四幕三場 「ちょ、わたしのこと無視してない?」
「ここにたどり着けた奇跡をオズウィル様に感謝申し上げます」
部隊長は上陸した小島の砂浜で膝をつき、海神オズウィルに祈りを捧げた。
他の兵士達も船から岸へ降りると皆祈りを捧げたり、喜びで抱き合ったりしている。
岸から少し離れたところに漂着している船はマストが折れ、船体もところどころ穴が空いている状態で、ここに来るまでに相当な難関を乗り越えてきたことを物語っていた。
「20隻の船団で出航して、たどり着けたのは我ら1隻のみか……」
改めてこの島が如何に人の力の及ばない場所に存在しているのか、部隊長はかみしめていた。
ヴォトルの港で水と食料、そして水先案内人の漁師を雇い入れて出航したのが数か月前。
南海に浮かぶというこの島を求めて、海図の無い洋上をひたすら探し回るうちに、暴風雨に巻き込まれ、巨大な海竜に襲われ、1隻また1隻と同胞を失っていった。
そうして進むうちに食料が底をつきかけ、水も満足に取れない日々が続いた。
挙句に強烈な渦潮の逆巻く海域に侵入してしまい、他の船が皆渦に飲まれていく姿を目の当たりにしながら、なんとかそこを脱することができて5日。
急に晴れ渡った空に聳え立つ巨大な塔の姿を目にしたときには、船上の全ての兵士が涙を流していた。
「隊長、全員上陸を果たしました。必要な物資も全て運び終えております」
「よし。それでは早速野営地の設置と転送門の構築にかかれ。一刻も早く本国との連絡を確保するのだ」
「了解しました!」
命を受けた兵士はそれぞれの部隊へ伝達に走っていった。
やがてあちこちで兵士達の作業する音が響き渡り、それまでひたすら静寂に包まれていた「試練の塔」の周辺は、様相を一変していったのだった。
「あいつら、何をしてまんのやろ?」
D・Jが画面の中でウロウロ作業をしている兵士達の姿を見て問いかけた。
「野営地を設置しているようだが、何のためだ?」
師匠も同じく画面を眺めて首を傾げている。
「試練の塔」200階の上にあるエラの私室では、今画面一杯に外の様子が映し出されている。
そこにはあちこちに天幕を張り、テントなどを設置するために動き回っている兵士達が映っている。
因みに画面の右下では、虫の大群相手にあたふたしているリホが小さく表示されている。
「拠点構築、でしょうか」
エラが静かに意見を述べる。エラも兵士達の意図を図りかねていた。
「ここにか? 兵站がなければ拠点の意味がない。どう見てもやつら1隻しかたどり着いていないようだが―――」
そう言った師匠は、画面の端で作業している兵士の一群に目をやった。
船から持ち込んだと思われる何本もの長い柱を地面に打ち込んでいる。
宿舎の設営とは違うようだ。
打ち込んでいる柱は等間隔で円形に並べられている。
「魔法陣、か?」
「魔法陣でっか? あれが?」
「そんな感じしないか? ほれ、かなり地面すれすれまで打ち込んでいる。あれを使って何かの術式を展開するんじゃないか」
言われてみればそう見えなくもない。
「しかし何の術式を展開する気でっしゃろ? 塔の中で使うならまだしも、外で術使うて何になるのやら」
「………兵站かと」
エラが意を得たように声を挙げた。
「………そうか、あれを使ってどっかから兵士を召喚する気か」
「いやいやいやいや、そんな召喚術式なんて、気軽に使えるもんとちゃいますやろ? 我が主くらいになればそりゃ使いこなせるかもしれまへんが……」
「確かに、相当な魔力と高度な術式構築が必要となります」
エラも肯定する。
「そうか? 普段魔導卿のを使っているせいか、あんまりそういう感覚はなかったんだがな。しかし言われてみれば普通の連中には難しいのかもしれん」
師匠がそう言っている間に、どんどん柱は打ち込まれていく。
合わせて16本の柱が同心円状に並べられた。
するとそこへ、明らかに魔術師と分かる服装の男達が十数人やってきた。
魔術師たちはそれぞれ柱の前に立ち、何かの魔道具を取り出して術式を発動させているように見えた。
やがて手に掲げた魔道具が光り始め、それに次いで埋められた柱の地上に出ている部分もうっすらと光り始めた。
光は段々強くなり柱同士を結んで円を描いた。
そこへ魔術師達が手にしていた魔道具をその内側へ放り投げた。
それを合図にしたかのように、円の内部に一気に術式が構築されていった。
「………やっぱり召喚術式でんな。いや、転送術式でっか、あれは? けったいなもんつくりよってからに……」
「あんなふうに構築できるもんなんだな。初めて見たぞ」
「私も初めてです」
D・J,師匠、エラの3人とも興味深そうに画面を見つめている。
その右下ではリホが大蜘蛛相手に必死に棒を振り回している姿が映っているが、誰も気にしない。
術式の発する光が一段と強くなり、術士達にも動きがあった。
全員で手を繋ぎ術式を囲うと、一斉に手を差し上げた。
その瞬間、術式の光が爆発したかのように煌めき、やがて光が収まると、そこには地面に固定された術式が浮かび上がっていた。
「どうやら成功したようだな」
「なにが出てくるんかいな」
「………………」
3人が見守る中魔法陣から現れたのは、金色の長髪を後ろで結んだ、一目で判る高価な鎧を身に纏った剣士だった。
「ふぁっははははは! 遂に、つ・い・に、勇者ユーリ様が『試練の塔』を制覇する日が来たのだ! その輝かしい第一歩が、今まさにここに記されたのだ!」
「まったく、いちいち仰々しいわね。ただ魔法陣を跨いだだけじゃないの」
「何を言う! それが大事なことなのだ。これまで伝説とされてきた『試練の塔』にたどり着いたのだぞ? これを偉業と言わずしてなにを」
「はいはい。分かったから、後がつかえているわよ」
背中を押されて勇者は魔法陣からはじき出された。
「それにしても高い塔ね。見上げても頂上は雲の上だわ」
「クルミ、この塔は何階あるんだ?」
「知らないわよ。一応伝わってるのは100階層って言われているけど、そこまでたどり着いた者がいたって訳じゃなさそうだし。あの高さを見るとそれ以上なんじゃない?」
「うっわぁ~、すごい塔だね。こんなの初めてだよ。これに挑むんだね?」
続いて魔法陣から姿を現したやや小柄な女が、やはり目の前の塔の大きさに感嘆の声を上げている。
見上げる顔の横では大きな垂れ耳がピクピクと動いている。
ドワーフのようだ。
「ついに開通に成功したか。魔術師達には苦労をかけた」
「ふうっ、転送の門を潜るのはあまり気持ちのいいものではありませんね」
遅れて魔法陣から出てきたのは、がっちりとした体格の完全装備の騎士と、一目で神官と分かる法衣と杖を持った妙齢の女性だった。
騎士は背中に巨大な盾を背負っている。
「ザンスとエリも来たか。それでは早速塔に―――」
「そんな訳ないでしょ。話聞いてなかったの? 残りの兵士達が到着するまで、私達は待機よ」
今にも剣を抜いて塔に直行しようとする勇者をクルミが遮る。
「私達の宿舎はどこになるのかしら? もうできているなら一旦そこで休みたいわね」
「ザンス殿、部隊長がお呼びです。今後の作戦について相談がしたい、とのことです」
兵士が一人呼びに来た。盾を背負った騎士がそれに答える。
「分かった。今行こう。という訳でお前たちは先にあてがわれた宿舎にでも行っててくれ。あとで合流する」
「分かったわ。コマリ、エリ、行きましょう」
そう言ってクルミはドワーフ娘と神官を誘って野営地の方へ歩いていく。
「ユーリ様も行きましょう」
エリが勇者に声をかけた。
「仕方がない。しばらく英気を養うとするか」
ユーリもエリに促されて歩き出した。
「………………」
「ご主人様、これはどないなんやろか?」
「ちょっと面白くなってきたか?」
画面を見つめる師匠の顔にいけない笑みが浮かんでいた。




