四幕三場 「勇者だからって、なんか扱い良くない?」
「何だか歯ごたえないなあ。これじゃあ『試練の塔』の名が泣いちゃうよ?」
「……あなたは何もしてないじゃないの、ユーリ」
クルミに突っ込まれてもユーリはどこ吹く風だ。
ここは5階層の小部屋。
ホブゴブリンの群れをコマリが笑い声を上げてハンマーで薙ぎ払っている。
傍らにはザンスも控えているが、盾役が必要になる場面などなかったため、腕組みをしてその様子を眺めている。
1階層で最初の小部屋に入ったユーリは、出てきたゴブリン共を見てすぐにやる気を失くしたらしい。
「俺は手応えのある奴が出てくるまで手は出さない。お前らで勝手にやって」
そう言ってとっとと最後尾へ行ってしまったのだ。
それを聞いたコマリが逆に喜んで、出てくる敵を片っ端から殴り倒し、今ここに至っている。
「まあ、確かにここまではそんなに手こずる相手はいなかったから仕方はないのかもしれないけど、この後どんな敵が出てくるか分からないのだから、油断だけはしないで頂戴?」
「あんなもの、目つぶってても勝てるよ。コマリだって楽勝じゃないか。なあ、コマリ?」
最後のホブゴブリンを盛大にかっ飛ばしたコマリが戻ってきた。
顔のところどころに返り血が付いているが、気にも留めない。
「そうだねぇ~、あんなのじゃまだまだ物足りないかな~。あとはここの階層主がどれほどなのか、くらいだけど、この分じゃあんまり期待できないかな~?」
ここに来るまでの階層主も全てコマリ一人で片付けていた。
自分も余計な魔力を消費せずに済んでいるため助かってはいるが、どうもこの二人とは調子が合わない。
「おい、宝箱があるぞ」
ザンスが部屋の奥を指さした。
塔の中で初めての報奨品だ。
「ほっとけほっとけ。ホブゴブリンの落とすものなんか、ろくなもんじゃないに決まってる。それより先を急ごうぜ。まだ兵士達がつかえてるんだろ?」
勇者パーティが塔へ入った後に続いてわらわらとやってきた兵士達は、攻略した階層に十数名を残す形で次々と階を上がってきた。
残った兵士達は各小部屋の扉前に陣取り、まるで入り口を警備する守衛のように立っていた。
階層主の部屋の前にも同様に、数名の兵士が溜まって守備陣を敷く形だった。
「兵士達を各階層に配置し終えるには、最低でも40階層には到達しなければならん。できる限り先を急ぐ方が良いだろう」
ザンスは塔へ入りこんだ兵士の数を1000人前後と見ていた。
突入直後は回廊部にごった返すように兵士がいたのだが、今もそれはそれほど解消されていない。
あまり混雑状態が続くと、兵士達の士気にも関わってくると考え、ザンスは先を急がせた。
「よっしゃ~、それじゃこの階層もとっとと征服していこうじゃないか!」
ユーリが気勢を上げる。
クルミもその後に続いて小部屋を出る。
扉の両脇に控えている兵士には目もくれず、ユーリ達は次の小部屋へと向かっていった。
「ふ~ん、そういうことか」
階層内に配置されたグランマルス兵達の会話を聞いていた師匠は、内容から大体のことを察したようだった。
「どういうことでっか?」
すかさずD・Jが訊いてくる。
エラは無言のまま、師匠の言葉に耳を傾けている。
「あいつら、塔の部屋の出入りを管理するつもりらしいぞ」
「出入りを管理、でっか? そりゃまたどういう……」
「小部屋と階層主の部屋の前に兵士を配備してるだろう? あれはどう見ても中へ入る者を見張るためのものだ」
「なんでそないなことを?」
「そこなんだよな。後から入ってくる連中を見張るにしても、それをする理由がいまいち判らん」
「なんや、ご主人様もようわかっとらんのやないかい。なんや真剣に聞いてしもて損したわ」
「D・J」
エラがすうっと氷のごとく声をかける。
途端にD・Jがピタッと黙った。
「確かに、理由がわかりませんね」
「あいつら最初のパーティに続いて全員一つのパーティとして塔の中に入っていったろ?」
「あれには少々驚きました」
「塔の規則的に、あれでも1パーティとして見なされるのか?」
「おそらく、そうなると思います。部屋の造りが大人数で攻め込まれることを想定していないので、今まで考えたことはありませんでしたが、システム的には問題ないのではないかと」
「だったらあの扉の前の兵士達も、階層主の部屋を自由に出入りできるようになっているのも分かる。だがなあ、後から入ってくる連中は別パーティだろ? そいつらが部屋の前に行って、そこであの兵士達に会ったとして、何が起こるんだ?」
師匠は暫く天を仰いで考えていたが、やがて飽きたのだろう。
頭を戻すとまた画面を見始めた。
「お、あいつら5階層の階層主に挑戦するぞ?」
そこではユーリ達勇者パーティが、ひと際体格の良いホブゴブリン達と戦い始めるところだった。
「こいつは俺にやらせろ! いい加減退屈で死にそうだ」
「ちょ、ずるいよ~。あたしだって相手にしたい~」
「お前は一回休み!」
そう言ってユーリは剣を抜き勝手に最前線に躍り出た。
ユーリに先を越されたコマリは渋々後ろへ下がる。
クルミは相手がホブゴブリンキングだと分かって一瞬気を引き締めたが、すぐに緊張を解いた。
(ちょうどいいわ。勇者がどれほどの腕を持っているのか見せてもらう)
同じく後方で成り行きを見守っているザンスも同じ考えだった。
これまで一度も剣を抜いてこなかった勇者が初めて剣を振るう。
今後の行く末を占う上でも絶好の機会だった。
(見せてもらおうではないか、認定勇者の実力とやらを)
クルミ、ザンスが見守る中、ユーリは剣を下段に構えてホブゴブリンキングに急接近していく。
「はああああっ!」
その瞬間、ホブゴブリンキングが振り下ろした剣とユーリが逆今朝に切り上げた剣が交差したかに見えた。
やがてホブゴブリンキングの上体が斜めにずるっとずり落ちていった。
「ふうっ。まあ、こんなもんかな」
鞘に剣を収めたユーリが何事もなかったかのように戻ってきて、わざとらしく髪をかき上げた。
「ユーリ様、さすがです! 見事な剣捌きでした!」
「いやいや、あんなもの大したことじゃないよ」
エリが頬を赤らめて褒めたたえると、ユーリは手を振ってそれを否定しようとするが、顔はすっかり緩んでいる。
(さすが勇者ってところね。まだ実力の半分も出してないかもしれないけど)
クルミにも先ほどの剣筋の鋭さは十分に感じられるものだった。
この分ならもっと上層階へ行っても、ユーリが本気を出せば何とかなるだろう。
あとは上手く転がして途中で投げ出さないようにしなければ―――。
(むう、思っていた以上だったな。これでは少々計画を考え直さなければならないかもしれん)
その奥でザンスは瞳に暗い光を宿して一人考え込んでいた。




