四幕五場 「切り札は最後まで取っておくものなの」
「なあなあ、ご主人様? なんでリホはんはあの『気』とかいうけったいな力つかわんのでっしゃろ?」
「なんでだろうなあ。人数が増えたから使う必要がなくなった、とでも思ってるのか?」
画面を眺めている師匠へ、D・Jが問いかけた。
師匠も棒を振り回して応戦しているリホを見て、少し腑に落ちない様子だ。
「………おそらくですが」
エラが口を挟んできた。
「他の人間がいることで、『気』を見せないようにしているのではないかと」
「なんでだ?」
「あの者達に『気』を見せても理解はされぬでしょう。かつての私のように。リホ様も余計な詮索をされたくないのではないかと」
「ふ~ん、そんなもんかねぇ」
「いやいや、あれはわても最初訳がわからんかったですわ。ご主人様が手を当てたら、なんやこうバァーって我が主が吹き飛ばされてしまったさかいに。魔力もなんも発揮されんとあないなことされよったら、そらわてでもビックリするっちゅうもんですわ。だいたいご主人様の持ってる力ちゅうんは………」
D・Jの話を華麗に流して、師匠とエラは画面の中のリホを眺め続けた。
「そろそろ限界かも。魔力が少なくなってきたわ」
クルミが肩で息をしながら告げた。
魔術師が魔力を消費する時、魔力が十分にあるときは何でもないが、残り少なくなってくると体中からかき集めるようにして魔力を生み出す。
その結果体にもかなりの負担がかかるようになってくるのだ。
「じゃあ、この階の階層主を倒したら一回休憩にするか?」
ユーリの提案にリホは難色を示した。
「クルミさんの魔力が少なくなってきているのであれば、無理は禁物だと思います。ここまではずっと大鈍鬼の部屋ばかりですけど、この階層の主がまた同じとは限りませんし」
「そうかなあ、俺は大丈夫だと思うけど。これまでの傾向からなら、そう極端に強い階層主じゃないと思うぜ?」
「そんなの、遭ってみなければ分からないじゃないですか」
「そうさ。だから階層主に挑戦してみればいいんだよ」
「それは話が違います。最初は私が―――」
「待って」
クルミが間に割って入った。
「私はまだ大丈夫よ。階層主の相手をするぐらいは魔力が残っているわ。まだ42階層目だし、もう少し挑戦してみてもいいと私は考えているわ」
「クルミさん……」
「儂もクルミ殿の意見に賛成だ。リホ殿の心配も分かるが、我らも勇者殿を擁するパーティなのだ。そう易々と後れをとることはない」
「そ~だよ、大丈夫だよ。階層主をぶっ飛ばそう!」
クルミに続いてザンス、コマリからも自分の意見を否定されて、リホは黙ってしまった。
「リホさんの心配はもっともだわ。階層主の部屋からは逃げられないものね。でもどこかで必ず賭けに出なければならないときは出てくるわ。この塔の中では特にね。その勝負に勝つことも、この塔の試練の一つだと私は思っているわ」
「…………分かりました。そこまでいうのなら、皆さんを信じます。でも絶対無理はダメですよ?」
「そうこなくっちゃ! それでこそ俺のリホさんだ」
「だれも貴方のものになった覚えはありません!」
「それじゃあ、階層主の部屋へ行くわよ。いいわね、エリ?」
「……………ええ」
そうして42階層の階層主の部屋へ向かったのだが。
「挟み撃ちだ!」
部屋に入るなり左右の壁から滲み出るように現れた2体の大鈍鬼によって、パーティは完全に挟まれてしまった。
しかも、ただの大鈍鬼ではない。
「大鈍兵!?」
明らかにこれまでの大鈍鬼と異なる武装をした2体の鬼。
鎧を着こみ盾を持ち、手には巨大な鉄槌を持っている。
一体どこの誰がこんな武具を作り上げたのか。
その鉄槌をどちらの大鈍兵も、水平に薙ぎ払ってきた。
「まずいっ!」
ザンスが盾を構えるが強烈な横殴りを受けて吹き飛ぶ。
その余波でクルミとエリも壁に激突した。
「こんのぉ~、これでもくらえっ!」
懐に入り込んだコマリが1体の大鈍兵にハンマーを叩きつけるが、盾で易々と防がれてしまう。
お返しとばかりに大鈍兵の鉄槌がコマリを襲う。
間一髪で直撃を免れたコマリはころころと転がっていくが、そこへもう1体の大鈍兵が待ち構えていた。
「グルゥアアアアア!」
振り下ろされた鉄槌がコマリを叩き潰そうとした瞬間、その側面にリホの棒の一撃が叩き込まれ、わずかに軌道が逸れた。
ドガァッ!
轟音を立てて床にめり込む鉄槌。
「どりゃあああああ!」
その隙を狙ってユーリが跳躍姿勢から大上段に切りかかるが、これをもう1体の大鈍兵が盾で防ぎに来た。
凄まじい膂力で弾かれ、ユーリは宙を舞った。
そのまま床に激突するかと思われたが、なんとか体勢を立て直して着地する。
しかし盾の打撃の影響は大きそうで、足下がふらついている。
(クルミさんはまだ回復できていない? エリさんも? どうしよう、このままじゃ押し切られる!)
明らかに大鈍兵達は連携を取っていた。
41階層の大鈍鬼とは訳が違った。
ぐずぐずしていると誰かが犠牲になりかねない。
(―――迷ってる場合じゃない!)
リホは徐々に間を詰めてくる2体の大鈍兵のうち、1体の脚の間から後ろへ回り込んだ。
とにかく姿勢を崩して身を屈ませなければ。
これまでと同じように膝裏に一撃を加えて体勢をよろめかせる。
そこへコマリも参戦してきて、盾の上から思い切りハンマーで殴りつけた。
不安定な姿勢のところにさらに追撃を食らって手を突いた形になった大鈍兵に、リホは急接近した。
「はあぁっっっ!」
横腹へ掌底を叩き込むのと同時に、これまで練り上げていた『気』を一気に送り込んだ。
大鈍兵の体が一瞬ブルッと震えたようになり、やがて目や耳、鼻から血を流し始めた大鈍兵が、そのまま後ろ向きにと倒れていった。
(手応えあり! 次は)
リホは即座に2体目の大鈍兵に向かう。
コマリがちょこちょこと動き回り当てては避けてを繰り返しているが、有効打は入れられていない。
「こいつも―――」
「すまぬ、後れを取った」
背後からザンスが復帰し、大鈍兵の鉄槌を今度は受け止めた。
「このやろう!」
そこへ復活したユーリが飛びこみ、剥き出しの両太ももを深く切り裂いていく。
「行くわよ! 雷撃!」
クルミの術式が発動した。
雷撃の直撃を食らった大鈍兵は自力で立てなくなり膝立ちの状態になる。
そこへリホが2発目の発勁を叩き込んだ。
前のめりに倒れ込んでいく大鈍兵。
「倒せたの?」
クルミが荒い息を殺して問いかける。
誰もが肩で息をしていた。
「おそらく大丈夫だと思います。生きている気配はしないので」
リホが周囲に気を配りながらも、倒れた2体の大鈍兵の様子を確認する。
「リホさん、さっきのは……」
「リホちゃん、すごい~! 素手で大鈍兵倒しちゃうなんて、すごすぎるよ~!」
コマリがはしゃぎまくっている。
「儂も驚いたぞ。一体どういう技なのだ? それとも魔術の類か?」
「あんな魔術なんてないわよ。それに術式も展開しなかったし、魔力も使われた感じもないしね。でも、本当にどんな技なの、あれは?」
「え~とですねぇ、あれは、なんというか……」
リホはこれからどうやって説明しようか、頭を悩ませていた。
そんなリホを、ユーリが悔し気な表情で見つめているのを、エリはじっと見守っていた。




