五幕二場 「初めてのときはわたしも震えたよ…」
「うっぎゃぁぁぁ~、飛び散ったぁ~!」
「余計な口を開くな。『気』が散るぞ」
「は、はひぃ~」
師匠からのお咎めに慌てて口を紡ぐリホ。
言われた通りに素手で遭遇した虫系魔物を相手にしていたのだが。
素手で相手をするということは『気』を使って倒さなければならない訳で。
『気』を使うということは、触れたところから相手の体内に『気』を振動で送り込むことになる訳で。
そうすると、甲虫類は外側が硬い外骨格に覆われているから、その内側の柔らかい部分に振動が伝わって、そこから一気に破裂する訳で。
そんなこんなで甲虫類に『気』を叩き込む度にその腹が爆裂する様に遭遇していたリホは、もうそれだけで本気で
(帰りたい!)
と思うようになっていた。
「相手に対して『気』を送り込みすぎなんだよ。もう少し手加減してみろ」
「だって、そんなこといってダメージが入らなかったら、困るじゃないですか」
「その時は、追撃すればいいじゃないか」
「嫌ですよ、何度も触るなんて!」
「いいですよリホさん、打ち漏らしがあったら私が処理しますから」
フーカはどうやら虫が平気らしい。
何でも住んでいた村では当たり前に虫を捕まえて遊んでいたそうだ。
もちろんその時の虫は魔物ではなく通常の小ささだったが、虫そのものへの苦手意識は持っていないということだった。
「フーカちゃん、あんたはいい子だよぉ~」
リホに頭をよしよしされてニコニコしているフーカだが、じつはこの二人、そんなに歳は離れていないのだ。
「さあ、先へ進むぞ。今日中にこの尾根は越えていこう」
師匠に促されて、リホはまた先頭に立って虫との格闘に備えるのだった。
尾根伝いに山々を越え、結構な日にちが経った。
あれだけギャアギャア騒いでいたリホも流石に慣れてきたのか、最近では虫系の魔物が出ても淡々と片付けるようになっていた。
若干その際の目が虚ろ気だったのは気になったが。
虫系以外にも森林熊や緑虎などおなじみの獣系魔物も出てきたことで、リホにはいい気分転換になったようだった。
フーカも時折リホの背後から火球を降らせて敵の数を減らしたり、眠りの補助魔術で群れ全体を眠らせたりと、良い働きをしていた。
フーカはフーカで、魔導卿の許で作り上げてきた自分の固有術式が実戦に耐えるものというのが分かって、とても満足そうだった。
「おっ、街道に出たか」
尾根を下って盆地をしばらく進むと、森の間を切り開いた道にぶつかった。
近年になって整備されたという街道だろう。
それまでの木々の間を縫って進んでたのに比べてはるかに歩きやすくなったことで、リホとフーカの足取りも軽くなっていた。
「フンフフ~ン、フンフンフン~」
リホのすぐ横で鼻歌交じりにスキップしていたフーカ。
「!!」
突然リホに突き飛ばされて道横の草むらの中に倒れ込んだ。
直後にフーカのいた場所を石弓の矢が通り後ろの木に突き刺さった。
「敵です! 数は…………多いっ!?」
即座に『収納袋』から棒を取り出して構えを取ったリホが敵を探ると、木々の間に潜んでいる連中の気配が多数感じられた。
どうやらかなりの数の盗賊がいるらしい。
「フーカちゃんっ、大丈夫? 立てる!?」
「は、はいっ!」
草むらの中で急いで立ち上がったフーカは、リホに倣って前方へ向けて杖を構えた。
やがて見えてきたのは、揃いの緑色の短衣を纏った一目で盗賊団と分かる男達。
前衛の剣や短槍を構えた者や、後衛に控える石弓を担いだ者など、総勢20名近いだろか。
この街道を根城にしている盗賊団であることは明白だった。
「有り金全部置いて行ってもらうか、ここで全員くたばるか、好きな方を選びな」
「おっと、お嬢ちゃん達は俺らが丁重におもてなししてやるぜ」
いつでもどこでも、この手の連中の言うことは同じだ。
リホは聞く耳を持たず男共の動きを注視する。
「そんな訳で野郎にゃ用はねえから、金を置いてとっとと消えな!」
「フーカちゃん、後ろの連中をお願い!」
いうや否やリホが飛び出していく。
フーカは慌てて硬直の補助魔術を構築し始めた。
「!? やろうっていう―――ガッ!」
いきなり飛び込んできたリホに驚いた盗賊達は、リホの初手に対応できなかった。
構える暇も与えられず武器を弾かれ、叩きのめされていく。
因みにリホの棒には、「試練の塔」の時と同じように魔導卿が付与した術式の一時停止が施されていた。
今回の旅にあたって魔導卿がさらに改良を加え、リホがいつでも一時停止と再開を操作できるようになっていたのだ。
『今度の行先は人里ですから、あんな棒を無暗に振り回されては、何人死人が出るか分かりませんからね』
というのが魔導卿の主張だった。
前衛の盗賊達は次々にリホによって倒されていったが、流石に人数が多いこともあり、何人かは迎撃態勢を整えてリホを迎え撃った。
さらに後ろの石弓隊がリホに狙いを定めて撃つ機会を窺っている。
「硬直!」
そこへフーカの硬直魔術が発動した。
石弓を掲げたまま身動きが取れなくなる後衛隊。
リホは前衛を相手にしながら、その合間に動きのとれない石弓隊を片付けていく。
ところが。
「!? くっ!」
突然奥の森から放たれた風刃をからくも避けたリホだったが、服の脇を切り裂かれていた。
「魔術師がいるの!?」
姿は見えないが奥に魔術師がいる。
そのことにフーカは焦りを覚えた。
自分以外の魔術師がこの場にいる。
自分よりも長けているのだろうか?
自分にも攻撃してくるのだろうか?
「フーカちゃん!」
リホの叫びを聞いて我に返ったフーカは、状況を打破するために夢中で術式の構築を始めた。
フーカの前面に積層式の術式が展開されていく。
「!? やっば!」
それを見たリホが慌てて斜め後方に下がったのと、術式が発動するのとが同時だった。
「聖雷撃!」
放たれた雷撃は盗賊達の間を駆け巡り、さらに奥の木々の間に隠れていた魔術師へも襲いかかった。
「ぎゃあああああああっ!」
あちこちで雷撃に撃たれた断末魔が上がり、収まった時には盗賊達は全員地面に転がっていた。
「はあ、はあ、はあ、……………」
フーカは肩で息をしていた。
目の前で起きたことを受け入れがたかった。
自分の術式で人が死んだ。
自分の術式で人を殺した。
その事実が心に達した瞬間、フーカは猛烈な吐き気を催した。
「おぅええええええええ!」
跪き道端へ繰り返し吐き続けるフーカの許へリホが近付き、その背中をさすってあげた。
「大丈夫よ、フーカちゃん。あなたのおかげで助かったのだから」
その二人の姿を師匠は何も言わずに眺めていた。
「どうした?」
その夜、結界の中に展開した一軒家でなかなか寝付けなかったフーカに付き添っていたリホは、ようやくフーカが眠りに落ちたことを確認して居間へ戻ってきた。
「やっと落ち着いて寝ました」
師匠へ返答したリホは、そのままトスンとソファに座り込んだ。
「フーカちゃん、かなりショックを受けてましたね……。そうですよね、だってこの間まで魔術学院の生徒だったんですから」
曲がりなりにも冒険者として生計を立てていたリホと違って、フーカは単なる学生だったのだ。
まさか自分の扱っている魔術によって、人を殺すことになるなんて、夢にも思っていなかっただろう。
自分の魔術の威力とその結果引き起こされた現実を目の当たりにして、ショックを受けたのは当然だった。
「それも込みで魔導卿の依頼だからな」
「? どういうことですか?」
「フーカに色々経験させてやってほしい、というのはそういうことだよ。魔術が決して研究室の中だけのものじゃないってな」
「魔導卿が、そんなことを……」
「言っちゃいないさ。でもそういうことだろ、旅に同行させてくれ、っていうのは。ついて来れば嫌でも魔術を使う目に遭う。その時に何を相手にするかなんて、なってみないと分からないからな」
「………フーカちゃん、大丈夫でしょうか? 魔術が使えなくなったりしないでしょうか」
「さあな。フーカ自身の問題だからな。でも、意外と大丈夫かもしれんぞ。あれでフーカは魔導卿に似たところがあるしな」
「似たところ?」
「魔術を究めるのが楽しくてしょうがないんだよ、あいつらは。だからその障害となるものは全部乗り越えると思うぞ?」
「そうだといいですね……」
リホは暖炉で燃えている薪の炎をじっと見つめながら、明日フーカに何を話そうかじっと考えていた。




