一幕三場 「ふぁーすとこんたくと」
出発の朝。
リホと“師匠”は魔導卿に見送られた。
ナナは既に『大迷宮』に引き上げていた。
帰る前に“師匠”にたっぷり絡んでスルーされていたが。
「では何かあればこの魔導通信機で……」
そういって魔導卿は手のひらに乗せた半球状の石を差し出した。
「なんですか、これ?」
「今回は貴方も同行しますからね、マスターもいままでと違うこともいろいろとあるでしょうから、私もできる限りバックアップをさせていただきます」
何だかんだで魔導卿は面倒見がいいらしい。
「因みにどのルートで『あやかしの森』へ向かうおつもりですか?」
「そうだなぁ、真っ直ぐ最短で行くのも面白くないが、かといってあんまり遠回りするのもなんだしなぁ……、そうだな、今回はいったん真っ直ぐ南に行ってそれから東へ回るか」
(師匠はこれまであちこち出かけているらしかったが、いったいどのくらい地理に詳しいんだろう?)
リホもここに来るまでいくつかの街や村を通りはしたが、それ以外の、特に南側の土地勘についてはさっぱりだった。
「いずれにしても、お気をつけて」
深々と頭を下げる魔導卿に後にして、リホと“師匠”は『死の大地』を後にした。
“師匠”の言葉通り、最寄りのクァッドの街から南に伸びている街道を進んでいく。
もちろん徒歩だ。
密に(師匠のことだから、魔導卿からなんかすごい馬車とかもらってないかな?)とリホは期待していたのだが、
「それじゃぁ修業にならんだろう?」
の一言でとぼとぼと歩く羽目になった。
幸いなのは、街道を進んでいるので歩きやすいことと、夜は途中の宿場に泊まれることだった。
“師匠”はどういう訳かお金をしっかり持っていた。
どうやらこれも魔導卿からの助言だったらしい。
なんでも
『マスターがどんな旅をしてきたか存じませんが、リホ殿が同じようにできるとは到底思えませんので』
というありがたい言葉を“師匠”に伝えてくれたらしい。
「そんなに気にすることはないと思うけど、なぁ?」
そう同意を求められたが、リホは内心で魔導卿に大感謝を捧げていた。
そんなこんなで10日ほど街道を進み、かなり南下してきたところで。
街道は向かって左方向、東へ折れていく分かれ道で、2人はさらに南下するために、一段細くなっている道を直進した。
当然行きかう人もぐっと減り、ところどころ見通しのよくない箇所も出てくる。
リホも探索者の勘で(ああ、これはそのうち……)とさすがに用心し始めた時だった。
右に緩やかに曲がっていく道の先の林の中から数人の人影が踊り出てきた。
「おい、ここを通るには通行税を払ってもらわにゃならん」
先頭の短剣を構えた背の低い男がニヤニヤしながら脅してきた。
「金で払っても、それともそっちのねーちゃんで払っても、どっちでもいいぜぇ?」
その後ろにいる痩せた長身の槍持ちが続いて言う。
1,2,3……全部で7人。
リホはすばやく人数を把握したあと、さらに追加がいないかあたりを警戒した。
あのうしろの林の中が怪しい気もする。
「(師匠。もしかすると林の中に仲間がいるかもしれません)」
「それで? なにか問題あるか?」
「いや、問題っていわれても、すでに問題アリアリな状況なんですけど」
「丁度いい機会だ、お前一人で片付けてみな。武器は使ってもいいから」
旅に出てから毎夜、“師匠”はリホに武器の使い方を教えていた。
出発前にナナが“師匠”に相談してくれた、あれだ。
はじめてまだ10日ほどだが、もともと『武術』を叩きこまれていたリホは上達も早かった。
ただし。
「―――武器って、ただの棒じゃないですか!」
「それを使うんだよ。使い方は教えてあるだろ? その通りに使えば問題ない」
“師匠”は何にも気にしていない様子だ。
そうこうしているうちに、こちらが目立った動きを取らないと考えて男達は無造作に距離を詰めてくる。
「わ、分かりましたよ! やればいいんでしょ、やれば」
リホは魔導卿からもらった(正確には預かっている)『収納袋』に手を突っ込んだ。
ひっぱり出した手にはそこそこの長さの一本の木の棒が握られている。
リホはそれを軽く一振りして構えた。
男達はリホが取り出したのがただの木の棒だったのですっかり軽く見て、ますますいやらしい笑みを浮かべながら近づいてくる。
「そんな棒っきれで俺たちと遣り合おうってのか? いいねぇ、世間知らずのお嬢ちゃんは。それじゃあ俺たちが手取り足取りいろいろ教えてやろうじゃねぇか」
男達の魂胆は見え見えだ。
「そしたらあの男は邪魔だな。先に消えてもらおうか」
男達の中から誰からそう言った次の瞬間、投げナイフがリホではなく“師匠”目がけて飛んで行った。
(あっ…)
リホは思わず焦ったが、次の瞬間既視感に見舞われた。
“師匠”へ飛んで行ったナイフは“師匠”の手前でスッと消えていった。
「「「「「「「!?」」」」」」」
男達は何が起こったのかすぐに理解できなかった。
ただ目の前の男が無傷で立っており、変わらず邪魔な存在であることを再び認識したとき、
「ぅうらぁぁぁぁ~~~!」
先頭にいた短剣の男が“師匠”に向かって剣を突き出していった。
咄嗟にリホはそれを棒ではじき上げて男の体勢をぐらつかせる。そして振り上げた棒を回転させてその横にいた長身の槍持ちの穂先を逸らすことに成功した。
男達はリホの身のこなしを見て只者ではないと悟り、2人を囲むように展開した。
「師匠、大丈夫ですか!?」
「俺のことは気にせず、お前はちゃっちゃと片付けてくれ」
まるで他人事のように“師匠”が返事をする。
(……やっぱり問題ないのね、そうじゃないかと思ったけど……、これって、あの時の再現になるの?)
リホは自分を囲む男達を警戒しながら、初めて“師匠”と出会った時のことを思い出していた。
未だに原理はわからないが、確かに“師匠”に向かっていった奴らは“消えた”のだ。
(このままこいつらが師匠を狙えば勝手に消えていくんだろうけど……)
そんなリホの心を覗いたように、“師匠”から声がかかった。
「一人でも取り逃したら、今夜の修業は倍な」
「倍!?」
「お前が全員始末しろよ?」
そういって“師匠”は二歩ほど後ろに下がった。
これを男達は“師匠”が逃げの態勢に入ったと受け取り、囲いを狭めて追撃しようとする。
リホはすかさず前へ出て先に飛び出した男の足を払い、次いで逆側の男の胸に強烈な一突きを入れた。
たかが木の棒と侮っていた男は、その一突きで崩れ落ちて動かなくなった。
「まず一人目~。そら、どんどんやれ~」
それを見ながら“師匠”は楽しそうにはしゃいでいた。
7人の男達が全員崩れ落ちるまでさほど時間はかからなかった。
リホが心配していた林の中の伏兵は、どうやらいなかったようだ。
あるいは戦いの様子をみて退いたか。
地面に突っ伏している男達は死んではいないが、いずれもリホの一撃を食らって気絶している。
「まあ、初回にしてはまあまあじゃないか?」
“師匠”が珍しく褒めてくれた。
「そうですか!? 自分じゃいっぱいいっぱいでしたけど……」
「初めて実戦で棒術を使った割にはよく対処できてたよ」
普段修業の成果を直接褒められることなどないので、リホは素直に嬉しかった。
「次は武器なしで、な」
「……ええぇ~~?」
「当たり前だろう、それも修業の成果を見なきゃならん」
「……最初からちょっと厳しすぎませんか?」
「こういうのは初めが肝心なんだよ」
“師匠”はどこか得意げだ。
「ところで師匠、投げナイフが消えたのって……」
「んン? あぁ、あれな。あれは、そういうものなんだよ」
「そういうものって……」
「俺の心配は不要だから、とにかくお前は出てきた奴らを全部片づける! それが出来なければ修業は倍な!」
「そんなぁ……」
戦闘の最中に“師匠”の身の心配をする必要がないのはありがたいが、かといって敵がそれを分かって攻めてくるわけでもなく、何人かは“師匠”を最初の標的としてくることもあるわけで。
そういう敵の攻撃を“師匠”から捌きながら他の敵にも対処していくのは、中々に大変なことだ。
リホは本気で
(このさきこういう連中が出てこないことを祈るわ)
と思っていた。




