五幕一場 「あれっ、フーカちゃんこんなキャラだったっけ?」
「わ~リホさん、お帰りなさい~!!」
フーカからの熱烈な出迎えをうけるリホ。
ヴォトルの港で土産をしこたま買い込んだ後、行きと同じ道を通って帰ってきたリホと師匠だったが、道中は特に何も起こらずにすんなりと帰ってこられたのだった。
ヴォトルを出る際に魔導通信機で帰ることは伝えていたが、それから毎日のようにフーカからの
『いつ帰ってくるんですか!?』
コールが煩くて、クァッドの街まであと一日というところでリホがそう伝えたところで、この歓待ぶりだ。
中庭に入った途端に飛びついてきたフーカは、今もリホにしがみついたまま離れようとしない。
「やれやれですね。それじゃあまるで初等部の子どもじゃありませんか。もう少ししっかりしていると思ってましたがねぇ」
魔導卿の呆れ顔も何のそのだ。
「子犬みたいだな」
師匠の突っ込みも中々のものだ。
「子犬って。それはフーカちゃんにあんまりじゃ」
「だってそうだろう。見ろ、尻尾があったらブンブン振ってそうじゃないか?」
言われてリホもしがみついているフーカを眺めるが、確かに尻尾を振ってそうな勢いが……。
「リホさんリホさん、私また新しい術式を開発できたんですよ! 今度のは聖雷撃なんです! 私もう雷撃を自分で放てるようになったんです!!」
「そうなの!? すごいじゃない、フーカちゃん。じゃこれからは黒焦げにならなくて済むんだね」
リホはヴィステリウム魔術大学院の操練場で聖雷撃を暴発させて黒焦げになったフーカの姿を思い出していた。
あの時は学長暗殺を企んだジェスター主任教授の陰謀で聖雷撃を使わされ、術式がフーカの魔力に耐え切れずに大暴発を起こしてしまったのだが、それを今は自分で制御できるようになったとは。
自分が塔に挑んでいる間に、フーカもまた自分の力に磨きをかけていたんだなぁ、とリホは感心していた。
「リホさんはどうでした、『試練の塔』は? やっぱりすごかったですか!?」
「うん。いろいろあったんだよ。私もフーカちゃんに話すこといっぱいあるんだ」
「私もいっぱい聞きたいです! 今夜は語り明かしましょう!」
「うん、そうしよう!」
二人はキャッキャ言いながら奥の部屋へと入っていった。
「おかえりなさいませ、マスター」
魔導卿が今さらながらに恭しく頭を下げた。
「帰ってきた、か」
師匠は去っていった二人の後姿を見送った姿勢のままで、一人呟いた。
「ええ~、そんな人がいたんですか~? 私もエラさんに会ってみたいな~」
「きっと会えると思うよ。エラさんも師匠に仕えているって言っていたし。とにかくすごい美人ですごい優しい人だった。それにとんでもなく強いし」
「『試練の塔』の管理人か~。でもパズスって、あれですよね? かつて神々が封印したっていう旧代の神っていうか、邪神っていうか」
「フーカちゃん、知ってるの?」
「ええ。先生の書庫で調べ物をしている時に、古代魔法王国の研究書の中に出てました。なんか、一度現れると辺り一帯を砂漠に変えて疫病をまき散らすというとんでもない神だったらしいですよ?」
風呂の洗い場で体を流しながら、リホはとんでもない話を聞いたと思った。
あの慇懃な姿勢で挨拶をしてきた魔神が、そんなとんでもない存在だったとは。
「パズスを下して塔の管理人になったなんて、もう人間じゃない強さですね。エラさんって、何者なんですか?」
「そこは聞いてないんだよね~。なんか訊きづらいっていうか。それ以上にD・Jがよくしゃべるもんだから……」
「それですっ! そのしゃべる剣! そんなの初めて知りました! なんなんですか、その剣は? 自分で考えてしゃべってるんですか? どこから声が出てるんですか? そもそも魔導具なんですか、それは?」
「ちょ、ちょっとフーカちゃん、落ち着いて。エラさんが来るとなったらD・Jも必ずついてくるから。その時に本人に訊けばいいよ」
「う~、楽しみだぁ~! 早くエラさんここに来ないかなぁ。いっぱい聞きたいことあるのに」
エラが来た時のことをリホは想像してみた。
フーカがあれもこれも根掘り葉掘り質問するのを、D・Jがいちいち切り返して、その倍以上のおしゃべりをかましてくる。
………頭痛くなってくる。
「フーカちゃん、洗い終わった? わたしは湯舟につかるよ?」
「あ~待ってください。もう少しですから~」
慌てたフーカが頭から湯を浴びて、その拍子に耳に水が入ったと大騒ぎしているのを見て、リホは
(帰ってきたなあ)
としみじみ実感に浸っていた。
翌日。
恒例の朝鍛錬を中庭で行っているリホを、魔導卿とフーカも眺めていた。
「試練の塔」での成果を見たい、という魔導卿とフーカの希望にはじめは照れていたリホだったが、師匠の
「塔の中で何かを掴んだっぽいな。見せてみろ」
という言葉ですぅっとやる気が入った。
塔での戦闘の中で、確かにリホにはある手応えがあった。
それを実際に師匠に見てもらういい機会だ。
リホは塔の中でこなした戦闘を思い浮かべながら、型を決め、棒を振った。
「ほう」
「……………すごいです」
演武を見終わった魔導卿とフーカが感心している。
「どうですか?」
「私は『武術』は門外漢ですから詳しいことは分かりませんが、塔へ出かける前よりも動きに無駄がないような感じがありますね」
「リホさん、すごいです。迫力が全然違います!」
二人に褒められてリホの顔も思わず緩んだ。
「お前、常に『大周天』を実行できるようになったな」
師匠からの指摘にリホは驚いた。
「わたしが、ですか? そんなの意識してなかったですけど……」
「意識していたらダメなんだよ。無意識にできるようになっているからいいんだ。それが出来ているってことは、相手の出方が寸前に分かるようになってきただろう?」
「はい、塔の相手でも次にどう攻撃してくるかが分かる時が結構ありました」
「そういうもんだ。それができるようになれば、大抵の相手には負けなくなる」
「あ、でも虫相手のときにはよくわからなかったです……」
そこまで言ってリホは脳裏に浮かんだあの巨大な虫達の姿を必死に打ち消そうとした。
「虫がいたんですか? どんな虫ですか? 大きいのですか、小さいのですか?」
フーカが追い打ちをかけるように質問してくる。
やめてフーカちゃん、わたしは忘れたいのよ!
「虫系には『気』が通りにくいからな。まあ、まだまだ要修業ってことだ」
「修行を積めばそれも分かるようになりますか?」
「もちろんだ。極めれば岩人形だって破壊できるようになる」
「本当ですか!?」
自分が手も足も出なかった岩人形に、自分の『気』が通用する日が来るかもしれない。
リホは自分の目指す目標が明確になったことに嬉しさを感じていた。
その時。
(何か来る!)
リホがサッと上を向いたのと、魔導卿がピッと人差し指を上に向けたのとが同時だった。
ドゴォォォォォンッ!
次の瞬間、中庭に何者かが轟音と共に着地した。
土埃が舞い上がらなかったのは、魔導卿の術式のおかげか。
「あ、あなたは………」
「よう、お嬢ちゃん。久しぶりだな!」
そこに立っていたのは、漆黒の鱗を身に纏い、長い尻尾をたなびかせた、頭に二本の角を生やした筋肉バカ。
「竜王!?」




