四幕六場 「まさか師匠、“おしおき”したんじゃ…」
「まあまあこんなところまでよう上って来はりましたなあ。画面ではぎょうさん見させてもろうてましたが、まあ中々の戦いぶりやったのとちゃいますか? あ、まだお茶熱いでっせ、気を付けなはれや。それにしてもあの棒、なんやえらいごっつい力出してはりましたなあ? なんでんの、あれは? あんなん岩人形を一撃で破壊するなんて、尋常やおまへんで。あ、お茶うけに甘いもんもいかがでっか? え、なに? 魔導卿がいじくったって? そりゃあきまへんわ。あの変態魔導士が手ぇ加えよったんやったら、それはもうなにされとんのか想像もつかんわ。ほんまにあの骸骨ときたら………」
リホはあっけにとられていた。
ここは200階層の更に上にあるエラの私室。
さっきまで師匠達がリホの攻略ぶりを眺めていたその部屋で、リホは円卓に座ってお茶を戴いていた。
リホの他には師匠と、そして椅子にこしかけたD・J。
エラが塔の規則を変更するといって別室に行っている間、リホの相手をするようにと椅子に立てかけられていったのだった。
エラを見て、なんて綺麗な人なんだろう、と見入っていたリホは、突然しゃべりだしたその口調のあまりの砕けっぷりに、まるでエラがしゃべっていないかのような錯覚を受けたのだったが。
じつはそれは錯覚でも何でもなく、本当にエラは一言もしゃべっていなかったのだった。
しゃべっていたのがエラではなく、その腰にぶら下がっている剣だということを理解するのに、リホはかなりの時間を要した。
「………師匠、ほんとよくしゃべりますね、この剣」
「そこが唯一にして最大の欠点だ」
師匠は慣れた感じで聞き流している。
「エラさんはあんなにお淑やかな感じなのに……」
「お淑やか? 我が主がでっか? そりゃリホさん、エライ勘違いされてまっせ。我が主はたしかにようできたお人ではありますが、言うてお淑やかなんて、とてもとても。ああ見えても我が主はこの塔の200階層の階層主にして管理人や。並みいる魔物共を蹴散らしてその地位にまで上り詰めはりましたんやで? そないなもん、お淑やかで務まるはず―――」
「務まるはず、なに?」
いつの間にかエラがD・Jの背後に立ち、柄をギュッと握りしめていた。
「……務まるはずや、と言おうとしとりましたんや」
「………今回は見逃してあげる」
エラはD・Jの隣の椅子に腰かけた。
「………あの~、エラさん? エラさんはウチの師匠とどういうご関係なんでしょうか?」
『ウチの師匠』という言葉にピクンと眉が反応したエラだったが、お茶を一口すすってから静かに語り始めた。
「私はご主人様に忠誠を誓ったものです」
「ご主人様!?」
「はい。かつて私は無謀にもご主人様に戦いを挑み、完膚なきまでに敗れ去りました。その時から私はご主人様に永遠の忠誠を誓ったのです」
真っ直ぐリホを見つめながらも、時折チラっと師匠に視線を送るエラがどこか情熱的で、リホは何故だか自分の頬が熱くなってしまった。
「師匠に負けたって……、エラさんは師匠と本気で戦ったんですか?」
師匠とまともに戦って消えずに残っていることが信じがたい。
そうだとしたらエラの強さはとんでもないものなのではないだろうか。
「ええ、完膚無きまでに。あれでもご主人様は本気を出してはいらっしゃらなかったと思います」
「ええ~~~、信じられないです」
「リホ様もご存じの通り、ご主人様は『気』の波動を自在に操れる方ですが、私にはそれをお使いにはなりませんでしたから」
(エラさんは『気』のことを師匠から説明されているんだ、って、リホ“様”!?)
「ちょっと待ってください! リホ“様”って、なんですか!? そんなふうに呼ばれるような存在じゃないんですけど?」
「リホ様はご主人様の所有物とお聞きしています。それならばご主人様と同義も同然。ご主人様のものに対して無礼は働けません」
「いやいや、そこはもう無礼でもなんでもいいですから! 様付けで呼ばれるなんてこっちが恐れ多いですって。魔導卿だってリホ殿と呼んでいますんで」
「………では私もリホ殿、と呼ばせていただきます」
「………それでも何だか違和感ありますね。もうリホでいいですよ?」
「そういう訳には」
その後すったもんだのやり取りがあり、最終的に『リホさん』呼びで了承されたのだった。
「で、規則のほうは変更できたのか?」
師匠がエラに尋ねた。
「はい。少し手間がかかりましたが変更は完了しております」
「これで一度に塔に入れる人数に制限が出来た、っちゅうことでんな?」
グランマルスが勇者パーティの一員として大量の兵士をパーティ登録してきた今回のやり方を鑑みて、同じパーティとして一度に登録できる人数を6名までに限定した。
またパーティに階層主を撃退したことがない者が混じっている場合、他の者が撃退経験があっても階層主が出現すること、更に一定期間塔への挑戦がなかった場合には攻略済み階層の情報が失われ、再度1階層から挑戦することになるように変更された。
「これで今回のようなことが起こることは無くなった訳か。あれはあれで中々面白い試みだったがな」
「……塔を専有されるのは困ります」
塔はあくまで挑戦する者達のもの。
どこかの誰かが自分達のためだけに利用するものではない、というのがエラの考えだった。
「いいさ。お前が管理人だからな。好きにすると良い」
「しかし我が主、あの連中が設置していきよった転送術式はどないしはりまんの? あれがあのまま置かれよったら、あの連中のこっちゃさかい、塔への行き来の利権だけでも独占販売しよるんとちゃいますか?」
「試練の塔」は長らくその存在が疑問視されてきた伝説の場所だ。
そこへいつでも転送できる術式を設置した、となれば、大々的に塔への挑戦者を募って移送費を稼ぐことが出来るようにある。
場合によっては塔への挑戦権そのものを自分達の利権として独占することも可能だ。
「……手は打ってある」
静かに語ったエラを見て、リホはどんな手を打ったのだろうと考えてみたが、エラの様子からは何も分からなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、塔の外のグランマルス駐屯地。
「一体、どういうことだ! 何故全ての兵士が塔の外へ移動させられているのだ!?」
「分かりません。ですがいずれの部隊も強制的に外へ出された模様です!」
「勇者パーティは何をしているんだ? 何か不手際でも起こしたのではあるまいか?」
「勇者パーティはかなり先行しておりましたので、どの階層にて何をしていたのか把握できておりません」
「―――私達も外に出されたのよ」
「クルミ殿!?」
部隊長が部下を詰問しているところへ、クルミが天幕の中へ入ってきた。
「これは一体何が起こっているのですか?」
「私達にも詳しいことは分からないわ。ただ、塔の管理人の逆鱗に触れてしまったのかもしれないわね」
「塔の管理人?」
「そのような警告を受けたわ。私達は再度1階層から挑戦し直さなければならなくなる。そしておそらくは今回のように大量の兵士をパーティの一員として送り込むような真似もできなくなるんじゃないかしら」
「そ、それでは我が国の計画が………」
「こればかりはどうしようもないわね。塔の管理人がそのようにしてしまったのなら、それに従うしか」
「そんな………、勇者は一体何をしているんだ!?」
「ユーリなら使い物にならないわ。加護が消えてしまったの。ヘルミークの呪いのせいでね」
「闇の女王の!?」
「ええ。それを発動させた神官は既に拘束してあるわ。それとザンス卿だけれど、勇者殺害未遂の現行犯でこちらも拘束済みよ。二人とも本国へ送還次第、しっかり裁かれてもらうわ。貴方にもいろいろ訊きたいことがあるから、協力してくださいね、部隊長?」
部隊長はぎりっと唇をかみしめてクルミを睨み返した。
ザンス卿が捕まった今、協力者として自分にも何らかのお咎めがあるだろう。
どうやってこの場をやりすごすのが得策か。
頭の中でその策略を目まぐるしく働かせていたその時。
『う、うわぁああああああああああ!!!』
外で悲鳴が沸き上がった。
同時に辺りに寒気を感じるほどの気配が満ちてくる。
真っ先に飛び出した部隊長に続いて天幕を出たクルミは、目の前に存在するそれへの恐怖で全身が震え出した。
「な、なん、なの、あれは……………!?」
獅子の頭と腕を持ち、鷲の脚を生やし、四枚の翼を広げ塔を背にして立つ巨大なそれは、見る者全てを恐怖に陥れる邪悪な笑みを浮かべながら、グランマルスの兵達に告げた。
《我が名はパズス、悪霊の王、風の魔神にしてこの塔の守護者なり。汝ら人間どもよ、即刻ここから立ち去らねば全ての者に大いなる災いをもたらそうぞ》




