四幕五場 「いつのまにか恨まれてます?」
リホ達は目の前に屹立する巨体に圧倒されていた。
自分達の身長の優に3、4倍はあるかという体からは、信じられないくらい太い腕が二本突き出ている。
その右手には巨木と言っていいくらいの棍棒が握りしめられている。
見上げる形になり一層小さく見える頭部には、ギョロリとした目がこちらを睨み、口からは涎が垂れ流されている。
脚は短く、深緑色のボロボロの衣を纏った胴でははちきれんばかりの筋肉が躍動している。
大鈍鬼は動きは遅い。
しかしそれを補って余りある力を持ち、素手の一撃が人間には致命傷になる。
加えて炎や氷の攻撃にも強く、眠りや混乱などの補助系魔術も効きにくい。
その唯一の弱点である動きの遅さも、この狭い部屋の中では、こちらの武器とするにはかなり不利だった。
「コマリは左へ回れ。俺は右だ! ザンスは正面で防御を! リホさんはザンスの後ろにいて」
ユーリが指示を飛ばす。
すっかり討伐する気満々のようだ。
「えっ、わたしは出番なしですか?」
「こんな奴、俺達だけで片付けてみせる!」
右側からユーリが大鈍鬼の脚へ切りつける。
大鈍鬼は切られた怒りでユーリ目がけて棍棒を振り回す。
その隙をついて逆側からコマリがハンマーで大鈍鬼の膝を後ろから思い切り殴りつけた。
思わず膝が抜けて体勢を崩す大鈍鬼に、今度はザンスが盾を構えての突進をかまし、更にふらつかせた。
「みんな、離れて!」
クルミが展開を終えた術式を発動させると、中空に雷撃が生まれ、今にも倒れ込みそうになっている大鈍鬼目がけて稲妻が走った。
さすがの大鈍鬼も雷撃には耐えられず、苦痛の声を上げて倒れ込む。
「もういっちょおおおお!」
ユーリが剣を振り上げたまま飛び上がり、首へ向けて神速の一撃を食らわす。
ザシュッ。
振り下ろした剣が首元深くまで切り込み、大量の血が吹き上がった。
大鈍鬼はしばらくもがいていたが、やがて血の海のなかで静かになっていった。
「ざっとこんなもんだ。どうだい、俺達は。全然余裕だったろう?」
戦闘を終えた途端にすっ飛んできたユーリが、ペラペラとリホに話しかけてくる。
(全然余裕だったというか、まだ最初の部屋なのよね? この階層、けっこうしんどいんじゃないかな)
明らかに造りの変わったこの階層の最初の部屋に大鈍鬼が出たということは、この先の各部屋にも同じように配置されていると考えたほうがいい。
リホは自分が一人で挑んでいた場合のことを想像して、警戒心を引き上げていた。
「大鈍鬼は有効な魔術が少ないから、あんまりたくさん出てこられると厄介ね。……この階層の部屋が少なそうなのは幸いだわ」
クルミが最も得意とするのは氷系魔術だ。
大鈍鬼にはあまり効果がないことが分かっているので、先ほどは不慣れながら雷撃の術式を発動させたのだった。
ただし、雷撃は魔力の消費が激しく、そう何度もポンポン撃てるものではない。
「急に敵の格が上がった感じがするな。次の部屋にいるのが同じだったらまだましなのだがな」
ザンスも最初の部屋で大鈍鬼に遭遇したことで、この階層への認識を改めているようだった。
「まだまだ行けるでしょ? 大丈夫大丈夫。さあ、次行ってみよう!」
コマリは相変わらずだ。
「とりあえず次の部屋へ行きましょう。どのみち全部の部屋を攻略しないと階層主とは会えませんから」
リホが一行を促すと、皆それぞれにこの部屋を後にしていった。
そうして他の小部屋の攻略を続けていったリホ達だったが、敵はいずれも大鈍鬼だった。
「これならリホさんの出番はしばらくないかもな。まあ気楽に構えていてくれよ」
そういってユーリは先陣切って飛び出していくのだが、リホはその攻撃が毎回同じような型なことに気づいた。
(ザンスさんが正面で引き付けて、その隙に左右へ勇者さんとコマリちゃんが展開する形で固まってるわ。確かに効率のよい陣形ではあるけれど……)
動きの鈍い大鈍鬼相手だとこの形がよく嵌まる。
必然的にそういう攻め方が続いてしまっているのかもしれない。
そう思ったリホは、特にこの件について確認することはしなかった。
そのツケはすぐに回ってきた。
「大鈍鬼が2体?」
部屋の左右に分かれた形でこちらへ向かってくる姿を確認したユーリは、いつものように左右へ展開できずに戸惑った。
「どうする、ザンス!?」
「各個に撃破するしかあるまい。右は勇者殿にお願いしる。儂とコマリ殿で左を!」
「わたしも出ます!」
そういってリホは棒を携えて右側へ飛び出した。
背後ではクルミとエリの詠唱が聞こえてくる。
(攻撃を受けるのは危険だ。上手く躱しながら術式の援護を待とう)
リホは大鈍鬼の動きをよく見ながら、その攻撃をすんでのところで躱していく。
幸い動きは予測しやすく、振り回される棍棒を紙一重で躱すことに苦労はしなかった。
「さすがリホさんだ! 俺との連携もばっちりだゼ!」
(あなたと連携をしているつもりはありませんけど……)
ユーリの独り善がりな解釈を流して、リホはクルミからの援護を待つ。
クルミはまず先にザンス側から援護に入ったようだった。
小部屋よりも広い階層主の部屋とはいえ、大鈍鬼2体が暴れまわっていては、そうそう動けるところも限られてくる。
リホはクルミとエリに大鈍鬼が接近しないように気を付けて位置取りをしながら躱していたが、そこでふとエリに目をやった。
(あれ、エリさんの支援、わたしにはかかっていない……?)
先ほどエリが唱えていた祝福の力が、どうも自分にはかかっていない気がする。
ユーリには祝福がかかっている光が体全体を覆っているのだが、自分にはその気配がなかった。
(あっれ~、なんでだろう? エリさん、わたしには必要ないっておもったのかなぁ?)
そうこうしているうちに、クルミの術式が整った。
「雷撃!」
迸る稲妻が大鈍鬼の体を撃つ。
動きを止めたその両脚に向かってリホは裏から強烈な一撃を叩き込んだ。
ガクンッと膝を折ってしりもちをつく格好になった大鈍鬼に向かって、ユーリが突進する。
「はぁあああああああ!」
勢いよく振りぬいた剣が大鈍鬼の首を天井高く跳ね飛ばした。
「やった! 報奨品だ」
ユーリが小躍りして近づいていく。
「リホさん、お願いしてもいいかな?」
「分かりました」
報奨品が出た場合にはその開封を手伝う、という話であったため、リホはユーリのいるところへ向かう。
その姿を見つめているエリに、クルミがすっと近づいた。
「エリ。さっきは何故リホさんに祝福を授けなかったの?」
「えっ、そ、それは………」
「私情を戦闘に挟むと、結局は貴方の命取りに繋がるわよ。勿論私達もね。それだけは勘弁して頂戴。何かあるなら塔の外でやって」
「……………分かりました」
項垂れているエリの様子を見ながら、クルミは自分の中の嫌な予感がだんだんとはっきりしていく気がしていた。




