一幕四場 「わたしは最弱の囮?」
「そんなの、あんまりじゃないですかっ!」
翌朝、リホはプリプリ怒っていた。
ここは表通りにある定食屋。
朝食を食べながらリホは昨夜の出来事を“師匠”から聞かされていた。
自分が寝込んでしまってなんの役にも立たなかったことを申し訳なく思い謝っていたリホだったが、
「―――そういう意味ではあの店に行っといて正解だったな。いろいろ面白い話が聞けたぞ?」
「ちょっと待ってください。師匠はあの店に行くって決めてたんですか?」
「ああ」
「どうしてですか?」
「そりゃあ、あの宿屋の男が勧めてくるんだ。なにかあるって思うに決まってんだろ」
「………じゃあ、師匠は端からあそこが怪しいと思ってたってことですよね?」
「そうだよ?」
「それなら、出てきた料理とか飲み物に何か入っているかも、って疑ってたってことですか?」
「まあな」
「疑ってたのに、わたしには食べさせたんですか!?」
「だって、美味かったろ? あそこで食っとかないと、お前昨夜は晩飯なしになってたぞ?」
「そういう問題じゃないですって!」
「俺も食ってたし、あそこでお前だけ何も食べもしなかったら、周りの連中に気づかれるだろ?」
「それじゃあ、わたしはまるで囮じゃないですか!」
「まあ、結果的にはそうなったな」
“師匠”はにべもなく言い放った。
たしかに結果としては自分はグースカ眠り込んでいて全く役には立たなかった。それどころか“師匠”に宿まで担いでもらって、ベッドに寝かせてもらってまでいるので、そこのところは感謝しかない。
でも、だ。
怪しいと分かっているところに連れて行って、怪しいと分かっているものを飲み食いさせて相手の油断を誘うなんて……。
同じように飲み食いしていた“師匠”になんの影響も出なかったことも悔しくあり、リホはしばらく“師匠”にそのことで当たり続けていた。
「―――で、結局分かったのは執政官がかなり横暴だ、ということなんですね」
ひとしきり当たり散らしてやっと気が済んだリホが、改めて“師匠”に確認した。
「どうもそうらしい。執政官がこの街の特産品である鉱物を自分の専売扱いにしてしまっているってな」
店の女将から食後のお茶をサービスしてもらったので、それを啜りながら“師匠”が話を続けた。
「専売にするにあたって、それまでいた鉱夫達を首にして新しく自分で鉱夫を連れてきたそうだ。そいつらの監督役として送り込まれてきたのもどうにも質の悪い連中らしい。おそらく独り占めしている鉱石の量を外部に知られないようにするためだろうな」
リホも一緒にお茶を啜る。
「そこまでするって、相当ですね」
「夕べの連中はその首になった鉱夫さ。仕事も失くして他にどうすることもできずに、仕方なく宿屋と酒場と組んであの仕事を始めた、ってね」
仕方なく、という割には結構手の込んだやり口してたなぁ、とリホは思ったが、そこは口には出さない。
それよりも気になったのが、
「………師匠、その連中って………やっぱり、消えちゃいました?」
“師匠”から酒場の連中をどうしたか、まだ詳しく聞いていなかったリホはどうしても気になった。
「うん? 消えちゃいないぞ。全員『おしおき』したからな」
「………『おしおき』?」
「ああ。『悪い子』には『おしおき』するっていうだろ? だから連中にもちょっと“わからせ”る目的で『おしおき』したんだよ」
「………なにをしたんですか?」
「なに、ちょっと軽く平手で、な?」
“師匠”がこういう物言いをするときはまず本当のことを教えてくれない。
リホはこれ以上『おしおき』について深掘りするのをやめようと思った。それにこの先、いやでもその現場を目にすることになる気もしたし。
「あんたら、あの連中をやっつけたのかい?」
突然、店の女将が話に割り込んできた。
二杯目のお茶を持ってきてくれたらしい。
「あの連中もいい薬になったろうさ。ただ………根っから悪い奴らってわけでもないんだよ、お客さん。そこは分かってやってくれないかい?」
「それは十分分かっているよ。それより、女将さん、なにか事情を知ってそうだな」
女将が注いでくれた二杯目のお茶を飲みながら“師匠”が軽く促す。
「事情っていうかさ……、とにかく、この街はいま大変なんだよ。あんたらも聞いたんだろう? あの執政官が来てからいいことなんてありゃしないよ」
女将は隣の椅子に腰かけて話し始めた。
「貴族の縁者かなんか知らないけど、ここがあんまり中央の目につかない土地だからって、やりたい放題なのさ。うちだっていきなり税金を引き上げるって、言われてさ。これまでだって結構な額、売り上げから納めさせられてるのに、それをさらに5割増しにしろって。いやなら店を畳んで街を出てけ! っていうんだよ。うちゃあ三代もここで店やってきてるのに、どこに行けっていうのさ」
女将は思わずテーブルを拳で叩く。
リホはそれにビクッと反応したが、話を聞けば女将の怒りももっともだと思った。
「ここは鉱山を抱えてはいるけどね、決してそんなに裕福な街じゃないんだ。それでもこれまで、街中みんなで助け合って、うまくやってきていたんだよ。それなのに……」
女将は本当にくやしそうだ。
「特産の鉱物を持っていかれたんじゃ、街の連中は確かに厳しくなるだろうな」
“師匠”が相槌を入れる。
「それもそう。みんなの稼ぎの元である鉱山を独り占めしといて、その上税金まで搾り取るなんて、あの執政官、とんでもない性悪だ……」
女将がそう言いかけた時、店の扉がバンッと荒々しく開いた。
皆がそちらを向くと、どう見ても善良な客ではない人相の悪い男達が3人、入口を占領するように立っていた。
「女将さぁ~ん、今日こそはどうするかきめてもらいますからねぇ~」
先頭の男が猫なで声を出しながら近づいてくる。
周りの客はすぐに察したのか壁際まで後ずさったり、中にはそのまま店から抜け出そうとしているものもいた。
男達は女将のいるテーブルの前までやってきた。
リホも“師匠”も動かない。
「大人しく税を納めるか、ここから出ていくか、腹はきまりましたかぁ~」
先ほどの男が女将の顔を覗き込むようにして煽ってくる。
あ、わたしこいつ嫌いだ。リホはそう思った。
「冗談じゃないよ! そんな話どちらも呑めるかってんだよ! どっちにしても商売あがったりじゃないか!?」
「さぁ、それはわたくしどもの知ったことではありませんからねぇ。わたしくどもは適正な税を納めていただくか、それが無理ならそれ相応のものを差し押さえるか、どちらかです」
そう言うと後ろの二人の男が一歩前に出てくる。
「あんたらなんか、執政官に使われてるだけのただのチンピラじゃないか!」
「おやぁ、それはわたくしどもに対する侮辱、すなわち執政官様への侮辱とみなしていいですかねぇ~」
男の口調は変わらずだが、トーンが一段落ちた。
「そういうことなら、見せしめが必要ですね~。おい、お前ら」
男が顎でしゃくると、連れの二人が突然そばのテーブルを蹴り上げた。
テーブルの壊れる音、椅子の倒れる音、客の悲鳴などで一気に騒がしくなる。
「何するんだい!? こんなひどいこと……」
「お前らみたいな一般人は黙って言うこと聞いてりゃいいんだよっ」
いきなり口調の変わった件の男はそう言うと、立ち上がった女将を突き飛ばした。
「あっ!」
突き飛ばされた女将は、壁横のテーブルに激突する寸前で“師匠”に受け止められた。
(えっ、なんで師匠そこにいるの?)
リホにも“師匠”が動いたのが分からなかった。
「執政官ってのは、随分と手荒な真似をするんだな」
女将を受け止めながら“師匠”が男達に向かって声を掛ける。
「執政官といえば、法に則って政を執り行うもんだと思っていたが」
「ええ、ですからわたくしどもが法なのですよ?」
突然割り込んできた存在に警戒心を抱いたのか、男達が“師匠”に向かい合う。
「ほう、お前たちが法か。では訊くが、お前たちが法であるとして、その裏付けとなるものはなんだ?」
「はぁ?」
「法だ法だと叫んでいても、みながお前らを無視できるのだったら法の意味があるまい? お前らはどうやってその効力を保証しているんだ?」
「そんなの、決まっているでしょう。わたくしどもに逆らえばどんな目に遭うか、それを体で分かってもらうのですよ」
「つまり、お前ら自身の強さが裏付けってことだな?」
「強いものが弱いものを支配するのは当然の理でしょう?」
“師匠”は女将を後ろに下がらせると、前へ出た。
「なるほどねぇ。それも一理ある」
それを聞いてリホはのけぞった。ちょ、師匠!?
「ならばお前らはそれに従うってことで、自分より強い奴には屈服するんだな?」
「あなたがそれをしようというのですかぁ~w」
男達は“師匠”を一瞥して薄ら笑いを浮かべる。
「いや、俺じゃない」
“師匠”はゆっくりとリホを見た。
あ、いやな予感がする。
「こいつが相手だぁ」
「やっぱりぃ~~~!?」




