四幕四場 「あれっ、ここに何しに来たんだっけ?」
「……こいつは一体何をやっているんだ?」
目の前の画面には、例のパーティと一緒になって塔を上っていくリホの姿が映し出されている。
「何って、どう見てもあいつらと一緒に塔を攻略してるんでしょうなぁ。並んで歩いとる位置がもうそうですやん。リホはんもどういうつもりでっしゃろ? 何もあんなパーティに加わらんでも……」
「ご主人様、これは良いのですか?」
エラも不審がって訊いてくる。
「良いも何も、あいつが判断したことだからな。それでいいと思ったんだろ。だが、果たして本当にそれが正解なのかどうか」
師匠は椅子に深々と腰かけた。
「まあ、そのうち分かるだろうよ」
エラは画面の中で回廊を進んでいくリホの姿をじっと見つめていた。
「ふうっ……、まだまだ上らなければならないのね」
クルミが額の汗をぬぐう。
他の者もクルミほどではないが疲れが見えた顔をしていた。
リホがパーティに加わった。
理由はいくつかあるが、最も大きかったのは話し合いの場で出た条件だった。
『41階層以上の小部屋、階層主との戦いにおいて、進退を決める決定権をリホが持つ』
これがなければ同行しない、とリホが強固に主張したのだった。
リホからすれば自分の実力を試すための塔攻略、人数が増えたことでこれまでより楽に進める部分が出てくるだろうが、それでも自分が『無理』と判断したところで止めにしたい。
自分は塔の制覇なんていう大層な目的は持ち合わせていないのだ。
それよりも命大事に。
フーカにもちゃんと帰ってくるように言われている。
一方ユーリ達にとっては、攻略の主導権をリホに握られる形になることは、最初は承諾しにくい話だった。
特にできる限りの上層階攻略を目的とするクルミはかなりの難色を示した。
しかし最終的にはザンス卿が、実力者であるリホの判断に委ねることの妥当性を説いて、全員を納得させたのだった。
一人を除いては。
話し合いの間エリはずっと下を向いたままだった。
最後にザンス卿の言葉に小さく頷いただけで、終始無言を貫いていたエリに、クルミは心配そうな視線を送っていたが、それにも全く反応しなかった。
ユーリがいつもの調子で話しかけた時だけ顔を上げて反応するが、それもいつもとは程遠い感じで、誰が見ても落ち込んでいることが丸わかりだった。
クルミはそんな調子のエリがいることに不安を覚えていたが、他の者達は大して気にもせずにいたのだった。
「本当に、40階層まで、こられたのね」
クルミが息を切らせながら呟いた。
入り口でリホと一緒にパーティ登録をして塔へ入ってみたはいいが、本当にリホの到達した40階層まで階層主と遭遇せずに来られるかどうか、完全には信じ切れていなかった。
それが32階層でも階層主と遭遇せず、そのまま33、34……と上っていけるに従って、リホが本当に一人で40階層まで到達していたことを実感したのだった。
クルミ同様ザンスもリホの実力を改めて実感し、言葉少なになっていた。
「わぁ~、やっぱりリホちゃんってすごいんだね~。一人でここまで来れちゃうなんてさ」
「そんなことないよ。いろいろ大変だったんだから。特にでっかい虫が出てきた辺りはホントにもう……」
コマリと仲良く話しているリホは虫の姿を思い出したのか、思わずブルブルと震えている。
「さあ、ここからが本当の勝負だ。まずは折り返しの50階層目指して進んでいこう!」
ユーリが気勢を上げるが、すぐにクルミに否定される。
「何言ってるのよ。どこまで進むかについてはリホさんの判断を第一にするんでしょ? もう忘れたの?」
「忘れちゃいないさ。でも俺たちなら50階層くらい楽勝だろ?」
「だからその判断をリホさんに任せるといっているの! 貴方は少し抑えなさい。エリ?」
クルミは相変わらず暗い顔をしているエリに声をかけた。
「ちょっとこのお調子者の相手をしてやってて。でないと勝手に突っ走っていっちゃいそうだから」
「………うん」
珍しくユーリから少し離れた場所に腰を下ろしていたエリは、クルミに促されてのそのそとユーリの方へ近づいて行った。
(全くいろいろ面倒くさいわね。なんで私がこんなことまで面倒をみてやらなきゃならないわけ?)
パーティ内の円滑な人間関係は生死に直結すると知っているからこそ、今のエリの状態を決して見過ごせないクルミだったが、それにしてもユーリの無神経さにはほとほと腹が立っていた。
「ここから先はリホ殿にも経験のない階層。慎重にかからねばならんな」
盾を下ろしたザンス卿は何だか別人のように見える。
そう言えばこの人はこれでも子爵なんだった、とクルミは思い返した。
「けれども本当にリホさんを加えて良かったの? 本国ではまだ議論中だったのでしょう?」
「表向きはな。内々では塔攻略のためには参加も止む無し、という意見が強くなってきている、とレジェネ侯爵のお言葉もあったのだ。心配はあるまい」
「それならいいのだけれど。後になって勝手な行動の責任を取らされるのはごめんだわ」
「そのときは儂がなんとかする。心配は無用だ」
ザンスはコマリと話し込んでいるリホを見ながらそう言い切った。
それを聞いてクルミも心配事が一つ軽くなる。
「期待しているわ、ザンス卿」
「さあ、そろそろ息も整ったことだろう。それとも魔導士殿にはまだまだ休憩が必要かな?」
「もう十分回復しているわよ」
そうして一行は41階層の攻略に向けて動き始めたのだった。
41階層はこれまでの階よりも更に天井が高い造りをしていた。
回廊部分も広く、パーティ全員が横に並んで歩けるくらいだ。
「天井の高さはいいとしても、これだけ回廊部が広いということは、小部屋はこれまでよりも少ないのかもね」
クルミは回廊の内側の壁に手を付けている。
「そ~なの~?」
「だって、塔の幅は上に行くに従って細くなっていくはずでしょ? それなのに回廊部分の幅がこれまでより広くなっているんだから、必然的に小部屋が狭くなるか数が少なくなっているかのどちらかだわ」
「そ~なんだ~。クルミちゃん頭いいねえ~」
コマリが感心したように笑う。
コマリにとっては回廊の広さも部屋の数も大して問題ではない。
強いて言うなら、部屋数が減って戦う機会が少なくなることに不満があるくらいか。
コマリは根っからの戦闘好きだった。
ドワーフという種族の特性もあったが、それ以上に叩くのが好きだった。
とにかく強いものと戦いたい。
強いものを相手に全力を振るっているときが何より楽しいのだ。
それ故それ以外のことにはまるで無頓着なのがコマリだった。
「戦闘回数が少なくなるのは、本来なら喜ばしいことなのだけれど」
クルミが呆れた顔をする。
「だって、いっぱい戦えたほうが楽しいじゃん。この階層はどんな敵がでてくるかな~」
「着いたぞ、最初の部屋だ」
目の前にあるのはこれまでよりも随分と大きな扉。
造りも重厚で金属製だ。
先頭のザンスが力を込めて扉を押し開けていく。
金属の軋む音と共にゆっくりと扉が内側へ開いていく。
そして扉の奥にいたのは。
「大鈍鬼………」
ここでリホ達は、この階層の天井がこれまで以上に高かった理由を思い知らされることになった。




