幕間その4 「知性はあるが品格はない、てとこだな」
「―――以上が今回の『試練の塔』挑戦の報告です」
「ふむ。………ご苦労だったな」
グランマルス王国宮廷魔術師団の団長室で、クルミは今回の一部始終について団長へ報告を終えた。
リホのことはヴォトルの港街で知己を得た探索者ということにして、うまく誤魔化しておいた。
さすがに師匠のことは上手く説明ができずに、“塔の管理人が~”という形で切り抜けたのだが、それはあながち外れた説明でもなかったことはクルミは知らない。
「しかし、ザンス卿がそこまで暗躍したとはな……。証拠は無きに等しいとはいえ、少々厄介だ」
「証拠はあります。私が証言できますし、勇者殿も直接の被害者として証言してくれるでしょう」
「勇者殿はその力を失ってしまったというではないか。サラディン様の加護あっての勇者だ。それが無き今、その言葉に込められる重みは以前のようにはいくまい。それに」
団長は腕組みをしてクルミを見つめた。
「お前が証言したところで、それは王党派の策略だと反論されるだけだ」
「私は王党派ではありません。王党派にも貴族派にも利害関係は……」
「お前に無くとも、魔術師団にはあるのだよ」
団長はゆっくりと立ち上がった。
「無論我らも中立を貫くべき立場であることは理解している。だが、昨今の王宮内のごたごたに巻き込まれている状況では、それを押し通すのも難しい」
窓から見える景色を眺めながら団長は続けた。
「我らは宮廷に属するものとして王党派と見なされ、またそのようにも振舞ってきたことは事実だ。その宮廷魔術師であるお前がどう証言しても、貴族派は承諾せんだろう」
「…………………」
「ザンス卿のことは私の胸の内に留めておく。しかるべき時にしかるべき対応を取るためにな。もっとも、お前の話では生きて戻ってこられたか不明だが」
塔の外に突如魔神が顕現した、という話を聞かされた時は、さすがの団長も眉唾物で疑ったのだが、クルミの真剣な話しぶりと、実際に逃げ帰ってきた兵士達の証言の多さに認めざるを得なかった。
「結果として塔攻略は失敗に終わったが、それは我々の責任によるものではない。お前はまずはよく休んで、通常任務に戻るといい。今日から7日間の休暇を取らせよう」
「………ありがとうございます。それでは失礼します」
クルミは団長室を後にしたが、その顔色は今一つ冴えなかった。
(結局はそういうことなのよね。目に見えた成果を挙げられなければ、何もなかったのと同じ……、いえ、何もなかったことにされただけ良しと考えられるわ。一切の責任を負わされた可能性もあるのだから)
先ほどの団長の口ぶりだと、塔攻略の失敗の責任を他の者に負わせる気なのだろう。
そしてそれはザンス卿が対象となるのは当然の成り行きのように思えた。
(何だかなぁ。一緒に戦った仲間だったはずの人間を、こういう形で糾弾しなければならなくなるなんて、空しいわね……)
クルミの脳裏に、共に塔の強敵に挑んだ仲間たちの姿が浮かんだ。
あの時は、心の中に秘めた思いは別にしても、皆目の前の敵に立ち向かうために一丸となっていたはずなのだ。
剣を振るうユーリ、見境なしに敵につっこんでいくコマリと、それを援護するザンス。
自分の隣で一心に祈りを捧げるエリ。
そしてリホは―――。
(ふふ、なんだか不思議な人だったわね、リホさんは)
歩きながら思わず笑みがこぼれてしまった。
(いきなり塔の上階から現れて、一人で私達よりも攻略を進めていて、謎の技を使って、しまいには私達全員を助けてくれた。使命にも名声にも何にも囚われていなかった、自由な人だった……)
思い返せばリホだけが、純粋に塔に挑戦していたような気がする。
国家の思惑とか、自分の出世とか、そういうのを全く持ち込まずに。
(あ~あ、なんかいろいろ面倒くさくなっちゃったな。出世の道も無くなったし、ここらが潮時なのかもね)
クルミは塔攻略の前に、久しぶりに学生時代の恩師から連絡をもらったことを思い出していた。
魔術大学院の教え手が不足しているので、もし良かったら講師職をやってみないか、という誘いの手紙だった。
その時は気にもかけなかったが、今になって考えると何も気にせずに魔術研究に勤しめるという環境も悪くはない。
「返事、出してみようかな」
そう言って雲の間から差し込む光に眩しそうに手をかざして、クルミは自室へと戻っていった。
「それじゃあ、お世話になりました」
「こちらこそ、何のお構いもできませんで」
「またいつでも遊びにきてや、リホはん」
「試練の塔」の200階層の上にあるエラの自室で、リホはエラとD・Jに挨拶を交わした。
エラが言うには、ここからエリンの岬にあった転送術式に直接飛べる、というのだ。
「来るときは塔の下に出たんですけど、帰りは直接行けるんですか?」
「そりゃ来るときはただの侵入者ですさかい、いきなり塔の中には入れまへん。でも今はリホはんも立派な塔の関係者っちゅうことで、出入りは自由にできるようになっとりまんねん」
「塔の関係者、ですか……」
「そや。でも塔に挑戦したかったらいつでもできるよって、そん時は言うてくれはったら準備しときまっせ」
「準備って、なにを?」
「そりゃリホはん専用の敵でんがな。リホはんやったら1階層目から虫系の魔物を仰山用意してやな―――」
「やめてくださいっ!! それだけは、ダメ! ぜったい!!」
塔で遭遇した巨大な蜘蛛や百足の姿を思い出すだけでも、リホは体に震えをきたした。
「冗談がすぎるわよ、D・J」
エラが静かに窘める。
「そういえば、D・Jって、何の意味なんですか? なんかの略語とか?」
頭の中からなんとか虫の姿を追い出したリホがふと尋ねた。
「デュランダル・ジュニア」
エラがそっけなく答える。
「ちゃいまんがな! デュランダル・ジャガーノートですがな。偉大なる力を秘めた剣っちゅう意味でっせ?」
「デュランダル・ジェスターだろ?」
師匠が横から突っ込みを入れる。
「ジェスター? 師匠、それどんな意味ですか?」
「道化師だ」
「っ!? ぷっぷぷ、あはははは」
思わずリホは笑い転げた。
おしゃべりなD・Jにはうってつけの名前だ。
「もう、ご主人様には適わんなあ~。リホはんも笑いすぎやで。それに我が主も!」
見ればエラも後ろを振り向き肩を小刻みに揺らしている。
道化師がツボだったようだ。
「でも、デュランダルってどこかで聞いた気が……………あ! ユーリさんが持ってた剣、確かそんな名前だった気がします!」
「あんな紛いもんと一緒にせんといてえな! わては正真正銘のデュランダルや。この世にただ一振りの、知性を持った剣でおまっせ!」
「知性、ねえ」
またもエラが後ろを向いて、今度は激しく肩を揺らしている。
エラさん、じつは意外とゲラなのでは?
リホはエラの笑い顔を覗きたくなった。
「さてと」
師匠が椅子から立ち上がった。
「じゃあ、またな。たまには『死の大地』にも顔を出すといい。魔導卿も助手を雇ったしな。いろいろと変わったこともある」
魔導卿が助手というか弟子というか、とにかく魔導を授ける対象を見つけた、というのを聞いたときは、流石のエラも目を丸くしていた。
「そうですね。一度見に行きたいと思います。塔の様子を見てお伺いいたします」
エラが丁寧にお辞儀をする。
「ほれ、行くぞ。いつまでのんびりしてるんだ」
師匠にせっつかれてリホも慌てて立ち上がる。
「それじゃあ、お世話になりました。またお会いしましょう!」
手を振りながら部屋の中に現れた転送術式の中に入ると、すぐに術が発動した。
目の前のエラの姿が薄れていき光の中に消えていく。
次に光が戻った時には、潮風の吹くエリンの岬の上だった。
「戻ってきましたね……」
リホがちょっと感慨深そうに呟いた。
「まだここから『死の大地』まで戻るんだよ」
「分かってますよ」
スタスタと歩き始めた師匠を追いかけるように、リホが小走りについていく。
「師匠、フーカちゃん達にお土産買っていきませんか? 『収納袋』に入れていけば、お魚とかも買えるんでしょう?」
「遠足に来たわけじゃないんだがな」
「“エンソク”ってなんですか?」
そうして二人はヴォルトの街に向かっていくのだった。




