四幕二場 「友好的なやつは、出ないのね」
「しっかし、大きな塔だなぁ」
回廊部を歩きながらリホは一人感じ入っていた。
最初の戦闘を終えた安堵からか、さっきよりも周囲を見る目に余裕が出てきた。
そうすると自分がいるこの塔の造りの異様さが、ひしひしと伝わってきたのだった。
「なんでこんなに天井が高いんだろう?」
まだ1階部分にしかいないのだが、ここだけで既に天井の高さが通常の建物の倍以上ある。
上にいくに従って暗くなっていっているので、余計に果てがないように見えて高さを実感してしまう。
「………もしかして、それだけ大きな敵が出る、とか?」
リホは自分で言ったことの重大さに震えてしまった。
この天井の高さほどもある敵となると、食人鬼どころの話ではなさそうだ。大鈍鬼なのか、それ以上なのか……。
「やめよやめよ。余計なことは考えない!」
リホは頭を振って、自分の妄想を追い払った。
最初の小部屋を突破した後も、リホは慎重に進んでいった。
安心して油断したところに思わぬ罠を仕掛けるのが常套手段だったからだ。
回廊部の石組みは恐ろしいくらいに精緻で、隙間に紙一枚入る余地もないほど、ぴったりと組み合わされている。
現代の技術でこれを作ろうとなったらどれだけの腕の職人が必要となるだろう。
しかもこれだけ巨大な塔を作るとなったら、最早再現することは不可能に思われた。
「誰が作ったんだろうね、こんな酔狂なもの」
「試練の塔」はいつ、だれが作ったのか不明だ。
歴史が綴られるようになった時には既に存在していたという。
目的も判らず、太古の昔から建っていた天を衝く塔。
伝説として語られるばかりだったその塔に、今自分が挑戦している。
「実感なんて、湧かないよね?」
まだゴブリンと1回戦ったのみだ。
これからどんどん敵が強くなる。
そう思ってリホは気持ちを張ったまま次の小部屋を目指していった。
次の小部屋にいたのは豚鬼だった。
ゴブリンよりは体は大きいがその分動きが鈍重で、冒険者の間でも狩りやすい魔物として定評があった。
現れたのは4体。
これもリホは難なく仕留めることが出来た。
「ゴブリンの次は豚鬼か。なんか順当だよね」
となると次は……、と考えかけたところでリホは慌てて止めた。
昔師匠に言われたことを思い出したのだ。
『次に来る敵を想定していると、それが違ったときに一歩後れを取ることになる。それよりもいかなる敵が来ても対処できるように構えているんだ』
探索者の初期訓練でも似たようなことを言われていた。
『どんな罠があるのか分かれば苦労はしません。どんな罠があっても動じない度胸が必要です』
「そうでした。決めつけちゃいけないんですよね? あぶないあぶない」
そういってリホは更に次の部屋を目指すのだった。
案の定、次の部屋にいたのは犬鬼だった。
ただし数が多い。12匹もいる。
リホは初手で数匹に打撃を与えた後、囲まれないように位置を変えながら、うまく犬鬼達の連携を阻害するような動きで迎撃していった。
犬鬼達は数の多さが逆に邪魔になって、一度に2、3匹ずつしか撃ちかかれず、その程度ではリホに簡単にあしらわれてしまうのだった。
結果犬鬼達もさほど時間はかからず、全て倒すことに成功した。
「宝箱?」
ゴブリン、豚鬼の時にはなかった宝箱が、部屋の奥にポツンと現れた。
報奨品。
迷宮ではよくお目にかかるものだが、この「試練の塔」でも現れるということにリホは少々驚いた。
「罠は………なしか」
慎重に宝箱の隅々まで調べて、そう結論を下す。
リホはゆっくりと箱を開けた。
「………なにこれ? ガラクタ?」
出てきたのはどう見ても紛い物の宝石のついた腕輪とネックレス。
それに古びて錆だらけになっている短刀が一振りだけ。
「まあ、犬鬼の報奨品だから期待はしてなかったけど」
一応出てきたものを自分の『収納袋』にしまい込む。
きっともっと上の階層に行けば、得られる報奨品も良いものになっていくのだろう。
その分、遭遇する敵もまた豪華になっていくのだが。
「これで3部屋目。あと何部屋あるのかな?」
階層の小部屋全ての敵を倒さないと階層主と戦えず、階層主に勝てなければその部屋を出ることが出来ない。
まずは全ての小部屋を当たってそこにいる敵を倒すこと。
それを目標に、リホは更に先へと進んでいった。
更に5部屋の敵を倒していったが、どれも先ほどまでに出てきたゴブリンや豚鬼、犬鬼などで、数の違いはあったが決して苦戦する相手ではなかった。
「ちょっと、一回休もうかな」
塔に入ってからどれくらいの時間が経ったのかよく分からなかったが、ずっと気が張り詰めている状態で歩いてきたため、思ったより疲れがたまっている感じがした。
そこでリホは師匠から貸してもらった結界具を作動させ、さらにいつもの一軒家を『収納袋』から取り出した。
これを師匠が持っていくのを許してくれたのがありがたかった。
師匠曰く、
『これはお前の実力を測るのとは直接関係ないからな。飯と休憩は誰でも取るし、その方法は人それぞれだから、いいんじゃないか?』
ということらしい。
とにかく、周りを気にせず休めること、しかも一軒家のなかでゆっくりと眠れることは、リホにとっては何よりも大切な時間であった。
小腹が空いていたので『収納袋』からサンドイッチをいくつか取り出して、それを一軒家の居間のソファの上でもぐもぐしながら、リホはこの後のことを考えていた。
(とりあえずこのまま1階の階層主に挑むとして、もしそこが突破出来たらどうしよう? そのまま次の階に上がるか、それとも一回休むか。う~~ん)
思っていたよりお腹が空いていたらしく、追加のサンドイッチを取り出してつまみながらも、考えはまとまらない。
(そもそもこの階の階層主って、どのくらいの奴なんだろう? 勝てたとしても、ギリギリで勝ったのだったらやっぱりそこで回復しないと、次に進むわけにはいかないよね? そしたら一度戻ったほうがいいのかな? 戻るのは戻れそうな感じもするけれど………って!)
そこでリホは自分がこの塔から師匠のところへ戻る方法を聞かされていないことに、急に気が付いた。
「ちょ、師匠? どうするんですか? わたしここからどうやって帰ればいいです? ああ、もう一番肝心なことを聞き忘れるなんて! ちょっと、師匠!? 聞こえてますか!?」
一軒家のなかで一人騒ぎ散らかしているリホであった。




