五幕一場 「で、結局門番って何なんですか?」
「どうされますか、マスター」
竜王の帰った後、そのまま中庭のテーブルで4人は話し合っていた。
あの後、竜王は新入りのフーカに興味を示してちょっかいをかけようとしたのだが、珍しく魔導卿がそれを止めさせていた。
だがその時の台詞が
『この子は体力的には初等部の子ども並みですから貴方の興味を満足させることはないでしょう』
というとんでもない発言だったため、その後しばらくフーカが落ち込む羽目になってしまった。
因みに魔導卿は一切反省していない。
その後竜王は散々飲み食い散らかして、リホから「試練の塔」の話を軽く聞いて帰っていったが、帰りもまた中庭からだった。
「『ご神体』ねえ。それ自体は別に興味もないが、どこの神のご神体なのか分からない、ってのはちょっと面白そうだな」
「ではお出かけになるのですね」
「ガリル山脈の辺りは最近行ってなかったし、丁度いいかもな」
ガリル山脈は大陸のほぼ中央に位置していて、山々の高さはそれほどではないのだが、かなり範囲が広いためそれなりの難所とされてきた地域だった。
ただ近年では街道整備も進み、山脈内を縫って四方へ抜けられることもあって、それなりに人の行き来はある。
「あ、あの~」
先ほどまで初等部呼ばわりされて落ち込んでいたフーカが、おずおずと手を挙げた。
「さっきの話に出ていた“門番”って、なんですか?」
リホも昔聞いたことのある言葉だった。
確かリホがハーフエルフとしては珍しい、とか言っていたような……。
「門番か? ジジイはジジイなんだが」
「マスター、私から説明しますね。“門番”というのは、この世のどこかに存在するという異界との門を守る門番のことです」
「「門番!?」」
リホとフーカの声が重なった。
この世界にはかつて「門」が存在した。
その門を通って世界の創造主が出現し、この世界を創り上げていったと言われている、この世界の創造神話。
その門の番人のことだったとは。
「いるんですか、そんな存在が?」
「ああ、いるよ。ただの居眠りこいてるジジイだけどな」
リホの驚きをさらっと流す師匠。
門番のことを“ジジイ”呼ばわりって。
「そんなすごい人からの依頼を、竜王さん? が伝えにきたんですか? 竜王さん、すごくないですか?」
フーカの言葉ももっともなものだ。
ただし、門番からの伝令を務めているから竜王は凄い、と聞こえてしまうのは、竜王本人には聞かせたくないところだ。
「別に竜王は凄くないよ。あいつは元々門と門番を守る役目を仰せつかっているからな。だからしょっちゅうジジイの話を持ち込むんだ」
師匠がいうには、そもそも竜とは門に最も近い位置で生息し門を守るために生み出された種族だという。
「そうだったんだ~。竜について知らないことばかりだったです。でも俄然興味が湧いてきました! また来ないかな、竜王さん……」
何がフーカの好奇心に火をつけたのか分からないが、フーカの目が爛爛と輝いている。
「マスター、いつごろお出かけになりますか?」
「そうだな、そんなに急を要する話じゃなさそうだし、こいつの修業の様子も見ながら考えるとするか」
「それなら私から一つお願いしたいことがございます」
珍しく魔導卿が席を立って師匠に頭を下げた。
「フーカを同行させてやってくれませんか? 固有術式の構築もある程度目途が立ちましたし、ずっと研究室に籠らせているのも為にならぬかと考えておりました。マスターとリホ殿に同行できるのであれば、良い経験を積むことができると思います」
「いいのか? そこまで面倒を見てやれるわけではないから、最悪死ぬかもしれんぞ?」
「自分の面倒が見られる程度には術式も会得しておりますし、もし死んだのであれば」
そこで魔導卿はちょっと言葉を切った。
「亡骸を持ち帰ってきてくれさえすれば、後は私がどうとでも」
(こっわ~。それ絶対不死者として蘇らせる気じゃん)
心なしか笑みを浮かべているように見えなくもない魔導卿の顔を見ながら、リホはこれは何が何でもフーカを守らなければ、と秘かに誓っていた。
「さて、フーカ。これを貴方に差し上げます」
出発の日、魔導卿がフーカに手渡したのは、金色に輝く一組のアンクレットだった。
「これは………?」
「走行力を補助する魔道具です。これを付けておけば、初等部並みの貴方の体力でもマスターやリホ殿に置いていかれることはないでしょう」
「…………………」
「マスターは言うまでもなく、リホ殿も貴方と比べれば体力的にはるかに勝っていることは、ここに来るときの道中でも感じたことでしょう? 今回貴方も修業の一環として同行するのですから、お二人に迷惑をかけぬよう、これくらいのことはしておかないと」
「これくらいのことって、これとんでもない魔道具じゃないですか! 先生、これどうやって作成したんですか? 作り方教えてください!」
「それはまた帰ってきたときにいずれ……」
魔導卿とフーカの師弟コンビがやいやい盛り上がっているのを尻目に、リホは師匠に近付いた。
「師匠、今回は何か変なこと企んでませんよね?」
「なんだ、今回はって」
「だって『試練の塔』のときは何の説明もなしに一人で放り込んだじゃないですか」
「ああ、そういうのだったら今回は別に考えていないな、まだ」
「まだ?」
「行ってみないと何が起きるか分からんだろう?」
(行き当たりばったりで放置プレイとか勘弁してほしいんですけど!)
抗議しようかとリホは思ったが、どうせ言っても無駄に終わると思い直した。
だって師匠だし。
「どの道で行くんですか?」
「まずは西だな。ヴィステリウムからの戻りとは違う道で行こう。そのほうが面白い」
「じゃあ結構西回りで回り込む感じですね」
リホが気になったのは、西へ進めば進むほど自分がかつて追放された村に近付くことになるからだった。
母と二人で村を追われた後、東へ東へと流れていったリホにとって、西への旅というのはあまり気の乗るものではない。
「いや。パンテンの街まで行ったらそこで南下する」
「えっ、でもパンテンから南の街道なんてないですよ?」
「それがどうした?」
これは久々に厳しい旅路になりそうだ。
リホは向こうで魔導卿と話に花を咲かせているフーカのことを見やって、そっとため息をついた。




