一幕四場 「なに? このプレッシャーは」
リホと“師匠”はワカの店に来ていた。
「それでワカさん、どういうことなんですか?」
知らせを聞いた直後は頭に血が上り冷静さを失っていたリホだったが、“師匠”に宥められて店に連れてこられる間にやや落ち着きを取り戻した。
だがやはりノアの安否が気になり、いてもたってもいられない感じはある。
「あの子に夕方からの仕込みのための買い物を頼んだんだけど帰ってこなくて、それで店にこんなものが……」
そういってワカは一枚の紙きれを差し出す。
そこには『娘は預かった。返してほしければ金を払って街を出ていけ』と、典型的な誘拐の台詞が乱雑に書かれている。
「あいつら……、性懲りもなく!」
リホは持っていた紙を握りつぶす勢いで憤る。
「あの子にもしものことがあったら、あたしはどうすればいいの!?」
ワカはかなり憔悴している。
リホはそんなワカのことを気遣い、同時にノアを攫った連中に対してますます怒りを覚えた。
「やっぱり収税役の連中の仕業か? それなら今すぐみんなで乗りこんで……」
「馬鹿言うんじゃない、相手は執政官だぞ? 俺らごときが乗り込んでいったってどうにもならないよ」
「じゃあこのままノアちゃんを見捨てるってのか!?」
店に集まっていた近所の店の者たちや元鉱夫達は口々に意見を出し合っているが、話はなかなかまとまらなかった。
リホもそんな周りの様子を見ながら、どうやってノアを救出すればいいのか考えを巡らせていたが、ふと“師匠”のことが気になった。
“師匠”はオロオロと取り乱し半泣きになっているワカや、それを慰めながら今もノアのことについて議論している周りの者たちのことをじっと眺めていた。
「ししょ……」
リホが“師匠”に声を掛けようとしたとき、“師匠”がぽつんと呟いた。
「………………面白くない」
「………えっ?」
「面白くないな」
訊き返したリホに答えたのかどうか、“師匠”は繰り返した。二度目はより力強く。
「師匠?」
リホはなんだか背筋がゾクッと冷える感覚を覚えた。
理由は分からない。
でも、今の“師匠”はいつもとなんか違う。
そんな気がした。
“師匠”は呟いたあと、暫く天井を見つめていた。
「ふむ………、なんだ、この感じは」
“師匠”がまたも一人で呟いた。
リホは“師匠”から目が離せない。周りの喧騒も耳に入らないくらいに“師匠”を見つめていた。
やがて“師匠”はリホのほうをくるっと見て、話しかけてきた。
「リホ、行くぞ」
「えっ、どこへですか?」
「執政官のところだ」
「!?」
「この感覚がなんなのか確かめるには、それが最適の答えのようだ」
「本気ですか?」
「勿論。こんなことは初めてだからな。きっちり確認しないと」
“師匠”の言っていることが今一つ理解できなかったが、リホは“師匠”がノアを助けに行ってくれると言ったことが素直に嬉しかった。
「分かりました。師匠が来てくれるなら百人力です!」
「何言ってんだ? 救出はお前がやるんだぞ」
「はあ? なんでですか!?」
「俺が正面切って行ったらえらいことになるだろう?」
リホは“師匠”が執政官の館の正面から堂々と突っ込んでいく様を想像した。
館から出てくる執政官側の手下達、武器を抜いて次々に襲い掛かってくる。その中を何事もないかのように悠々と進んでいく“師匠”。
襲い掛かった者たちは次々に消えていって―――。
(それはマズい、マズいです……)
確かにえらいことになってしまう。下手すれば自分たちが大量殺人者として手配されてしまう。
「だからといって、わたしがやるのも………」
「陽動はこちらでやる。お前はその隙に館に潜入してノアを助け出せ」
「結局また潜入ですか……」
「お前の腕の見せ処だ」
そういって“師匠”はリホの肩を叩いた。
「それじゃあ、そういうことでよろしく頼む」
店に集まっていた元鉱夫達を中心に陽動隊を編成して、“師匠”が作戦を授けた。
作戦と言っても皆で執政官の館に押しかけて、門の前で大騒ぎする、という程度だ。
その間にリホが館に潜入してノアの居場所を探し出し、救出してくる、というものだ。
“師匠”は陽動隊の中で、騒ぎを大きくするのに一役買うらしい。
「くれぐれも無茶なことはしないでくださいね」
周りの者たちはリホが“師匠”の身を案じて声を掛けたと思っていた。
実際には“師匠”のとんでもない力のことを知っているリホが、万が一大勢の前で敵を消し去るようなことがないように、と釘を刺したのだったが。
「まかせておけ。魔導卿からもらったものもいくつかあるしな。いい機会だ」
(魔導卿、なんてことを)
リホは悪い予感しかしなかった。
執政官の館は街の北側にある。
それほど大きな屋敷ではないが、裏手に小さな林を持っており敷地は結構広い。
正門の前で“師匠”達が騒ぎを起こすと、暫くして執政官の部下達が屋敷からゾロゾロと出てきた。
「お前ら、そこで何をしている!」
集まった群衆に向かって威圧的に声を張り上げる部下だったが、その程度では誰もひるむことはない。
ますます騒ぎ立て、門をゆすって押し倒そうとせんばかりに暴れている。
その様子を横目に見ながら、リホは一人そっと集団から離れ、裏手に回った。
裏手にも門があり門番がいるが、リホはそこまでは回らず、茂みの多いあたりから敷地の壁をよじ登って裏庭へ降り立った。
正門の方からは大騒ぎする声に続いて、何か爆発音が響いた。
(うっわぁ~、師匠、なにやってるんだろう?)
リホは“師匠”が魔導卿からもらったものというのがかなり気になったが、何とか頭のなかからその間下を追い払って、館への入り口を探すことにした。
物陰に潜みながら建物への侵入口を探っていたリホだったが、裏口を見つけたあと外からそこへ入っていく部下の姿を見て、ちょっと考え込んだ。
(あいつら、どこにいたんだろう……、ここ、なにかあるのかな?)
この裏庭に部下がいた、ということは、そこに人手を回していたということ。
リホは辺りを慎重に見回したあと、部下が来たほうへ向かっていった。
リホが向かった先には石造りの小さな蔵のような建物があった。
その前には男が一人。
リホは直感で(きっとここにノアちゃんが閉じ込められている)と思った。
そうでなけばこんなところに見張りを置くわけがない。
先ほど屋敷の中へ入っていった男はもう一人の見張りだったのだろう。
おそらくだが、正面の騒ぎが大きくなったので様子を見に行ったか、応援にいったのではないか、とリホは推測した。
それならば今この時が絶好の機会だ。
リホは見張りの男との距離を目算で測ってみた。
一気につめるにはちょっと遠い。
リホはそぉ~っと足元にあった小石を拾い上げると、見張りの左手にある茂みの中へ放り投げた。
カサっという小さな音に、見張りははっとして茂みへ視線をずらす。
その隙にリホは一気に見張りの前まで歩を進め、気づいた見張りが声を上げる間もなく掌底を叩き込んだ。
見張りは音もなくその場に崩れ落ちた。
リホは辺りの様子を探りながら、手早く扉の鍵を開けにかかった。
蔵の中は広くはないが、明かりがないせいでまるで様子がつかめなかった。
リホも夜目が利く方だが、中を見回してもノアの姿は見つからない。
すると壁際に梯子が掛かっているのが見えた。
リホは慎重に、しかし素早く梯子を上っていく。
梯子は蔵の上段に張り出している床にかかっていた。
そこへ顔を出して、リホはそっと呼びかけてみた。
「……ノアちゃん?」
「!? んんんん~、んん~」
くぐもった声が聞こえた。口を塞がれているのだろうか、はっきりとした言葉は聞こえない。
リホは急いで床の上まで上がり、声のしたほうへ駆け寄った。
そこには手足を縛られ、口を布で塞がれた姿で床に横たわっているノアがいた。
「ノアちゃんっ、大丈夫?」
リホは懐から短刀を取り出し縄を切って、布を外してやった。
「はぁはぁ……おねえちゃん、ありがとう」
手足が自由になり体を起こしたノアは、助けに来てくれたのがリホだと分かったようだった。
「何かひどいことされてない?」
「ノアへいきだよ、おとなしくしてた」
泣きもせず健気に答えるノアを見て、リホは改めて執政官への怒りを新たにした。
「さあ、ここから出ようね。おねえちゃんについてきて」
リホは先に梯子を下り、ノアの手助けをする。
蔵の扉から外の様子を覗くと、幸いほかの見張りが戻ってくる気配はなかった。
「ここからどうやって戻ろうか……」
リホ一人ならば、来た道をそのまま戻っても問題はない。
しかしノアがいる状態で裏の門番がいるところを見つからずに抜けられる自信はなかった。
(門の守りは2人、門までも距離があるから見つからずに近寄るのは難しいし、一人を相手にしている間にノアちゃんが捕まったら元も子もないし……)
リホが忙しくあれこれ考えていると、ひときわ大きな爆発音が正面の方から響いてきた。
様子を窺うと、屋敷の方でもかなりの騒ぎになっているようだ。
リホはこの騒ぎに乗じて何とか逃げ出そう、と考えた。
「ノアちゃん、ちょっと走ったりするけど、ちゃんとおねえちゃんについてこられる?」
「うん、がんばる!」
ノアはそういって大きく頷いた。
(よし! まずは裏門まで行ってみて状況を探ってみよう)
リホはノアの手を取って、裏門のあるほうへと走っていった。




