四幕三場 「え~と、一応わたしが主人公、だよね?」
「それでは残りの兵士達が転送され次第塔の攻略にかかるということで」
「うむ。全員の転送が済むまでには今しばらくかかるだろうから、その間勇者の動向を見張っておるよ」
「勇者様はいかがですか?」
「どうだかな。常にあのような調子でいるから本当に信用して良いものか些か不安ではあるが………、かといって我が国には他に道もなし」
ザンスは手に持ったゴブレットを一息にあおった。
グランマルスからの物資調達に目途が立ったことで、先に漂着していた兵士達も、見違えたような飲食物にありつけるようになった。
ザンスと部隊長も本国から運び込まれたワインを早速味わっている。
「あの勇者様は本物なのでしょうか? もちろん本国の神殿にて認定を受けたということは承知しておりますが、ここでの様子を見ているとどうも……」
「その為に儂がお目付け役で参加しているのだ。あれのことは国王陛下も宰相様も重々理解しておる。まずは気持ちよく塔攻略に当たらせるのが先決だ」
「かしこまりました。これからザンス卿はいかがされますか?」
「一旦本国へ戻る。そもそもこんなに早くにここへ来る必要などなかったのだ。全ての兵士の転送後に来ても何の問題もなかったものを、あの勇者がはしゃぎおってからに。おかげでゆっくり出立の挨拶をすることもできなかったわ」
「それは災難でございましたな。ではどうぞごゆるりと」
ザンスは部隊長の天幕を出て転送魔法陣の方へ向かう。
魔法陣は今グランマルスから小島へ向かって人と物資を送り込む作業の真っ最中であるが、そんなことはお構いなしに術式を逆転させて本国へと戻ることにした。
(ユーリはとりあえず女どもに任せておけばよいだろう。早々に戻って侯爵様とお会いしなければ)
ザンスは転送術式の発動による不快感に耐えながら、戻った後の行動について再確認していた。
ここは勇者パーティにあてがわれた天幕の中。
「どんな敵が出てくるんだろうね~、楽しみだな~」
コマリが愛用のハンマーを撫でながら嬉しそうにしている。
ドワーフの例に漏れず、コマリも中々の戦闘狂だ。
ユーリほどではないが、早く塔へ突入して試練とやらを受けてみたくてうずうずしている。
「どんな敵が出てくるかもそうだけど、どこまで上がれるかが重要よ」
クルミがコマリへ釘をさす。自分達の目的は敵を倒すことではないのだ。
「戦闘に夢中になりすぎて、本来の目的を忘れないでよね?」
「もちろんそれは忘れないよ~。ちゃ~んと指示には従うから」
かなり軽い感じで返すコマリにやれやれという感じで、クルミは部屋の奥で鼻歌交じりで剣を磨いているユーリを見た。
結局はこの男がどこまでやれるのか、それにかかっているのだ。
(ユーリを好きにさせないようにうまく使っていかないと。ザンスはザンスで何か企んでいるようだし、コマリはこの調子だし、エリは………)
ユーリの隣でいちいちユーリの話に頷いているエリの姿に、クルミの眉が寄った。
(塩梅が難しいわね。無茶をして死ぬのはごめんだけど、大して攻略もできずに撤退なんてなったら元も子もないわ。エリがしっかり仕事してくれればいいのだけれど)
王命で招集された時から、エリが一目でユーリに入れあげてしまっていたのは見抜いていた。
パーティ内の恋愛感情は面倒くさい。
場合によってはそれが全滅につながりかねない危険を孕んでいることを、クルミは知っていた。
「おい、クルミ。本当に塔の内部には罠はないんだよな?」
だしぬけにユーリに質問されたクルミは、内心を隠すように表情を作って答えた。
「そうね。そう伝わっているわ。これは実際に塔から帰還した者の話だから、信憑性は高いと思うわよ?」
150年ほど前に塔に挑んだ者達が何とか故郷にたどり着き、塔についての手記を残した。
当時は法螺吹き扱いされ見向きもされなかったこの手記が、現在では唯一の貴重な資料となっている。
とは言っても、書かれているのは数階分についてであり、手記自体も散逸している箇所が多く、全ての情報が得られたわけではない。
「もし罠があったらどうするんだ? うちのパーティには探索者はいないんだぞ? 俺は嫌だからな、落とし穴に嵌ったり岩に押しつぶされたりするのは」
一体どこの迷宮の話をしているのだろう、とクルミは半ば呆れたが、ユーリは本気でそう考えているようだった。
「その時には改めて本国から探索者に来てもらえばいいでしょ? でも塔の仕組みから考えて可能性は低い気がするけど」
「それならいいけど。ま、なんだ。もし厄介な罠があったとしたら、兵士達に突っ込んでもらうって手もあるしな」
平然ととんでもないことを口にする。
この男が神殿の認定勇者だというのだから、世も末だ。
「あ~あ、早く塔に入りたいな。この勇者ユーリが全てを薙ぎ払う様を、皆に見せつけてやりたい!」
「大丈夫ですわ、ユーリ様。もうすぐ塔に挑戦できるようになりますでしょう。その時には存分にそのお力を振るってくださいましね?」
「ああ、もちろんだとも! この魔剣デュランダルの名にかけて……」
ユーリは磨いていた剣を高く掲げる。
「この俺こそが世界最強であることを証明してみせる!」
大見得を切ったユーリを、エリがうっとりした目で見つめている。
クルミはこれ以上付き合う気が失せて、天幕を後にした。
「何だか後から後からうじゃうじゃ出てくるな」
画面内には、転送術式から定期的に吐き出される兵士達の姿が映し出されている。
師匠は飽きもせずにその様子を眺めていた。
「一体どういうつもりでっしゃろな~? もう連中の張り巡らした天幕で一杯でんがな。こないに仰山兵士を転送して、何考えてまんのや?」
「この塔を攻め落としにでも来たか?」
「それなら逆にこんな人数ではどうにもなりまへんで? まあせいぜい20階層くらいちゃいますか? 見たところ普通の兵士ばっかですし。30階層からの獣人共にも苦労すると思いまっせ」
「エラはどう思う?」
「………分かりません。今の時点で不明です」
「我が主がそない言うのも分かりますわ~。ほんま、人間っちゅうのはけったいなことしよりまんなぁ。どんだけ頭数揃えたかて、この『試練の塔』がそう易々と攻略できると思うとるやなんて、ある意味アホですわ、アホ。こないな労力かけてわざわざここまで来んでもいいっちゅう」
「お、終わったみたいだぞ」
師匠が覗き込んだ画面には、大柄の騎士が転送術式から現れて周囲に対して何か指示を出している様子が見えた。
術式からの兵士の転送は止まったようだった。
暫くすると兵士達が集合し始め、やがて塔の正面に何列もの隊列を組んで整列していった。
「何がはじまるんかいな?」
D・Jが興味深そうにのぞき込む。
隊列の後ろから豪華な鎧を着た男が現れた。
魔術師の女性やドワーフ娘なども続く。
先頭を切る男が、塔の入り口横にある黒石に手を置いた。
画面の中で無音のままゆっくりと扉が開いていく様が見えている。
男は真っ先に塔に飛び込んでいき、その後を同じように石に手を置いた魔術師やドワーフが追った。
「おいおいおい、こんなこと、アリなのか?」
「……………想定していませんでした」
「どないなっとんねん、ほんまに」
入り口が開いている間、隊列の兵士達が次々と石に手を置いて内部に入り込んでいく様子を、師匠たちはしばらく眺め続けることになったのだった。




