一幕四場 「困ったときの魔導卿?」
「だからっ、これで十分な証拠になるじゃないですかっ!?」
さきほどからリホは“師匠”に詰め寄っている。
鉱山事務所に忍び込んだ夜に、事務所の地下にある牢屋で数人の奴隷を見つけた。
話を聞けば、彼らはみな違法な取引で奴隷の身分にさせられ、カルドの街に連れてこられたという。
現在鉱山で働いている者たちも同様で、牢屋の彼らは鉱山の者たちが倒れた際の「補充要員」らしい。
この話を聞いて、リホはすぐにでも執政官の不正を告発しよう、と息巻いた。
「それをどうやって告発するんだよ? お前、なにか伝手でもあるのか?」
「そ、それは…………」
そういわれるとリホも口をつぐんでしまう。
「ワカさん、なにかいい方法はないですかね?」
「そういわれてもねぇ。そんなものがあれば、あたしらも苦労はしていないんだけどねぇ」
「ねえねえししょう、これはおいしい?」
女の子が“師匠”の傍に陣取ってあれこれ訊いている。
2人はあの三人組と一騒動あった例の定食屋に来ていた。
定食屋の食事の美味さと女将の人柄に惹かれ、あれからリホは食事の度にここへ行きたがるようになった。
実際には女将の娘の可愛さにすっかりハマっていたのもあったが。
だが実際に店に通うようになると、娘はリホよりもなぜか“師匠”に懐くようになってしまった。
女将は自分はワカ、娘はノアと紹介してくれたが、ノアは“師匠”と話すのが何故か楽しくてしょうがないようだった。
「ねえねえししょう、これはねえ、ノアがてつだったんだよ?」
「ねえねえししょう、こっちはねえ、おかあさんのとくいりょうりなんだよ?」
ノアはいつも、“師匠”が食べている横でずっと“師匠”に話しかけている。
“師匠”は特に大した返しもしていないのだが、その
「ほう」
「なるほど」
といった淡々とした返しが、逆にノアには面白かったのだろう。
あっという間に“師匠”に懐いてしまい、リホはちょっぴり寂しい思いを抱くようになってしまっていた。
「執政官を告発するなら、地方を見張っている監察官に訴えるのが普通なんだろうけど……、監察官の伝手なんて持ってないしねぇ」
ワカも腕を組み思案している。
「監察官ってのはどんな奴なんだ?」
ノアの相手をしていた“師匠”がワカに尋ねた。
「この地方の監察官っていえば、ワナリー様っていうたしか魔術師だったと思うけど。監察官なんて滅多に来るもんじゃないからねぇ、あたしらも詳しくは知らないんだよ」
ワカは街でも評判の店の女将ということで、比較的情報には詳しいほうだったが、さすがに貴族である監察官についてまではそこまで知らないようだった。
「ワナリー、ねえ」
“師匠”はふむ、と何かを考えこんでいる。
「リホ、とっとと食べ終われ。終わったら宿へ戻るぞ」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
まだ皿の上に焼いた肉の残っていたリホは慌ててほおばる。
“師匠”はそんなリホを気にせずワカに支払いを済ませると、ノアの頭をポンっとして店から出ていく。
「ご、ごちそうさまでっ、……ヒック、した~」
リホも急いで後を追ったが、飲み込んだ肉の塊が大きすぎたのか、しゃっくりが止まらなくなってしまった。
「師匠、どうしたっ、……ヒック、んですか?」
後ろから追いついたリホが“師匠”に尋ねる。
しゃっくりは止まらない。
「ワナリーってやつは、魔術師なんだろ?」
「そう言って、……ヒック、ましたね」
「だったら、訊くのにふさわしい奴がいるだろう?」
「…………もしかして、魔導卿、ですか?」
「せっかくだ。奴にも連絡してやろう」
そういえば出発前に魔導卿から『魔導通信機』なるものを渡されていたな、とリホは思い出した。
(これからあれで魔導卿と連絡をとるのか。それで宿屋に戻るってことなのね)
リホはようやく合点がいった。
「おや、今日はもうお戻りでございますか?」
宿に戻ると入口の男(こいつが店主らしい)が2人の姿を見て、すぐに出てきてあいさつしてきた。
因みにリホが寝込んで役に立たなかった騒動の夜から、この男の態度が一変している。
どうやら“師匠”に『おしおき』された連中から、“師匠”がいかにヤバい存在かを聞かされたようだ。
翌日からバカ丁寧にあいさつするようになり、態度もものすごく丁重になっている。
「ああ、ちょっと用事ができたからな。このあと宿に一人も入れるなよ」
“師匠”が男に告げる。
言い方はいつもの“師匠”どおりの口調なのだが、それが男には脅しのように聞こえたらしい。
「は、はい。かしこまってございます」
深々と頭を下げて2人を見送る男。
リオと“師匠”は部屋に戻って、魔導通信機を使う準備をした。
「お久しぶりでございます、マスター」
魔導通信機を床に置いて起動させると、半球状の石から光が伸びてそこに魔導卿の姿が浮かび上がった。
相変わらずの骸骨姿だが、すでにどこか懐かしさを感じる。
「おう、そうか? そんなに経っている感覚はないんだがな」
「この前まで珍しくマスターが長く留まっていらっしゃったので、そう感じるのかもしれません」
魔導卿は丁寧にお辞儀をしながらそう言った。
「リホも無事でなによりです。どうですか、修業のほうは?」
魔導卿がリホに尋ねてくる。
「まあまあ、ですかね。実戦も経験できたし……、あ、でも師匠の鍛錬は前よりもキツくなっていますよ」
思わず愚痴ってみる。
「それが目的の旅なのですから、当然のことでしょう」
魔導卿はにべもない。
「それでだな、魔導卿。お前にちょっと相談があるのだが……」
“師匠”が話を持ち掛けた。
これまでの経緯を魔導卿に説明し始めたのだが、すぐに面倒くさくなり、リホにぶん投げたため、詳細をリホが説明する羽目になった。
案の定、魔導卿からのうんざりするほどの質問が帰ってきて、リホは久々にげんなりしてしまった。
「――――それを私に訊いてなんとかできるとお思いになったのですね、マスターは」
魔導卿はあからさまに頭を押さえていた。
「だって相手は魔術師なんだろ? ならお前の伝手でなんとかなるんじゃないかと思うだろう?」
「………マスター、私は基本的に外界のことにはかかわっていないのですよ? 特に政治の世界とは」
魔導卿が今もリッチロードとして存在しつづけていることを知るものは、外界にはほとんどいないらしい。
ほとんど、というのは、わずかに最高魔術学院の学長など数名のみが知っているらしい。
何でも魔導卿が存命(?)だったころからの知り合いらしい。
「その伝手で何とかならんかね?」
魔導卿は諦めたように天を仰いだ。
「マスターの仰せですから、何とかしてみましょう。伝手をいくつ辿ることになるかわかりませんから、少々お時間をいただくことになると思いますよ?」
「まあ、かまわないだろう。その線で頼む」
「かしこまりました」
その後魔導卿と今後のことを少し相談して、通信を終わりにした。
「しかし便利な道具ですねぇ」
通信が終わった後、リホは初めて使った魔導通信機の便利さにすっかり驚いている。
「こんなものが普及したら、世の中大きく変わっちゃいますね」
「これも魔導卿が作ったものなんだが、流石に量産は厳しいみたいだぞ。これ以外に3つ作って終了、だったそうだ」
こんな便利なものがあと3つも?
リホはむしろそっちのほうに驚いた。
いったい誰が使っているんだろう?
「それじゃあ、さっきの話どおり、魔導卿の伝手で監察官が動くまで待つ、ってことですね?」
「それ以外には大してやることもなさそうだな」
“師匠”がベッドに仰向けになりながら言った。
「あとはもっと不正の証拠を掴んでおくか」
「わたしはもうどこかに忍び込むのは嫌ですからね」
リホは先手を打っておいた。
「まあ、奴隷の話とお前が持ち出した書類があれば、とりあえず監察官に怪しんでもらえるようにはなるだろうさ」
リホが鉱山事務所から持ち出した書類のうち、あとから入手したほうは大した情報はなかったが、最初に持ち出した書類は大当たりで、鉱山から得た鉱石を執政官が自分の懇意としている商店に大量に卸している情報があった。
執政官はその商店から売り上げの何割かを還元させているらしい。
その商店も自分達だけが鉱石の売買を独占することで、結構な利益を上げているようだった。
「じゃあ、ほんとうにすることがないですね……」
「いや、そんなことはないぞ」
「………?」
「修行だよ」
あ~そうですね、と心の中で相槌をうつリホだった。
数日後。
魔導卿から、何とか魔術師連盟からの伝手を使って、ワナリー卿にカルドの街の現状が伝わり、監察官が内偵を進めるためにカルドを訪れることになった、という連絡が入った夜。
「リホさんっ! 師匠! た、たいへんだ!」
宿の主人が部屋の戸をドンドンと叩いて2人を起こした。
「な、なんですか? いったいどうしたんですか?」
リホが慌てて扉を開けて応対する。
主人は部屋の中に飛び込んできて、リホと“師匠”の姿を認めると少し安心したように、一気にまくし立てた。
「ノアちゃんが連れらされたらしい」
「!?」
リホの表情が硬くなった。




