五幕二場 「ま~たわたしの知らない経歴を…」
翌朝、朝食の時間にフーカは起きてこなかった。
リホが食事を終えたころに現れたフーカは、居間のソファに腰を下ろすとぼんやりと外を眺めていた。
リホは特に何か言葉をかけるでもなく、フーカにお茶の入ったカップを手渡した。
少しだけペコリと頭を下げて受け取ったフーカは、立てた膝にカップを付けてやはり外を眺めたままだった。
「…………………」
リホはフーカに掛ける言葉を探したが、良い台詞は見つからなかった。
慰めても、励ましても、何か違う。
昨夜からリホもあれこれ考えていたが、結局のところ今回の件はフーカが自分自身で乗り越えなければならないことだ、と考えるようになった。
(わたしがどういうつもりでいるのかを伝えることはできる。でもそれはわたしの場合であって、それがフーカちゃんの正解とは限らない……)
リホはかつて魔導卿に言われた『動けることは大切ですが、動かない判断を下すことも、また必要なことなのだと思いますよ』という言葉を思い返していた。
今フーカに必要なのは無理やり正解まで引っ張っていくことじゃない。
待つことだ。
そう自分に言い聞かせて、リホはそっとフーカのことを見守ることにした。
昼前になってようやく出発した一行は、夕刻まで歩き続けた。
整備された街道だけあって、これまでよりも道行きは捗ったが、フーカはほとんど黙ったままだった。
幸いだったのはあれから盗賊が出てくることもなく、魔物も街道へはそう多くは侵入してこないようで、リホ一人でも簡単に対処できた。
師匠は変わらずマイペースでリホにもフーカにも声を掛け、たまにフーカがポツリと答えるようなやりとりが交わされること数刻。
緩やかに右に曲がった道の先に家々が見えてきた。
「村……?」
それはどう見ても村というより街だった。
「街だな」
師匠も同意する。
道の脇に古びて外れかかった案内板が刺さっていた。
そこにはかすれた文字で『カント村』と書かれているのがかろうじて読み取れた。
「街道が通ったことでここまで発展したか」
「すごいですねぇ」
師匠の感心したような呟きに、今度はリホが同意する。
実際山間にある集落としては破格の規模だ。
「ここに『ご神体』があるんですかね?」
「探してみるか」
三人は街へ入るべく歩みを進めていった。
「身分証がいるんですって。 師匠、どうします?」
街の入り口で行列を作っている人々にそれとなく理由を聞いたリホが、ちょっと困った顔をした。
きっとこの間撃退した盗賊団のような存在が結構いるのだろう。
この街の警備は思ったよりも厳重だった。
「わたしは冒険者証がありますし、フーカちゃんは学院の卒業証があるからいいですけど……、師匠はどうするんですか?」
列に並んではみたものの、このまますんなりと中に入れるとはとても思えない。
まさか無理やり突破するような真似をしたら、それこそ本末転倒な結果になってしまう。
そうこうしているうちに、列はどんどん進んでリホ達の番が近付いてきた。
「師匠、どうします!?」
「まあ、待て。ん~、どこだったかな? ……………これか?」
そう言って師匠が自分の『収納袋』から引っ張り出したのは、えらい年季の入った冒険者証だった。
薄汚れて元の色がよく分からないが、形状は確かに冒険者証のそれだった。
「師匠、それどうしたんですか?」
「ずいぶん前にもらったんだよ。成り行きでな」
師匠はリホ達に続いて入り口の衛兵に身分証を差し出した。
衛兵は受け取った冒険者証のあまりの汚さに顔をしかめたが、そこは職務に忠実に、表面の汚れを落として確認すべく詰所の奥から洗剤らしき液体と布を持ってきた。
目の前でゴシゴシと擦られてだんだん元の色が分かるようになってきて―――。
「!? 白金!! こ、これは大変失礼いたしました!」
現れた色を見て驚いたのは衛兵だけではなかった。
「し、師匠が、白金―――!」
流石にフーカも目を丸くしている。
白金級。
冒険者ギルドに於いて、長年の功績が認められた者にのみ送られる特別な級。
実質的な最高ランクは黄金級だが、ある種の名誉職ともいえる白金級を持つ者はわずかしかおらず、その希少さゆえに最も尊敬される冒険者だった。
冒険者証は偽造不可、複製不可、本人以外使用不可が絶対なので、衛兵達も疑う余地はなかった。
「この街に白金級の冒険者を迎えることができて光栄です。早速代官に連絡をして歓待を―――」
「いや、そういうのはいいんだ。今回はある意味お忍びだからな。極力目立ちたくない。分かるよな?」
そういって師匠はすうっと衛兵に近寄る。
その動きだけで衛兵達は白金級の威圧を感じて皆首を縦に振りだした。
「じゃあ、そういうことで」
無事にリホ達三人は街の中へ入ることができた。
当然のようにその後、リホからの質問攻めを師匠は食らうことになったが。
リホの追及を師匠がのらりくらりと躱しながら夕食を済ませ、宿に泊まった翌朝。
朝食を済ませると、三人は早々に街へ出てご神体を探し始めた。
「まずはこの街の教会ですかね~。そこが最有力候補ですけど」
表通りを歩きながらリホがキョロキョロと辺りを見回す。
狭い盆地に元々あった村が急速に拡大したのか、家々が密集していて中々に見通しが悪い。
道も結構入り組んでいて、街全体がごちゃごちゃした印象だ。
「あ~あ、この街に最低でもあと2日はいなきゃいけないなんて。良くできてますね、ここの仕組み」
入り口で街への出入りを認められた際に、次に街からでられるのは3日後だと告げられた。
街へ入ったという証明を各所の出入り口に共有するのにそれだけ時間がかかる、という説明だったが、同時にそれはこの街へ来た者に最低3日の滞在をさせて、宿泊費や食費、その他の金銭を落としていってもらおう、という魂胆が透けて見える政策だった。
「他に行くところもなきゃすることもなし、ここを通らずにガリル山脈を越えるのは無理だからな。必然的にここに留まるほかない、っていう形にしたのは賢いやり方だな」
(道なき道を歩いてここまできたんですけどね、わたしたちは)
リホは黙って突っ込んでおいた。
「………それにしても師匠が白金級だったなんて、本当にそれの価値分かってます? おいそれと貰えるものじゃないんですよ?」
夕べ師匠から聞いた話では、昔あった“ちょっとした”出来事によって、当時のギルド長から感謝の意を込めて贈られたもの、ということだったが、
「白金級を贈られる感謝って、一体何をしたんですか?」
「ひとを何かやらかしたみたいに言うな」
「だって、そんなの絶対なにかやらかしたに決まってますよ? だって師匠ですよ?」
これまで師匠がしてきたことを振り返れば、リホの言い分もある意味もっともなものだった。
「おっ、あれか、教会は」
師匠が促した先にはやや小ぶりの尖塔を持つ建物が、家々に挟まれるようにして建っていた。
中に入ってみると神官と思われる数人がウロウロとしているが、特に信者で込み合っている様子もなく、どちらかと言えば閑散としている。
「あの像、ですかね………?」
リホが指さす先には、金色の女神像が祭壇に祀られていた。
じぃーっと目を凝らして様子を窺うが、何か神性を感じられるような気配は伝わってこない。
「……………違いますかね?」
「違うな。だいたいあれは大地母神の像だ。それなら門番にそうと分かったはずだ」
竜王が持ってきた話では、『ご神体』がどの神の神性を帯びているのか不明、ということだった。
目の前で光り輝いているのは大地の女神ヴァーリの像。
「これじゃないとすれば、一体どこに……?」
リホは首を傾げてしまった。
フーカも黙って考え込んでいる。
「それじゃあ行くか」
「どこにですか?」
「探しにいくんだよ、『ご神体』を」
「だから、どこに探しにいくんですか?」
「この街全部だ」
「ふぁっ!?」




