でも、結構開けていたじゃないですか。ここはもう完全に山の中で、こんなところに住んでいる人がいるなんて、あんまり考えられないというか」
「何言ってる。『あやかしの森』にはエルフ達がいたじゃないか」
自ら進んで森の中に生活圏を移したハイエルフ達と同じに語るのは、さすがに無理があるんじゃ、とリホは思った。
それくらい周囲に広がる景色からは、人の住んでいる気配は感じられない。
「ここか」
不意に師匠が立ち止まって、谷側の一角を見つめた。
リホも注意して眺めると、確かに人の通った跡らしきものが分かる。
「この先に集落が?」
「おそらくな。行ってみるか」
三人は脇道に入り足元に注意しながら少しずつ下っていった。
やがて谷川へ下りきる前に、斜面にへばりつくような形の集落が現れた。
家の数はせいぜい30~40軒といったところか。
むしろ場所を考えれば、これだけの家が集まっていることのほうが驚きだった。
「なんだかひっそりとしてますね……」
「余所者がきたからな。様子を窺ってるんだろう」
人が住んでいる気配は確実にあるが、人影は見当たらなかった。
時々人の気配を感じてリホがそちらへ目を向けると、さっと物陰に隠れる姿が目の端に入ったりするのだった。
集落の者に聞き込みをしようと考えていたが、とてもまともに話を聞ける状況ではなさそうだ。
そう考えながら、集落の中にそれらしい物がないか見て回る。
「あ、あれってなんだか教会っぽくないですか?」
「教会というより、祠だな、あれじゃ」
リホが指さした先にあったのは、石造りの小さな小屋で、入口の左右に石を積んで作った人の背丈くらいの塔らしきものが並んでいる建物。
入り口に扉はないが、中は薄暗いのかここからでは様子は分からなかった。
「覗いてみましょう」
リホが探索者らしい動きで周囲の様子を見ながら近づいていく。
一応念のため入り口付近に何か仕掛けられていないか確認したが、当然というか罠の類は何もなかった。
入り口から中を覗いたリホは、暗がりの奥にぼんやりと光っている物を見つけて、「?」となった。
薄く光を放っているそれは神像ではなく、ただの岩だった。
腰くらいの高さの円錐状の岩が部屋の奥に立っており、それが淡い光を放っている。
続いて中へ入ってきた師匠とフーカも、その岩を見て立ち止まった。
「……『ご神体』だな、これは」
「これが……『ご神体』?」
「……………」
三者三様で驚いていると、不意に後ろに人の気配が立った。
振り向くとそこには杖をついた老人が一人立っている。
「お前たち、それになんの用だ?」
老人はゆっくりと、しかし問い詰める口調でリホ達を睨んでいた。
「用というほどじゃないんだが、爺さん、これはここの『ご神体』か?」
師匠の問いに老人は身じろぎせずしばらく黙ってたが、やがておもむろに小屋の中へ入ってきた。
「村のご神体じゃと? そんなもの、わしらは知らん。わしらが拝むのはヴァーリ様だけじゃ」
「これを神像の代わりに拝んでいるんじゃないんですか?」
リホに訊かれた老人はリホを一瞥すると岩の前までやってきた。
「わしらはそれぞれにヴァーリ様を祀っておる。こんなところでは祈らん」
「じゃあ、これは一体……」
「数年前に妙な神官がやってきて、わしらになんちゃらいう神を信じるよう説いてきたのだ。その後わしらの信仰が変わらんと思ったのじゃろう、しばらくするとその神官はいなくなって、あとにこれが残されておった」
「残されていたって、この岩は元からここにあった岩ですよね? それが『ご神体』になったんですか?」
「……お前たちのいうご神体が何なのか分からんが、その神官が去った後でわしらもその岩が妙なことになっているのに気づいた。ここは村の者は立ち入らん。お前たちも早々に立ち去るがいい」
老人は杖を後ろ手に持って踵を返し、小屋から出ていった。
リホ達も老人の後に続いて小屋を出る。
「なあ爺さん、その神官ってのはどこの誰なんだ?」
「知らん。わしらの知らん神の名を語っておったが、どこからきた何者なのか、よく分からんうちにいなくなっておったわ」
「どこにいったか知らないか?」
「さあな。大方ここ以外の村にでも布教しにいったのじゃろうて」
「それは確かかい?」
「それも分からん。他の村のことなどわしらはよう知らんのじゃ」
(決して交流できない地理じゃないのに、これまたとんでもない無関心な村だなぁ)
リホは内心かつての「あやかしの森」のエルフ達以上だと舌を巻いていたが、何はともあれ一つ手掛かりを得られたようだった。
「師匠……」
「ふむ。その神官とやらが一番怪しいな」
「探すんですね?」
リホは周囲の山々を仰ぎ見て、ふうっとため息をついた。




