四幕二場 「虫が嫌いな方はご遠慮ください」
「ふむ、一応いろいろ頭使って対処はできているようだ」
目の前にある、大人が両手を拡げたほどもある硝子の画面に映し出されたリホの様子を見て、師匠は満足そうに呟いた。
「そうでっか? 私にはまだまだのように見えてますが?」
「一人で挑戦してるなら、あれくらい慎重に事に当たってもいいだろう。一つの判断ミスがすぐに死に結びつくからな」
「それにしてもたかが20階層のボス程度であれだけ苦戦しているようでは、この先さらに上の階に挑戦するのはむずかしいのと違いますか? とてもではあらへんが我が主には到底及ぶべくもないかと」
「お前の主に及ぶ必要はどこにもないんだよ。むしろ及ぶほどだったらこっちが驚くゾ? お前の主は一度も止まることなくこの塔を制覇したんだからな?」
「恐れ多いことです、ご主人様」
師匠の隣に立っている超絶美女が頭を垂れる。
声は柔らかくとても落ち着いた感じの女性らしい声だが、力強さが籠っている。
「そりゃそうですがな。我が主はまったく特別なお方ですから。元の200階層の主パズスをも全く問題とせず我が一振りの元に切り捨てたっちゅうくらいですから! 我が主の強さは他に並ぶべきものなどありはしまへん。あ、もちろんご主人様は違いまっせ? ご主人様はもう何というか―――」
「ちょっと黙っていろ、D・J」
そう言って師匠は美女が携えている剣の鞘をポンッと叩いた。
「ああ、これはスンマセン。何しろわてときたら話すことが使命のようなところがありますもんで。むしろわてが話をしなくなったらその辺の剣との違いなんて、何でもぶった切れる超絶切れ味以外にのうなってしまいまんがな。これはもう話をせずにはいられないというか話をするためにわては存在をしているというk」
「うるさい」
低い声がピシリと響いた。
「ご主人様が黙れと言っている」
「…………」
「ご主人様、失礼をいたしました」
美女が再度師匠へ頭を下げた。
「別にいいさ。そういう剣だからな、そいつは。しかしお前も大変だな、エラ?」
名前を呼ばれたエラは照れたのか少し体をくねらせた。
「わたしはもう慣れました。それにここにいるときには良い話相手にもなりますので」
「お前が一方的に話を聞かされているだけじゃないのか?」
「………それは否定いたしません」
ここは塔の最上階、200階層の更に上。
かつては何もない空間だったのが、現在はエラの私室となっている。
そこに師匠はいた。
「ご主人様。リホ様……とおっしゃいましたか、あの方をどうされるおつもりなのですか?」
「一人前に育てようというのはある。そこから先は、まだ決めてないなぁ」
「かしこまりました」
師匠の言葉を聞いてエラは、この塔においてリホの身に万一のことが起きないようにしっかりと監視しておくことを秘かに決意した。
「それでしたらどうでっしゃろ、このあと『大迷宮』なんかに挑戦させるっちゅうのは? あそこならここよりも報奨品もぎょうさん出ますし、いろいろ複雑な仕掛けもたんまりあるよって、きっといい修業になるんと違いまっか?」
D・Jが黙っていられるのはどうやらほんのちょっとの間だけらしい。
「『大迷宮』か。それも面白そうだが、あそこは単独で挑むのは中々しんどいところだ。もう少し考えないとな」
「そんならその手前の『大森林』とかはどないでっか? わてと我が主が出会った運命の場所でっせ。そこそこ強い魔物もおるし、まだ手付かずの遺跡なんかもいくつかあるって話もありまっせ。あそこならわても案内できるよって、そん時は是非声をかけてもろて」
「まあ、考えておくよ。ところでエラ、お前が200階層の主になったことで、それまでいた連中は1階ずつ下に降りたんだよな?」
「はい」
「それはどこまで影響してるんだ? さっき199階層を覗いてみたらパズスはいたが、全部綺麗に1階層ずつ下がっているのか?」
「いえ、下がったのは180階層までの階層主になります。それ以下についてはそこで改めて階層主の選定がなされました」
「階層主の選定?」
「はい。どうもそのような機能が備わっているようです」
「ふ~ん、相変わらず謎な塔だねぇ。古代人たちはよほど暇だったんだろうな」
「そう思います」
エラは基本的にそんなに話すほうではない。
訊かれたことに端的に答えるだけで、あとの会話はD・Jがいつも担当している。
「おっ、リホはんが21階層に挑みに行くようでっせ」
画面の中のリホが20階層の階層主を倒して現れた階段を上っていくのが見えていた。
「次からはしばらくの間虫系の敵がぎょうさん出るところや。果たしてリホはん虫は大丈夫でっしゃろか~?」
D・Jがちょっとウキウキしながら話し続ける。
「虫系か……。さて、どうやって対処するかな?」
「ひやぁぁぁぁ!」
扉を開けて中を覗き込んだリホは、部屋の真ん中でもぞもぞしている塊が巨大な甲虫の群れだと分かった瞬間、光の速さで扉を閉めた。
『む、むしだぁぁぁぁ~。ちょっと待ってよぉ~、聞いてないよぉ~、師匠ぅ~!?』
「そりゃ言ってないからな」
画面の前で師匠が無表情で返した。
「おもろい姐さんや」
D・Jがボソッと突っ込んだ。
どこを開けても虫しか出てこない小部屋に半ば絶望しながら、それでもなんとか攻略を進めていくリホを、師匠とエラ、そしてD・Jは画面越しに見つめていた。
「………面白い方ですね」
「そうだな」
「苦手な様子でしたが、きっちりと対虫系の倒し方を理解してらっしゃる」
「そういうところは前向きなんだよ。目の前のことに対して逃げないっていうか、取り敢えず何とかしようっていうのはあるな」
「………羨ましい」
エラが師匠に聞こえないくらいの小声を漏らした。
「ほんま羨ましいかぎりですなぁ。我が主っつったら、もうしょっちゅう『ご主人様にどうすれば認められるのか?』って、独りでブツブツ考え込んでるっちゅう」
「D・J」
氷のような冷たさの声が響く。
「は、はい、これはえろうスンマセン。わては別にそんなつもりは……、あ、あれ? あれはなんでっしゃろ?」
D・Jが話題逸らしに何か気をひこうとしているのかと思ったエラだったが、ふと画面の端を見て眉を顰めた。
画面にはリホの姿が大きく映し出されているが、右下にその他の階層や表の様子が切り替わり映し出されるようになっている。
そこに、多数の人間が塔の正面入り口前で何かを設置している姿が映し出されていた。
皆同じ服装を着て揃いの防具を身に着けている。
設置しているのは宿舎のようだが、それ以外にも少し離れたところで何か大掛かりなものを備えつけようとしていた。
「ご主人様」
「……グランマルスの兵のようだな」
師匠とエラ(とD・J)は、画面に拡大した外の様子をじっと眺めていた。




