一幕四場 「探索者は泥棒と同じじゃありません!」
リホと3人の男達の勝負はあっけなくついた。
リホを侮っていた男達は愚かにも一人ずつリホの相手をしようと挑んできた。
掴みかかってきた男の腕をかいくぐるようにリホは身を沈めると、鳩尾に強烈な肘を叩き込んだ。
慌てて襲い掛かってきたもう一人の男も、リホは体捌きで突進を躱すと、その背中に掌底をあてがい、
「はあぁっ」
気合と共に『気』を送り込むと、男はその場で白目を剥いて倒れこんだ。
女将を突き飛ばした件の男は、リホが嫌っていたこともあり、一撃では済まされず倒れた後もリホに関節技を極められて悶絶していた。
「これでわかっただろう? お前らの強さがどの程度か。裏付けとなる強さがないのだから、お前らのいうことには何の意味もなくなったな?」
“師匠”が転がっている男達を見回してそう告げた。
リホが戦っている間、“師匠”はずっとその様子を見守っていた。
特に助言をする必要もなく、危なげなく男達を倒したリホに幾分満足そうだ。
「お、おぼえてろよ~~~」
テンプレの捨て台詞を残して男達は逃げていった。
「どうもありがとう。助かったよ」
女将が2人にお礼を言ってきた。
「お礼なんていいんですよ、おかみさん。それより、大丈夫ですか?」
リホは自分が事をより大きくしてしまったのではないか、と心配になった。
「大丈夫だよ。あいつらもこれで少しは大人しくなるだろうさ。それより、このお礼はきっちりさせとくれよ」
そう言って女将はリホと“師匠”を再び店に招き入れた。
店の中には先ほどまでいなかった、5、6歳くらいの女の子がちょこんと椅子に座っていた。
「おかあさん、もういいの?」
そう言って女の子は女将のほうへ駆け寄ってきた。
「もう大丈夫だよ、このおねえちゃんが全部片づけてくれたからね」
女将は女の子を落ち着かせるように頭を優しく撫でている。
「おねえちゃん、どうもありがとう!」
女の子がリホに向かってぺこっと頭を下げた。おさげの髪がその拍子にぴょんっと跳ね上がる。
(かわいいなぁ)
これまで『死の大地』で骸骨貴族やお色気お姉さんに囲まれていたリホには、とても新鮮な可愛さだった。
さんざんお礼をするといって聞かなかった女将の申し出をワイン一杯で済ませ、リホと“師匠”は店を後にした。
「師匠、あいつら、大丈夫ですかね? おかみさんたちにあとで仕返しとかしないですかね?」
「さあ、どうだかな。もしそうなら、お前はどうする?」
「わたしは………、助けたいです」
リホの脳裏に先ほどの女の子の姿が浮かんだ。
母親である女将と二人でつつましく生きているその姿に、幼いころの自分と母親のことを重ねてしまっていた。
「まあ、それならそれでその時の話だろう。今は執政官についてもっと多くの情報を集めておくべきだろうな」
「集めてどうするんですか?」
「目に見えた不正を働いていているなら、その証拠を集めて中央に訴えさせるのが一番だろうな。ただその場合、執政官の縁者とかいう貴族が邪魔になるだろうが」
「わたしたちが執政官の悪事を暴くわけにはいかないんですか?」
「我々は部外者だろう? そこまでしてやる義理はないな。せいぜい集まった証拠を渡してやるくらいだ」
「そんなぁ………、なんとかできないんですかね?」
「それが面白ければな」
“師匠”の理屈は相変わらずだ。
「とりあえず、夕べの酒場にいた連中にももう一回話を訊いてみるか」
そう言って“師匠”は先に歩いて行った。
リホは後をついて行ったが、頭の中にはずっと女将とその娘のことが気になっていた。
夕べの男達に再度話を訊きに行った2人だったが、さほど新しい話は聞けなかった。
あの3人組みが執政官の連れてきた部下たちであること、同じような連中が他にもいて、そいつらが工夫達を鉱山から追い出したことくらいだった。
そこで2人は街のものに話を訊くことにして、再度表通りのほうへ移動した。
カルドの街は鉱山街ということもあり、雰囲気はやや荒っぽいところのある街だった。
とはいえ背後に『死の大地』を抱え、ほぼ辺境といっていいクァッドの街に比べれば、そこまで荒んだ空気ではない。
街中には鍛冶や金属を扱う商店も多く、歩いているとトンカントンカンと槌を叩く音があちこちから響いてくる。
子ども達は無邪気に遊んでいるが、それを見守る大人達の様子は浮かない感じで、“師匠”が話を訊こうと声を掛けても、初めはかなり警戒されていた。
けれども定食屋での一件を見ていたものがそのことを教えると、みなの態度が一変してあれこれ現状の不満をぶちまけてくれた。
そのどれもが執政官のやっていることに対してだ。
中でも工夫達を首にした代わりに鉱山で働かせている者たちについて、実は違法な取引で連れてきた奴隷ではないか、という話が一番深刻だった。
奴隷自体は違法ではないが、現在大陸中で認められている奴隷は、奴隷本人もそのことを了承して雇い主と契約を結んでいる契約奴隷のみ。
違法奴隷、ということはその契約を交わしていない、もしくは本人の意に沿わない形で強引に契約を結ばせたか、のいずれかだろう。
違法奴隷の扱いは重罪であり、たとえ貴族であっても追及は免れないものであるため、“師匠”はその線から探ってみることにしたようだった。
「というわけだから、お前、潜りこんでこい」
「えええぇぇぇ?」
「探索者だろう? それくらい朝飯前だろう」
“師匠”は容赦ない。
「そんな簡単に言わないで下さいよ、わたしこの街はじめてなんですよ? 勝手の分からないところに侵入するのは結構たいへんなんですからね!」
「ならできるってことだろう? がんばってやってこい。それにお前が頑張れば、あの定食屋の親子のためにもなるかもしれないぞ?」
「うぅ~~、痛いところをつきますね~」
そういわれては何も言い返せないリホだった。
結局、その日の夜に鉱山事務所に潜入することに決まってしまった。
鉱山事務所は街の南端にあり、普段なら仕事終わりの工夫達がその日の報酬を受け取り、家に帰る前の軽い一杯をひっかけている場所だったが、今は明かりはところどころ点いているが活気はなく、少し気味が悪いくらい静かだった。
明かりが点いているのは2階の一番奥の部屋だったので、取り敢えずリホは周囲の目を確認してから裏口へ回り込み、そっと扉の鍵を開けた。
(なんでこんなところで鍵開けなんか………)
仕事柄鍵開けをしたことはあったが、迷宮か遺跡の扉や宝箱が対象であり、街中の人がいそうな建物の鍵を開けたことはこれまでなかった。
(これじゃまるで盗賊じゃない………)
当然だが、探索者は盗賊ではない。
しかし使うスキルの共通性が多く、一般のものからは混同されてしまうのも事実だった。
リホも自分で思っていることとは裏腹に、音もなく扉の中に忍び込むと、暗闇をものともせずに廊下を進んでいく。
1階には事務室があるという話だったので、まずはそこに行って物的証拠を探し出すつもりだった。
事務室にはたくさんの書類があったが、そのどれが執政官の不正の証拠になるのかリホには分からなかった。
しかたなく一番奥の棚にしまわれていた書類をつかむと懐へ入れる。
事務室を出ようとしたリホは、どこからか近づいてくる足音と話声を聞きつけて、さっと物陰に身を潜めた。
やがて事務室内に明かりをもった男が2人入ってきた。
「やっと終わったな。どうだい、これから一杯?」
「おいおい、昨日もそういって飲みに行ったじゃないか」
「こんな仕事、飲まなきゃやってられんよ。奴隷の監視を一日中しているなんて、退屈でしょうがない」
「それじゃあ、今夜はいっちょきれいどころのいる店にでも繰り出すか?」
「い~ねぇ~。早く行こうぜ!」
そういって男達は棚に何かをしまうと、そそくさと出ていった。
リホは隠れていた物陰から一部始終を聞いていた。
(奴隷の監視……?)
どうやら違法奴隷の話は当たりらしい。
リホは男達が今さっきおいて行った書類も懐にしまうと、事務室を出て奴隷の居場所を探し始めた。
暗がりのなかで探すのは少々手間取ったが、1階の奥の部屋の中に隠し扉があるのを見つけることができた。
扉には鍵がかかっていたが、これもリホには簡単に開けることができた。
扉が開くと、下りの階段がその先に続いている。
リホは慎重に、音を立てずに一段一段階段を下りていく。
そこそこの段数を降りきった先は廊下になっていたが、整えられたものではなく岩盤に穴をあけたそのままの洞窟のようなところだった。
一応松明が焚かれているが、数が少ないため全体的にかなり暗い。
リホは用心しながら進んでいったが、やがて道が突き当たりその右に格子のついた牢があるのが分かった。
リホは牢の中を覗いてみたが、暗くてよく見えない。
意を決して探索用の小さな非常灯をかざして見ると、牢の中に数人が横たわっているのが見えた。
(この人たちが違法奴隷?)
さすがにこれだけではリホには確証が持てなかった。
「………だれかいるのですか?」
横たわっていた中から一人かゆっくりと体を起こすのが見えた。
「………あなたたちは奴隷なんですか?」
リホは思い切って訊いてみた。
「………私達はここに連れてこられた奴隷です………」
上体を起こした人影がそう答えた。




