四幕二場 「上にいくほど強敵がでるヤツでしょ?」
「!? ここは………?」
眩いばかりの光が収まってみると、リホの目の前には海が迫ってきていた。
さっきまでいたエリンの岬とは違う、どこかの海岸のようだ。
岩と岩の間に砂地が見えているが、およそ海水浴など出来そうもない感じの、人の気配がまるでない場所。
目の前に広がる海は波が高く、水平線の先まで見通せるが船の影どころか島影すら見当たらなかった。
「どこだろう、ここは……、島? のような感じだけど……」
そう呟いてリホは何気なく後ろを振り返った。
「??」
目の前に巨大な壁がある。
窓らしきものは見当たらないので壁だと判断したが、左右に微妙に湾曲したその壁は視線を上げても途切れることがない。
リホは徐々に顔を上げていって、とうとう首が直角に折れ曲がった。
「う、うわあああああぁぁぁぁぁ!!!」
見上げたところでとんでもない声が出てしまった。
遥か彼方、空の中へどこまでも続いていくかのように、それは聳え立っていた。
「こ、これが、『試練の塔』―――」
リホはしばらくそこから動けなかった。
ヴィステリウムで見た魔術大学院の尖塔も見上げるほど高かったが、これは訳が違う。
見上げても頂上が見えないのだ。
「なんて高さなの―――」
これから自分がこれに挑むことになるのか。
そんなこともしばし忘れて、リホはこの巨大な建造物にひたすら感嘆していた。
やがて気を取り直したリホは入り口を探し始めた。
「あそこにはなかったから、きっと反対側の方にでもあるはずよね。まさか入り方まで試練になってなきゃいいけど……」
ブツブツ言いながらぐるりと塔の周辺部を回っていくと、やがて降り立ったところよりももっと広い広場に面した側へたどり着いた。
そこには重厚な扉があり、その傍にはなにやら立札が立っている。
「なんだろう、あれ」
リホが近寄ってみると、立札には何やら文章が書かれていたが、見たことのない文字ばかりが並んでいた。
「エルフ語でもないし、何の言葉だろう?」
そうして見ていくと、一番下にリホにも読める文字があった。
「なになに………、『入るには先頭の者が石に手を当て扉を開け』? 石って………あ、あれか」
扉のすぐ手前に腰くらいの高さの黒く細長い石が立っていた。
「で、………ふむふむ、『共に挑む者のみ扉が閉じる前に塔に進むべし』。っていってもわたし一人だけなんだけど」
どうやら塔への入り方をご丁寧に説明している立札だったようだ。
「わざわざこんなものまで用意してあるなんて……、ほんとに『試練の塔』って感じなんだ」
入り口を見つけるのに苦労せずに済んだのはありがたいが、いざ中に入るとなると躊躇してしまう。
「大丈夫かなぁ、とにかく死なないようにって、師匠にも魔導卿にも言われてきたけど………、ほんとにわたしが挑戦してもいいのかなぁ?」
ここまで来て何もせずに帰る、という選択肢はリホには用意されていない。
というよりここからどうやって帰ったらいいのか、師匠から何にも教わっていなかったことに、この時のリホはまだ気付いていなかった。
「…………もう、ここで考え込んでいてもしょうがないか。……行くしかない、そうですよね、師匠?」
リホは『収納袋』から棒を取り出すと、中空を見上げて決意の表情を決めた。
「師匠のいない分まで頑張りますから。草葉の陰から見ていてくださいね、師匠!」
そう言ってリホは扉手前の黒い石に手を置いた。
ガコンッという音がした後、今度は全く音を立てずに扉が両開きでゆっくりと開いていく。
徐々に見えてきた塔の中は、意外にもほんのりと明るく、少なくとも手探りで進む必要はなさそうだった。
「…………それじゃあ、いきますか」
リホは自分を奮い立たせるように声を張ると、慎重に塔の内部へ足を踏み入れていった。
「思ってたよりも歩きやすいかなぁ。なんかもっといろいろな仕掛けがあると思ったんだけど」
一応は探索者のはしくれ、リホは中へ入ると真っ先に回廊部に仕掛けられている罠を探した。
しかししばらく歩いてもそれらしい仕掛けは発見できず、むしろ床も平らで明かりもそこそこあり、普通の迷宮などに比べれば格段に歩きやすい構造をしていた。
「やっぱりあれかな、師匠の言ってた通り、途中の小部屋を攻略するのが第一ってことなのかな?」
師匠から『各階に配置されている小部屋の敵を全て倒さないと、階層主とは戦えない』と言われたことを、リホは頭の中で確認していた。
小部屋を攻略しないと階層主とは戦えない、ということは、小部屋の敵以外にそんなに障害となる仕掛けはないってこと?
「そうはいってもなぁ~。油断はできないしなぁ」
万一のことを考えて、リホは棒を先に突き出しながら、慎重な足取りでゆっくりと進んでいた。
探索者としての自分の技術が役に立っているのはある意味嬉しかったが、警戒心から歩みが遅くなってしまうことには幾分面倒さを感じてもいた。
「あ、あれが小部屋か……」
結構な距離を進んだところで、塔の内側に部屋の入り口が見えてきた。
ちゃんとした両開きの扉が付いており、その横には松明が燃えている。
リホは扉の前で大きく深呼吸した。
「――――――ふうぅぅ~。………よし!」
気持ちを固めると、リホは思い切りよく扉を蹴破った。
バァンッ
中へ弾かれた扉が壁に当たって大きな音を響かせた。
その間にリホは素早く中へ足を踏み入れ、臨戦態勢を取る。
師匠の言うとおりなら、ここに何らかの敵がいるはずだ。
「―――ゴブリン?」
薄明りの中に浮かび上がったシルエットは、紛れもないゴブリンのそれだった。数は………6匹。
いずれもこちらを振り向く形を取っており、どうやらリホが蹴破った扉の音に驚いているようだった。
「――――――!」
リホは一気に距離を詰めて棒を振り下ろした。
「ギャア!」
「ゴガァツ」
悲鳴を上げて次々に倒されていくゴブリン達。
勝負はあっという間についてしまった。
「ふうぅぅぅぅぅ~」
全てのゴブリンを倒し終わった後も、まだ周囲に敵が潜んでいないか残心を取りながら意識を集中していたリホは、追撃がないことを確信して漸く肩の力を抜いた。
「やっと、一部屋………。こんな程度なわけないよね……? まだまだ、これからだ!」
何も落とすことのなかったゴブリン達をそのままにして、リホは部屋を後にした。
まだ塔の攻略は始まったばかりだった。




