四幕三場 「ある意味ボーイ・ミーツ・ガール?」
部屋に入った途端、両側から盛り上がってくる黒い巨体。
キチキチ、ガチガチと金属の擦れるような音が左右から響き、やがて目の前に長い触覚と複眼、いくつもの体節に分かれた巨大な長い体が伸びあがった。
「いくぞ、コマリ、ザンス! クルミとエリは援護を!」
相手に不足なしと見たのか、ユーリがパーティに声をかけて先頭に立つ。
本来先頭は盾役のザンスなのだが、ユーリは自分には不要といって、コマリの側を守らせていた。
ユーリの背後にはエリが、ザンス、コマリの背後にはクルミが位置して、それぞれ呪文を唱え始めている。
「……万物を凍らす氷結の力よ、我が敵に当たりてその身を凍えさせよ」
「我が主サラディン様へお願い奉ります。そのお力を我らが剣、我らが盾として与え給え」
二人の詠唱が終わるのと、2匹の大百足が振り上げた頭を揺らして、大顎をガパッと開いて襲い掛かるのとがほぼ同時だった。
「氷槍!」
「光の加護!」
術式から飛び出した数本の氷の槍が、大百足が開けたその口目がけて勢いよく放たれ直撃する。
一方でユーリ達の武具に淡い光が宿り、神の祝福を受けたことが分かる。
氷槍の直撃を受けて仰け反ったところへ、ユーリは一気に剣を振りぬいた。
「そりゃあああああ!」
一閃された剣が大百足の体を横一文字に切断する。
返す刀でユーリは頭部を今度は縦に真っ二つにした。
「とうっ!」
盾を構えたザンスの後ろから飛び上がったコマリがもう1匹の大百足に肉薄し、振り上げたハンマーを思い切り振り下ろした。
「でぇりゃあああああ!」
そのまま床に叩きつけられた大百足の頭部は原型を留めないほどグシャグシャになったが、体のほうはまだウネウネと動きを止めずにいる。
そこへ今度はクルミの火球が着弾した。
当たると同時に一気に体全体へ燃え広がる炎。
ユーリが相対したほうの大百足も同様に炎に焼かれていく。
「虫とはいえここまでの大きさが複数でると、連携が必要だな」
ザンスが大百足の死骸を見つめながら盾を背中へ戻した。
勇者に自分は不要と言われたことは腹立たしいが、今の連携は中々のものだったと自分でも感じている。
(この分ならばある程度の階層までは順調に進みそうだが……あとはどこで苦戦する敵が出てくるか、だな)
何しろユーリが戦場に立たなければ計画の実行のしようがない。
25階層にしてようやくユーリが自分から戦闘に加わったことで、ザンスは内心安心していた。
「俺たちは最強の勇者パーティだからな! この程度の敵なんて目じゃないぜ」
「ユーリ様、先ほどの剣捌きも素晴らしかったです!」
ユーリとエリは相変わらずだ。
コマリは思い切りハンマーを振るえたのが楽しかったのか、上機嫌で大百足の燃えた死骸を蹴飛ばしている。
「こんな虫相手の階層なんて、とっとと攻略して次にいくわよ!」
クルミだけが機嫌が悪い。
21階層に上がってきた時からずっとだ。
正確には21階層の小部屋を開けて、中に甲虫がブンブン飛び回っているのを見た時からだ。
クルミは虫が嫌いだった。
「ふんっ!」
獣魔の腹に突きを叩き込むと堪らず獣魔は中折れになりうずくまった。
その背中に両掌を押し当て、リホは一気に『気』を放出する。
「はああああああ!」
ドズンッという音と共に獣魔は床にめり込んだ。
もう息はしていない。
「やっぱり人型の魔物のほうがやりやすいわ~。動きも読みやすいし」
そう、ここにきてリホは相手の動きの予測がよく当たるようになってきていた。
予測というよりも、次に相手がどう動くのかが何となく分かるというか。
この場に師匠がいてくれればこれについて教えてくれることもあるのだろうが、今はリホ一人。
何となく分かる、という感覚だけが頼りだった。
因みに先だっての虫共には全然働かなかった。
(帰ったらそのあたりも師匠に訊いてみよう)
そう思いながらリホは現れた階段を上がっていったが、そこでふと気が付いた。
「あれ、わたし今何階層目に来てるんだっけ?」
巨大な猪を前にしてザンスが盾を構える。
「俺の後ろから出るなよ!」
突進してくる巨猪を受け止めたザンスは後ろのクルミとエリに向かって叫んだ。
部屋に入るなり物凄い勢いで突進をかましてきた巨猪は、初撃でユーリを跳ね飛ばしたのだ。
突然のことにまるで対処できなかったユーリが飛ばされていくのを見て、ザンスは即座に盾を取りクルミとエリの前に陣取った。
コマリもすぐに反応し横っ飛びに巨猪の側面に回り込んだ。
巨猪の突進力は凄まじい。
盾に付与されている強化術式を発動させてもなお、ザンスは自分がじりじりと押されているのを感じていた。
「まだかっ!」
「………いでよ、火球!」
クルミが巨猪に向けて火球を放つ。
炎が皮膚を焼き、その熱さを嫌った巨猪の力が少し弱まった。
「どうりゃあああああ!」
ザンスはここぞとばかりに巨猪を押し返した。
たまらず後退する巨猪。
そこへコマリが大上段からハンマーを振り下ろしたが、すんでのところで躱されてしまった。
下がったことで逆に距離ができた巨猪は、再度突進をかけようと頭を低くしてその機会を窺っている。
そこへ。
「っふっざけるなあああああ!!」
ユーリが駆け抜けざまに巨猪の側面に無数の剣撃を叩き込んだ。
いきなり突進を食らわされたことが相当頭にきているようだ。
「ブモォォォォォ!」
体に深手を負った巨猪はそれでも突進を試みようとしたが、コマリに横なぎに顔を殴られて勢いを削がれてしまった。
そこへクルミの火球が追加で着弾した。
炎はユーリが切り裂いた側面を焼き、巨猪は苦しさに悶える。
「これで、終いだ!」
ユーリが巨猪の首を跳ね飛ばすと、どうっと音を立てて巨体が倒れこんだ。
「ふう、苦戦したわね。まさか貴方が弾き飛ばされるとはね」
クルミは若干の皮肉を込めてユーリを見た。
「ふん、あんなもの、この鎧の力でどうってことなかったよ」
「その割には復活に手間取ったようだけど」
「うるさいっ」
これ以上やり込むとへそを曲げる恐れがあると見たクルミは、それ以上は何も言わなかった。
エリが必死になってユーリを持ち上げている。
「貴方も流石なものね」
クルミは巨猪の突進を受け止めたザンスを素直に褒めた。
「……これからは儂が先頭を行く。そう勇者殿にも伝えてくれ」
「ご自分で言ったら?」
「勇者殿はどうも儂のことはあまり好きではないようだ。それよりもクルミ殿の言うことの方がまだ聞き分けるだろう」
「仕方ないわね。まあいいわ。今回みたいに不慮の事故をもらっても困るし。あとで言い聞かせておくわ」
「どうだろう、また一度野営地に戻るのは。勇者殿も先ほどの戦闘でまだ興奮しているようだし、少し時間をおいて態勢を立て直すのもよいのではないか?」
「そうね………、できればもっと上まで行っておきたかったけど、兵士達の補充もあるし、一度戻ることにしましょうか」
そう言ってクルミはユーリ達に話をしに行く。
エリの懸命の持ち上げが功を奏してユーリの機嫌も少し収まったようだった。
次の階への階段を行かず、階層主の部屋を出ることにする。
「またここまで上ってくることを思うと、ちょっと嫌になるわね」
少しずつならまだいいが、一気に31階層まで上り詰めるのは魔術師のクルミには中々きつい運動だった。
「さて、こうしていても仕方ないわ。下の階の兵下達に状況を伝えて―――」
ガチャリ。
背後で扉の開く音がした。
反射的に警戒態勢を取りながら後ろを振り向く一行。
「あ、あの~、どなたですか?」
そこにはぽかんとした表情でユーリ達を見つめているリホの姿があった。




