一幕四場 「おしおき?なにそれおいしいの?」
数日後。
リホと“師匠”は『あやかしの森』に最も近いカルドの街に到着した。
ここから『あやかしの森』までは更に2~3日ほどかかるらしいのだが、ここから先には街や村はないらしい。
「ここには何か異変があるような感じはしないが……、森について何か知っている奴がいるかもしれん。ちょいと聞きまわってみるか」
そういって“師匠”がリホを連れて向かったのは、定番の酒場だった。
情報収集なら酒場に限る! と“師匠”が力説していたが、
(そんなの常識なのでは……?)
とリホが内心思っていたのはここだけの秘密だった。
まだ午後の早い時間帯だったこともあり、酒場の中はそれほど多くの客はいなかった。
リホと“師匠”は食事も兼ねて、まず酒場の店主に聞き込みを掛けてみた。
「店主、取り敢えず軽めの食事と飲み物を2人前くれ」
そういって“師匠”は慣れた感じでカウンター席に座る。リホもそれに倣ってその横に腰かけた。
「今の時間帯だとウサギ肉のサンドくらいしかできないが、それでもいいか?」
店主はややぶっきらぼうな感じだったが、それでもちゃんと訊いてくれた。
「それで構わんよ。それと、ここ最近で『あやかしの森』について何か変わったことが起きているっていう話はないかい?」
出されたワインを飲みながら“師匠”が尋ねた。
「『あやかしの森』ねえ……、正直この街にくる連中はあそこは通らないのが普通だから、そんな大した話は……、あっ、そうだ。一つだけあるよ」
店主はサンドを作りながら話を続けた。
「元々『あやかしの森』の深部には入れなかったんだけど、最近それが周辺部でも追い返されるようになったってさ、キノコの収集人が言ってたなぁ」
「キノコの収集人?」
リホはそこに引っかかった。
「ああ。あの森の中には珍しい美味いキノコが生えてるんだよ。それを取ってくる連中のことを収集人と呼んでるんだが、連中もあの森がヤバいってのは分かってて奥までは入り込まない。そもそもあの森に入るのは連中くらいだし、他の者は森のことなんか気にしてないから、噂にゃなっていないがね」
「周辺部で追い返される、か」
「だけどあの森は元来そういうところだろ? なんたってハイエルフが住んでるっていう話だし」
店主は湯気の立つウサギ肉を挟んだサンドを2人に出してくれた。滴り落ちるソースが何とも美味しそうだ。
「それに、今この街は森の話どころじゃないんだよ」
店主が声を落として意味深に呟く。
「それどころじゃないって?」
“師匠”が続きを促した。
店主は辺りを窺ってから、ますます声を潜めた。
「新しく赴任した執政官がな、何でも王都の貴族の縁者とかで、その権威をかさに着てやりたい放題なのさ。税率は上げるわ特産品を専売にして儲けを独り占めするわ、挙句の果てには違法奴隷を売買してるっていう噂でさ。そいつのせいで最近街の治安が悪いんだよ」
「それは典型的な“悪代官”だな」
“師匠”はどこか嬉しそうに呟いた。
(“アクダイカン”? なんだろう、それ)
サンドをほおばりながらリホは疑問に思う。時々“師匠”は知らない言葉を使うことがある。
結局森についての話はそれくらいしか仕入れることができなかった。
しかし“師匠”としてはそれよりも執政官のほうに興味を持ったらしい。
「ちょっと調べてみるか」
酒場を出た後“師匠”がそう言った。
「執政官のことをですか? なんで……」
「面白そうだからだ」
「…………」
そうだった。この人はこういう人だった。
その後街中で何人かに執政官についての話を訊いてみたが、周りの目を気にしてか皆口が重かった。
そして、酒場の店主が言っていた通り、街の雰囲気が明らかに良くなかった。
細い路地の奥からこちらを窺っている視線を感じたことは何度もあった。
リホは探索者という職業柄そういう視線には敏感なほうだったが、“師匠”から『気』を教わるようになってからより一層、その手の気配というか自分に向けられる意識に対してはよく気が付くようになっていた。
向けられた視線はどう見ても好意的なものではなく、中には一瞬だが明確に殺意を感じたものもあった。
そんなリホを尻目に“師匠”はあちこち街中を歩き回り、店の中を覗いたり品物を眺めたりしていたが、やがて
「今日の宿を決めるか」
そういって途中で見つけた宿屋へスタスタ歩いて行った。
「今夜この街に泊まるんですか?」
先ほど感じた視線の気持ち悪さを思い返して、リホはちょっとためらった。
「そのほうがいろいろ分かることもあるだろう?」
「いろいろわかるって……、むしろ分からない方がいいのでは……」
リホは不安が立っていたが、“師匠”が言い出したら止めることはできない。なにしろ自分は“師匠”の所有物だ。
「せめて治安のいい宿屋に……」
リホの願いも空しく、“師匠”が決めた宿屋はどう見ても中の下以下の安宿屋だった。
「……お二人ですか?」
宿屋の入り口で訊いてきた男は上目遣いにリホと“師匠”を見た。その目つきにリホは(ここは、マズいんじゃないか……)と思ったが、黙らざるを得ない。
「お二人別々のお部屋で?」
「いや、一部屋でいい」
“師匠”がそう言ったとき、男の眉が少しだけ上がった。男は“師匠”の姿をちらっと確認すると、部屋の鍵を渡した。
「部屋は2階の一番奥の部屋です。風呂はないので湯が必要なら早めに申し出てください。……食事は?」
「なしでいい。どこか晩飯におすすめの場所はあるかい?」
「……ここを左に出て最初の路地を入ったところにある『闇夜の剣』というところがおすすめです」
「わかった、ありがとな」
そういって“師匠”は鍵を受け取って2階へ上がっていく。リホも後に続く。
そんな2人の後姿を、男は暗い目でじっと見送っていた。
宿屋の男に教えられた『闇夜の剣』という店は、細い路地の結構奥まったところにあった。
店はそこそこの大きさだったが、客の数は多くなく、丸いテーブルに2,3人ずつちびちびと酒を飲んでいる連中が3,4組くらい。
リホにもちゃんと『ここはヤバそう』と分かる雰囲気の店だったが、“師匠”はお構いなしに中へ入っていって、テーブルの一つに着いた。
「いらっしゃいませ」
店主の男がやってきた。ちょっとびっくりするくらい腕が太い。まるで食人鬼のようだ。
「この店のおすすめをくれ。あとはエールを2杯」
“師匠”が注文する。
リホはまだ落ち着かなかった。明らかに店中の客から見られている。
「(……ちょっと、師匠。ここ、大丈夫なんですか? っていうか、大丈夫じゃないですよね?)」
リホが顔を寄せて囁く。
「べつに問題ないだろ? せっかくすすめてくれた店だからな。あとであいつに感想を教えてやろう」
“師匠”は声を落とさず返事をしてくる。それじゃ周りに聞こえちゃいますってば。
リホは慌てて様子を窺うが、周囲の客はこちらをチロチロ見ているだけでそれ以上のことは何もない。
「お前は気にしすぎなんだよ。もっと堂々と構えていろ」
そういわれてリホは仕方なく料理が運ばれてくるのをおとなしく待つことにした。
料理は確かに美味しく、リホも思わず周囲のことを忘れるくらいだった。
“師匠”も「確かにおすすめだけあるな」と言いながらしっかり食べている。
出てきた料理二皿とエールを堪能して、一息ついたころ。
(あれ、そんなに飲んだっけ? ずいぶん眠気が……)
そう思う間もなく、リホはテーブルに突っ伏してしまった。
それを見た周りの客たちがおもむろに立ち上がった。
「おい、てめえ」
一人の男が“師匠”に詰め寄ってきた。
「なんでてめえは起きてんだ?」
「さあね?」
“師匠”はわざとらしく肩を竦める。
「薬の量が足らなかったんじゃないか?」
「……ふざけやがって。おい、その女と金を置いてとっとと消えな。そうすりゃ、命だけはたすけてやんよ?」
「金は払うよ。食事の分だけな。この女は置いてはいけない。あいにく俺のものなんでな」
「てめえの女かどうかは関係ねぇんだよ、俺らがもらうって言ってんだ。痛い目見ねぇうちに素直に言うこと聞いた方がいいぜ?」
「そういうの間に合ってるんだよなぁ。悪いこと言わないから、大人しくしてるほうがいいゾ?」
「ふざけんじゃねぇぞ!!」
男達は激高した。全員武器を抜いて“師匠”を取り囲んだ。持っている武器に統一感がない。
“師匠”はゆっくり立ち上がった。
「そうか、お前ら、『悪い子』だな? それならお前らには……」
そういって指をポキポキ鳴らす。
「『おしおき』が必要だな?」
そう言った次の瞬間、自分の真後ろにいた男の目の前まで移動した。だれも“師匠”の動きを追えるものはいなかった。
そしていきなり目の前にきた“師匠”に対応できず硬直している男に向かって、“師匠”が繰り出したのは。
『パパパパパパパパパパパパパパパパ………』
乾いた連続音が高速で鳴り響く。
男はものすごい速さで連続の平手打ちを食らっていた。
それこそ男の頬を打ち続ける“師匠”の手の動きがブレてよく見えないほどの高速。
男は声も上げられずただされるがままになっている。
やがて音が止むと、男はその場に崩れ落ちた。白目をむいている。
「次は……」
“師匠”はくるりと振り向くと次の標的を定めた。
「う、うわあぁぁぁ!」
理解不能の出来事に混乱した男達は、次々に“師匠”によって平手打ちの刑に処されて、順々に倒れていった。
カウンターの奥で顔を青くして震えている店主以外に立っているものがいなくなるまで、そう時間はかからなかった。
「さて」
“師匠”は主人に向き合った。
「詳しく話を聞かせてもらおうか?」




