四幕六場 「世界で一番星空に近い露天風呂なんて」
「お前どうするんだ、試練のほうは」
「え? どうって言われても……」
リホは返答に困ってしまった。
岩人形を倒すのに棒にかかっている術式の一時停止を解いてしまった。
魔導卿からは
『一度再展開すれば以降は貴方には停止できませんので、どのみち塔から出る外はなくなりますから』
と言われていた。
それは自分の力のみで塔に挑戦する、という最初の目的が果たせなくなるからだ。
その為に棒に付与されている術式を一時停止状態にしてもらって挑んでいたのだが―――。
「もう棒の術式が復活してしまったから、挑戦するのは無理じゃないですか」
「棒なしで挑めばいいだろう? 使うか使わないかはお前次第でもあるんだから」
「それは………」
言われればそうなのだが。
リホはしばらく考え込んだ。
「やっぱりいいです。あの棒なしで岩人形を突破できる気が今はしません」
「そうか」
師匠は特に咎めるようなこともなくあっさりと承諾した。
「まあ、リホはんもあともう少し修業を積んできはったら、あの人形共も簡単に倒せるようになるさかい、そん時にまた挑みにくればよろしおまっせ~。そうやなあ、わての見立てやと、あと……」
「D・J」
エラにピシリと名を呼ばれてD・Jが黙る。
「焦ることはないと、私も思います。リホさんは、もっと強くなれる」
「強く、なれるでしょうか?」
200階層の階層主でもあるエラにもっと強くなれると言われて、リホは少し意外な感じがした。
たかだか50階層程度しか到達できなかったのに、本当に自分にはこれ以上の伸びしろがあるのだろうか?
そもそも自分はこれ以上強くなるべきなのだろうか?
「強くなるべきです。ご主人様と共にあるものとして」
エラが静かにリホを見つめながら話を続けた。
「貴方は私達とは違う。ご主人様の………所有物なのです。常にご主人様と共にある運命です。そのためにはもっと強くなる必要がある」
「どうしてですか?」
「ご主人様には、そういう強き存在を引き付けるものがあるからです。きっとこれからも、貴方が今まで出会ったこともないような強者が目の前に現れることでしょう。その時に、ご主人様の横に立っていられることが大切なのです」
エラはじっとリホを見つめたまま視線を逸らさない。
リホも、エラの穏やかだが力強い目に引き込まれるようだった。
「貴方はそれができる立場にある。だから、それを成し遂げなければならない。それが貴方の務め」
そこでエラは師匠へ視線を向けた。
「それがご主人様の思いでもあるから」
リホは言葉が返せなかった。
何かははっきりとは分からなかったが、エラの言葉の奥に秘めた思いの強さが伝わってきた。
自分は、師匠と共にある運命。
師匠の横に立っていることが自分に課せられた使命。
そのために、強くなる必要がある。
(わたしが強くなるのは、師匠と共にあるため………、わたしが強くなりたいのは…………師匠のため?)
そこまで考えた時、リホは思わず顔を赤らめてしまった。
師匠のために強くなる?
そんなこと、考えてみたこともなかった。
でも考えてみれば、師匠と出会ってからこれまで、どこに行くにも師匠は自分を連れて行ってくれていた。
時折ふいっと留守にすることはあるが、ほとんどの時間自分と一緒にいて修業をつけてくれていた。
今回塔に挑むにあたって初めて、師匠と離れて戦ってみたおかげで、これまでいかに師匠が自分の傍にいてくれたのかが実感できた。
(わたしが強くなりたいのは、師匠と一緒にいるため。これからも師匠と共に過ごすために、わたしは師匠に認められる強さを身につける)
リホの中で悶々と燻っていた自分の将来への思いが、少しだけ晴れた気がした。
取り敢えず師匠に認められるくらいの強さになろう。
認められたら、その後のことはその時に考えよう。
そう思ったら、なんだかスッキリした。
「分かりました。わたし、もっと修業してきます。それでいつかエラさんに挑戦します!」
「お~お~、こりゃまた大きく出はりよりましたなあ。我が主に挑戦するて! それがどないに難しいことか、リホはんにはまだ分かっておりまへんのやろなあ。我が主はこれでもご主人様の四天王の中で最強を誇っとるっちゅうねんに」
「最強じゃない」
エラが即座に否定する。
「皆それぞれに強い。それに、最強はルズ」
あ、その名前前にも聞いたことがある、とリホは思い返していた。
「あ、あの、その人って、前に竜王に勝ったっていう……」
「あんな黒トカゲ、我が主でも一発で真っ二つでんがな。あんなん強いのうちにはいらんよって。竜王ごときに勝ったくらいで最強名乗られても、いい迷惑でっせ」
「そうじゃない。ルズは強い」
「誰なんですか、その人?」
エラはリホを見つめてしばらく黙り込んだ。
「………知らないことがいいこともある」
「ええ~!?」
この間、師匠は我関せずだった。
塔から帰るのは翌日にして、その日はエラの自室にお世話になることにした。
200階層の上にある自室にはたくさんの部屋があり、リホもその一室を使わせてもらうことになった。
食事は師匠が『収納袋』から取り出した豪勢なフルコースを堪能し、食後留まることのないD・Jのおしゃべりにつきあって半ばウンザリしたところでエラの突っ込みが入って終了。
その後リホはエラに誘われて一緒に風呂へ向かった。
最上階のさらに上にあるという風呂は、屋上部分に作られた露天風呂で、「死の大地」の風呂ほど広くはないが、手を伸ばせば届きそうなくらい星が近くに瞬いている絶景だった。
「うっわ~、すごい星空~!」
湯舟の中で寝そべって空を見上げながら、リホは感嘆の声を上げた。
「ふふ、でしょう。私の自慢の風呂」
エラも心なしか嬉しそうだ。
少し赤らめた頬と色白の肌のコントラストが物凄く艶めかしい。
ナナとは違った色気をもった女性だった。
(どうして師匠の傍には、こうとんでもない美人が集まってるんだろう。……この分じゃルズさんっていうのも、すっごい美人なんじゃないかなぁ)
湯舟の縁に腰かけているエラの艶姿を見て、リホはまだ見ぬ相手への妄想を膨らませていた。
「リホさん」
「ふ、ふぁい!?」
耽っているところにだしぬけに名前を呼ばれてリホは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「リホさんは、その………」
なんだ? エラさんがモジモジしている!
その姿も色気たっぷりだった。
「リホさんは…………その、ご、ご主人様のことを、………どう、思っているのですか?」
意を決したようにエラが顔を上げて訊いてきた。
目は真っ直ぐリホを見据えている。
「ど、どうって………師匠、ですけど」
「師匠、ですか」
「……………エラさんは、気になるんですか?」
「―――!?」
エラは慌ててリホから視線を逸らして、次いで湯舟の中に潜り込んだ。
しばらく湯の中に潜んだまま出てこないエラ。
「エ、エラさん?」
「――――――ぷぅっ!」
湯面から勢いよく顔を出したエラは、ブルっと頭を振って水を切ると再度縁に腰かけた。
「私は………、ご主人様に仕える、と決めたのです。だから、気にしません」
「………………」
リホはなんだかそれ以上突っ込んで訊くのが憚られる気がした。
「………師匠って、罪な人ですね………」
「………ふふふ、そうかもしれませんね」
満天の星空の下で、リホとエラは互いに笑みを交わし合っていた。




