一幕三場 「初めてのお泊り♡」
その夜。
旅に出てからの初めての野宿となった。
「な、なんですかぁ~これは!? こんなの野宿っていいませんよぉ~!」
リホが驚くのも無理はない。
“師匠”が自身の『収納袋』から取り出したのは、どう見ても一軒家だったのだ。
もちろん普通の家としては大きいほうではない。
それでもそんなものがまさか袋から出てくるなんて思ってもなかったリホは、このおかしな状況についていけなかった。
「魔導卿がな、『これは持ち運びできる家の試作品です。是非使ってみて感想をお聞かせください』って言ってな。俺はべつにこういうの要らないんだけど、お前には要るかな? とも思ってな」
何気に“師匠”も優しいところがある、とリホは感じたが、それにしても、旅の途中の野宿に一軒家を用意するとは、なんとも常識はずれな対応だとも思う。
「魔導卿って、なんでもアリなんですねぇ」
リホはしみじみ呟く。
「ああ、あれはな。おれがちょっと他所のそういう存在のことを仄めかしたら、俄然やる気になってしまってな」
「他所の存在?」
「いろいろ便利な道具を持っていて、どんな要望にも応えてくれるやつがいるんだよ。その話をしたら、いたく興味を持ってな。『収納袋』もそれで作り出したんだぞ?」
そういえば魔導卿もそんな話をしていたな。
「その存在って、何者なんですか? それじゃぁまるで神々じゃないですか」
「神ってわけじゃないんだがな。まぁ、そこはそれとして」
“師匠”はしれっと話題を逸らした。
「結界も引いてあるし、今夜はここで修業をするぞ」
「ここで、ですか!?」
「そうだよ。なにか問題あるか?」
「だって……」
2人が野宿地にしたのは、細道からほんの少し逸れた場所にある空き地だった。道からは丸見えである。
「大丈夫だと思うぞ。魔導卿の結界はなんでも『この世界と少し位相をずらす、と言ってたからな』
「……いそう、ですか?」
「難しいことは考えなくてもいい。とにかく大丈夫ということだけわかっていればいいんだ」
「はぁ…」
“師匠”もまるで分からない人だが、魔導卿も魔導卿でよく意味不明な言葉を並べ立てて延々と何かを説明している時があり、リホにはよく分からないことが多かった。そういう意味では2人はよく似ているかもしれない。
食事についても、……いや、これはもはや言うまい。
食べ物はリホの『収納袋』から出すことになったが、リホが(晩御飯……)と思いながら手を入れると、
・牛肉のワイン煮込み
・新鮮なサラダ
・焼き立てパン
・ワイン
という豪華セットが袋から飛び出してきたのだった。
ただ、家の件でもう何が飛び出してきてもそれほど驚かなくなっていたリホは、少々びっくりはしたが『こういう袋だから』と自らを納得させて、ありがたく温かい食事にありついたのだ。
正直、これまでの道中で泊まった宿屋の食事よりもおいしかったのはここだけの話。
でもリホは“師匠”に思わず尋ねてしまった。
「師匠、これならお金使って宿屋に泊まらなくてもよくないですか?」
「それじゃあ面白くないだろう?」
リホはポカンとした。
「人がいれば、何かが起こる。何かが起こるから楽しいんだ。それなのにわざわざ周りから遠ざかってイベント減らしてどうする」
「そういうものですか?」
「そういうもんだろ」
リホは最近、やっと“師匠”のことが理解できてきていた。
元々修業をするとき以外そんなに接点がなかったから、以前はそこまで深く知ることも考えることもなかったのだったが、いっしょに旅をするようになって気づいたことがあった。
(この人は『面白い』というのがなによりなんじゃないだろうか?)
竜王から今回の件を持ち掛けられた時もそう言っていたし、なんだか自分のこともそうだった気がする。
“師匠”にとっては『面白そう』だから、『あやかしの森』のエルフの様子を見に行くのだ。
そう考えたリホの脳裏に、チクッとした小さな痛みが走った。
エルフのいる森へ行く。そのことをすっかり忘れていた。
同族のいる場所へ向かう。リホにはそのことにぬぐえない苦痛があった。
自分と母を村から追い出し、困窮の底へ追いやった同胞たち。
その後の母との2人暮らしは常に不安と苦労とに満ちたものだった。
その感覚はいまもリホから抜けきることはない。
自分がハーフエルフという特殊な出自であることを隠さなければ、普通のヒト族として世の中で平穏に生活できないことも。
なんなら、自分に剣術、魔術の才能がなかったことすら、自分たちを村にいられなくした同胞たちに責任があるのでは、と時には思ってしまうことも過去にはあった。
自分の人生の不幸はすべて、村から追い出されたことに原因があるのではないか。
そしてそれはハーフエルフである自分の責任なのではないか。
そんな風に自分を責めてみたこともあった。
結局、今も自分の生まれ故郷とそこの住人達に対する思いはぐちゃぐちゃのままで、整理も決着もついてはいない。
もちろん、『あやかしの森』にいるエルフ達は、かつて自分と母を迫害した同胞ではないことはわかっている。
わかってはいるが……そう簡単に思考と感覚を切り離せないのだった。
「どうした?」
「!? はっ、はい! なんでしょう?」
そんなリホに“師匠”が声を掛けたのだが、リホはなぜだか“師匠”に知られるわけにはいかない、と思い、咄嗟に態度を繕ってしまった。
「そろそろ修業をするぞ。準備しろ」
「わかりました。すぐ支度します!」
リホは『収納袋』から棒を取り出すと、くるくるっとまるで気持ちを切り替えるかのように振り回して、師匠の下へ歩いて行った。
その夜の修業はこれまでよりかなり複雑かつしんどい型が多く、終わるころにはリホはへとへとになってしまって、その後はすぐに前後不覚で寝入ってしまった。
昼間に一人で野盗どもを相手にした疲れもあったのかもしれない。
“師匠”が敢えてその日の鍛錬の量を増やしたことをリホは知らない。
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