五幕二場 「茶色で平べったくて触覚が長いといえば…」
パンテンまでの道のりは平和だった。
道中は宿場町も多かったが、さすがに今回宿の部屋割りはリホとフーカで一部屋になった。
「じゃあなんでわたしの時は師匠と同じ部屋だったんですか?」
「そりゃお前がおれの所有物だからだろ?」
「…………そうですか」
フーカはリホと一緒の部屋で泊まれて嬉しそうだったが、一方でリホは夜の鍛錬のための場所を探すのに一苦労だった。
最終的には街はずれの一角で師匠が結界を張り、そこで鍛錬を行うことにしたのだが。
「この結界、いつみても不思議ですよね~。どういう原理で動いているんだろう?」
フーカは毎回のように師匠が作動させる結界具に興味深々だった。
フーカは術式だけではなく魔道具にも興味を持っているらしい。
ただ残念ながら今回の旅では、魔導卿からアンクレット以外の魔道具は渡してもらえなかった。
それでリホが『収納袋』を使う時や、師匠が結界具を発動させるときには、いつもその使うところに張り付いて様子をじっと見つめているのだった。
「…………ふうっ」
リホが一通り型を演じ終わって、深く息を吐く。
「試練の塔」を経たことでリホの『武術』はまた一段と上達したようだった。
「明日はこのパンテンから南下するんですよね、師匠?」
「そうだな」
クァッドから西へ進むに従って何とはなしに気持ちが落ち着かなかったリホだったが、ここから南へ行くと分かって少しホッとしていた。
ただしそれはリホ個人の問題だけであって。
「でも、ここから南に道、ないんですよね? どうするんですか、マスター様?」
フーカは師匠のことを「マスター様」と呼ぶことにしたらしい。
魔導卿の呼び方に倣ってだそうだが、初めて呼ばれたときの師匠の嫌そうな顔をリホは覚えている。
「どうもこうもない。歩けそうなところを歩いていくだけだ」
「歩けなくなったら……?」
「引き返して歩けそうなところを探せばいいだろう」
フーカが「マジですか?」という顔で師匠を見つめている。
早い話が行き当たりばったりだ。
「フーカちゃん。まあ、なんとかなるよ。急ぎの用でもないんだし、のんびり行こ?」
リホは師匠のこういう志向に慣れてきているので、それとなくフーカをフォローしておいた。
「基本的には尾根伝いで行くから、そんなに歩き辛いということはないと思うぞ? それよりもだ」
師匠が改めてリホとフーカを見た。
「恐らくだが、山脈の浅いところでは魔物が出るな。それにお前たちがどう対処するかだ」
「やっぱり出ますか」
リホも何となくだが知識として、ガリル山脈には魔物が生息していることは知っていた。
山脈内の街道整備の際に多数の冒険者が駆り出され、中にはそこで名を馳せた者もいた、ということも。
ただどの程度の魔物が出現するかということまでは知らなかった。
「『試練の塔』と比べてどうですかね?」
「塔とは比べ物にならんだろうさ。ただ………」
そこで師匠は意味深な顔をした。
「なんたって自然の森だからな。お前の嫌いな連中が出てくる可能性はあると思うぞ?」
お前の嫌いな連中……?
「え、ええ~~~!? 出るんですか、あいつら?」
「多分な。随分前に行った時には出たぞ」
「いったいどんなのが……?」
「でっかい甲虫だった」
「ひいっ!」
リホは塔で遭遇した甲虫の群れを思い出してしまった。
黒光りする体躯、ゆらゆらと揺れる触覚、赤く光る複数の眼、そしてキチキチと音を立てて開閉している口―――。
「大丈夫ですよ、リホさん。私がふっ飛ばしてやりますから!」
「森の中だからな、火は使うなよ?」
「あう~、そ、それじゃあ、全部凍らせてやります!」
「フーカちゃん! お願いね!!」
リホは全力でフーカの魔術に期待するのだった。
パンテンから南へ下るに従って、段々と道が険しくなっていった。
はじめは平坦な草原が続いていたのだが、すぐに雑木林が広がり始め、やがて少しずつだが行く先が登り道になっていった。
そしていよいよ前方に山肌が見え始めた時。
「!? わぁぁぁ、出たぁ~!」
先頭を歩いていたリホが驚きと恐怖の声を上げた。
前方には数匹の甲虫。
体は茶色で平べったく、体躯よりも長い触覚が伸びている。
地面を這うように動いているが、微妙に羽根も震わせている。
(も、もしかして、飛ぶの!?)
大型の円形盾ほどもあるそれが集団で舞い上がって襲ってくる様を想像したリホは、もうすでに及び腰だった。
「リホさん、下がっていてください! 私が一掃します!」
杖を構えたフーカが前に出て、術式を構築し始めた。
すぐにフーカの周囲に複数の術式が展開され、光り始める。
「氷柱雨!」
フーカの頭上に形成された無数の氷柱が一旦上空に跳ね上がると、そこから地面目がけて凄まじい勢いで降り注いだ。
今まさに中空に舞い上がろうとしていた甲虫達は、上空からの氷柱の雨に貫かれて全滅したのだった。
「すご~い! ありがとうね、フーカちゃん! これなら安心だよ~」
フーカに駆け寄って手を取って大喜びしているリホだったが、そこへ師匠からの冷たい指示が飛んだ。
「次はお前が一人でやれ」
「え~~~~~~~~!? そんなのムリです!」
「ダメだ。塔でも対処できていたんだから、フーカに甘えずに処理しろ」
「だってぇ~、あんなの数いたら大変じゃないですか~? それならフーカちゃんの魔術でちゃちゃっと」
「お前が素手で倒すんだ」
「素手で!? そんな! ムリムリムリムリ!」
「いいか。この程度の虫を相手にできないのであれば、とてもじゃないが塔の上層階へは行けないぞ? 今のお前の目標はなんだ?」
「……………素手で岩人形を倒すこと、です」
「だったら虫ごときに手こずってるんじゃない」
師匠の言い分がもっともで、リホはそれ以上反論もできなかった。
「フーカは必要な時だけ補助してやれ」
「分かりました!」
「フーカちゃん、危なくなったらぜったい、ぜったいに助けてよ?」
懇願するリホのあまりの必死さに、フーカはおもわず吹き出しそうになった。




