一幕二場 「なんでも出せるふくろぉ~」
「―――ということがございました」
結局あれから3日、“師匠”は不在だった。
魔導卿は“師匠”不在を端から知っていたようだったが、竜王にはそのことは告げなかったようだ。
因みに魔導卿が“師匠”不在を把握できるのは、ここが魔導卿の展開した術式の中だからだそうだ。
竜王襲撃?の4日後、いきなり中庭に現れた“師匠”に、魔導卿が事の顛末を説明した。
リホとナナもお茶を飲みながら一緒に聞いている。
「ふぅん、そんなことが起きてんのか。っていうか、あいつもヒマだね」
“師匠”は竜王襲撃には大して関心を示さなかった。
「まぁ、暇といえば暇なんでしょうな。竜族の王といえ、どこかを統治している訳でもありませんから」
「そうなんですか?」
「竜族はそれぞれ縄張りを持ってはいますが、それらを纏めて統治する、といった機構は存在しないそうです」
魔導卿がリホに説明してくれた。これだけでも竜族の秘密として大発見の事柄だ。
「そんなんで王を語ってるんだからねぇ~、おまけにあたしにボロ負けするしさぁ~。ねぇ我が主、聞いてくださいよぉ~。あたしったらもう圧倒的だったんだからぁ~……」
ナナが“師匠”の隣で自分がいかに竜王をぶっ飛ばしたか、を盛大な誇張を入れて自慢している。
“師匠”は聞いてるのか聞いていないのか、お茶を一口飲むと魔導卿に話しかけた。
「『あやかしの森』か。あそこはエルフの領域だったな」
「はい。ハイエルフがあの一帯を支配しています」
「エルフの連中の動向は?」
「それは何も言っておりませんでした。ですが、状況から察するにエルフ達にも何かしらの影響が出ていてもおかしくはないかと」
エルフ、と聞いてリホはビクッとした。
自分の出自種族ではあるが決して良い思い出があるわけではない。むしろ自分と母にとって苦い思いを味わわせた、という点で、できれば同族には近づきたくはないというのが本音だ。
「問題は森の魔力異常の原因がどこにあるのか、だな」
「そのエルフどもが原因ということでは?」
ナナがクネクネモードから復帰して尋ねる。
「その可能性もあるだろうな。いずれにしても現地にいきゃあわかるだろう」
「では調査に行かれるのですか、マスター?」
“師匠”はお茶を飲み干すとリホを一瞥した。
「竜王の奴の口車に乗るのはちょっと癪だが、確かに面白そうだ。それに、こいつの修業の成果を見るにも丁度いいだろう」
「えっ? わたしも行くんですか?」
“師匠”が「はぁ?」とした顔をしている。
「当たり前だろ? お前は俺の何だ?」
「…………所有物です」
「なら、そういうことだ」
リホは今更ながら自分がとんでもない契約を交わしてしまったことと、エルフの森へ行かなければならないこと、“師匠”のいう修業の成果とやらを見せるのにどんな目に遭うことになるのか、いろいろ複雑な心中だった。
「えぇ~、そしたらあたしもぉ、いっしょに行ってもいいですかぁ~?」
ナナがもの凄い上目遣いをしながらクネクネと“師匠”に迫ってくる。
この上目遣いの破壊力はハンパない。並みの男なら一発で落ちるんだろうなぁ、でも“師匠”だからなぁ。
「お前は『大迷宮』に戻っていろ」
“師匠”はにべもなく告げた。
「そ、そんなぁ~。だってだって、リホの修業だってまだまだあるじゃないですか~」
「それはこっちでみるから問題ない。とりあえずお前の役目は終わったからもう戻れ」
「あぁん、この突き放した感じ。……たまらないわぁ♡」
ナナは一層体をくねらせて何か感じ入っている。
結構な時間ナナと過ごしてきたが、リホにはわかったことがあった。
(流石はMだ。師匠限定の)
この3年、修業をしている時でも、“師匠”から素気無くされる時ほどナナは興奮していた。
“師匠”から優しい言葉が出てくることはまずないので、“師匠”と話しているときのナナは大抵クネクネしていた。
さっきだって、竜王退治の自慢を“師匠”にスルーされていることに、話し続けながら一人で興奮していたし。
以前リホはこっそり魔導卿に確認したが、魔導卿は「えぇ、そうらしいですね。私には全く分かりませんが」と表情を変えずに切って捨てていた。
「ではいつごろ出発なさいますか、マスター」
「そうだなぁ」
“師匠”がリホを見る。
「こいつの準備って、何か必要か?」
「どうでしょうか。リホ殿が何を必要とするかにもよりますが」
「そこんところ、うまく片付けてくれ」
「御意」
魔導卿が深々とお辞儀をする。
「ではリホ殿、この後相談させていただきましょう」
「…わかりました」
行くのはもう既定路線なのか。
「じゃぁ、あたしもいっしょに参加するわ~。姉弟子として、ね?」
ナナがリホの腕を引き寄せて密着してくる。豊満な体を押し付けられると、同性のリホでも少し恥ずかしい。
「準備が済んだら教えな」
そういって“師匠”は中庭を後にした。
「で、必要なものなんですが」
魔導卿はそういいながら一つの革袋を取り出した。
「これは私が作り上げた『収納袋』です。一見ただの袋に見えますが、これには複雑かつ高度な術式が重ね掛けされており……」
魔導卿の自慢話、もとい袋の説明が長々と続いてリホはうんざりしていたが、かいつまんで理解したところでは、どうやらこの袋、ここの倉庫と繋がっているらしい。
頭の中で念じながら手を入れると、望んだものが瞬時に取り出せる、というとんでもない機能だった。
なんでも昔に魔導卿が“師匠”から、そんな特徴をもつ道具袋がある、という話を聞いて、俄然やる気を出して作り上げたらしい。
「倉庫内にあるものならばいつでも取り出し可能ですし、ここの倉庫は精霊達が管理・運営していますから……」
『死の大地』の中に存在する精霊達は、どういう原理かわからないが食事や着るものなどを瞬時に目の前に出してくれる。
これも不思議に思って魔導卿に尋ねたことがあったが、この世界の成り立ちからについての長大な講義が始まりそうだったので、ほうほうの体で逃げ出したことがあった。
以来、リホは精霊とはそういうものだ、と理解したことにしている。
「貴方の個人的な持ち物以外で取り出せないものはないと思っていいでしょう。ですから、あとで自分の持ち物だけ倉庫に移しておいてください」
「自分の持ち物っていっても……、服は精霊さんたちがいつも用意してくれているし、もともと持っていたものなんてないですよ?」
「それなら武器はどう~?」
ナナが提案してくる。
「リホちゃんもそろそろ次の段階として、武器の扱いを覚える番だと思うのよねぇ~。道中我が主が修業をつけるって言ってるし、きっとそうなるわよ~」
「武器ですか?」
「そうねぇ~、リホちゃんだったら……、何がいいかしらねぇ。我が主に訊いてこようかしら♡」
そういってナナは“師匠”を探しに行ってしまった。
「ではあなたの持ち物が決まり次第、それを倉庫に移して、それで準備完了ということでよいですね?」
「そういうことみたいですね……。なんだか、旅に出る感じがまるでしませんが」
「マスターが一緒にいるのですから、端から普通の旅になると思ってはいけませんよ?」
魔導卿がなんともよくないフラグを立てた気がする。
「マスターはマスターでご自身の荷物というか、持ち物は管理されていらっしゃるので、貴方はご自分の袋の管理だけ徹底してください。間違っても他の者に奪われることのないように」
魔導卿がピッと人差し指を上に向けて注意する。
「この袋、私以外でも使えちゃうんですか?」
「この袋にかけられている術式の中身を知らないものが手を入れても、ここの倉庫につながることはありません。それよりもこの袋にかけられている術式を他の者が解析しようとすると……」
リホはちょっと嫌な予感がした。
「術式が暴走して辺り一帯吹き飛ぶことになります」
「なんでそんな物騒なんですか!?」
「『安全装置』というものですよ。この術式は外界の者たちにはまだ早すぎる段階のものだそうですから」
「…………くれぐれも、気を付けます」
寝るときも肌身離さず身に着けておこう、とリホは思った。




