四幕一場 「一人でするなんて聞いてない……」
道中はさほど変わったことは起きなかった。
毎晩毎朝鍛錬をして、街道を歩いて、たまに出てくる盗賊や魔物の相手をして、という日々。
因みにこの街道、途中まではカルドへいく街道と同じなため、途中の宿場町で自分達の手配書が出回っていないか気にしてみたのだったが、どうやらあまり遠方までには手配書が回されていないようだった。
リホは師匠に言われたように、一旦あれこれ考えるのを止めることにした。
今考えても答えが見つからない、というのもあったし、師匠の言うとおりまずはもっと強くなる、というのを実践してみるという気持ちが先に立ったのもあった。
そんな訳で師匠と二人で修業を積みながら歩くこと幾日か。
リホと師匠はエリンの岬の手前にある港町ヴォトルに到着した。
「港町、って感じですねぇ~」
リホは鼻をひくひくさせて潮の匂いを嗅いでいる。
元々海のない街で育ったリホには、潮の香りが漂うヴォトルの街並みは興味深いものだった。
「ちょっと、なんですかこのいい匂いは!? あ、あれ。師匠、あれですよ、この匂いの元は。買いましょう。是非買いましょう!」
ヴィステリウムの街で手当たり次第に屋台の食べ物屋に手を出して、宿のおいしい夕食が全然入らなかったことなどなかったかのように、リホはここでも店先で売っている海産物の総菜に目がなかった。
「おっいし~い! これイカっていうんですか? すっごくおいしいです!」
イカを丸ごと焼いて香ばしいソースで味付けしたものにかぶりつきながら、リホは店の主に向かって絶賛している。
「そうかい? そんなに美味いかい。そりゃあうれしいねえ」
リホの豪快な食べっぷりを見て親父も嬉しそうだった。
他にも魚の塩焼きなどを買い求め、はぐはぐしながらヴォトルの街を散策する。
「お前のその食べっぷりにはほんとに感心するよ」
師匠は半ば呆れている。
「そんなこと言って、師匠だってちゃんと買ってくれるじゃないですか」
「別に断る理由はないからな。ただ知らんぞ? こないだみたいに晩飯が食えなくなっても」
「大丈夫で~す。ちゃんと考えて食べてますから」
ちょっと小憎らしい表情を浮かべるリホ。
そんなリホを師匠は黙って見ている。
「じゃあそろそろ昼飯にしようか?」
「いいですよ~」
そうして二人は昼から開いている酒場へ入っていった。
酒場には数人の漁師風の男達がいて、既に結構な数の杯を空にしていた。
リホと師匠は奥のテーブルに座り、いつものようにエールといくつかの料理を頼む。
やはり料理は海鮮の種類が豊富だった。
やがて運ばれてきたエールを飲んでいると、隣のテーブルにいた男が声を掛けてきた。
「あんたら、旅人かい?」
「まあ、そんなもんだ」
「こっから先にいくとすりゃあ、船に乗ってぐる~っと西へ向かうか、逆に東回りでサキトへ向かうか、どっちかだろうな」
「まだ決めかねてるのさ」
師匠は適当に答えをはぐらかせてみせた。
「だったら西回りがいいぞ。今の季節、東へ行くには風がちょっと弱い。場合によっちゃ途中で引き返すことにもなりかねん。その点、西なら安全だ」
男はその後もしきりに西へ行けと勧めてきた。結構酒が進んでいるのか、同じことを何度も繰り返し話している。
リホは黙って男の話を聞いていたが、同じ話を何度も聞かされるのにだんだん閉口してきて、そのうち話を聞き流すようにしていた。
「……しっかし、無茶なことをするよな、海ってもんを知らない連中はさ。あんな馬鹿みたいな人数で、南海に繰り出すなんてよ?」
「何の話だ?」
いつの間にか男の話題が移っていた。
「結構前なんだがよ、このヴォトルからグランマルスっていうとこの軍船が、何隻も海に出てったのよ。何百人も兵士を乗っけてよ。揃いもそろって南海目指して出航していったのよ。この街からも水先案内人で漁師が何人も同行したのさ。でもよ」
男はここでまた杯をあおった。
「だ~れも、帰ってこねえ。一隻も戻ってこねえんだ。そりゃそうさ。南海の、『試練の塔』を探そうなんて、そりゃ無茶が過ぎるってもんさ」
「『試練の塔』?」
リホは思わず反応してしまった。
「そうよ。そういう触れ込みでここいらの漁師に声掛けまくってたんだよ。そんな危ねえ橋渡る奴なんて、まともな奴はいねぇんだがよ、中には報酬目当てで引き受けちまった馬鹿もいるんだよ」
男は空いたジョッキに目を落とす。
「まったく馬鹿な真似をしたもんだ。あの塔はたとえ見かけたって近づくことが容易じゃねえのに」
「そうなんですか?」
リホは師匠がどうやって「試練の塔」に向かうのか、まだ知らされていなかった。
だから男の言葉にずいぶん驚かされた。
「そうよ。あの島の周りにはとんでもねえ潮目があって、普通の船じゃ近づくことなんてできやしねえ。それに仮に島にたどり着いたとしてもだ」
男はそこでリホをじっと見つめた。
酔いの回った目に見つめられてリホはちょっと居心地の悪さを感じてしまうが、男の言葉の続きが気になった。
「あの塔は帰ってきたものがほとんどいねえ、って話じゃねえか」
「!?」
リホの脳裏に魔導卿の言葉が蘇る。
『あの塔は入ればその階をクリアするか死ぬか以外では出られませんよ?』
(やっぱりそんな物騒なところなんだ………。師匠はなんでその話をしてくれないんだろう?)
師匠が自分に隠し事をするとは考えられないから、言う必要のないことなのか、言い忘れているだけなのか。
でも……、とリホは考えてしまう。
(師匠は、本当にわたしに実力を試させるつもりなのかな? そうだとしたら、内緒にしている意味って、なに?)
考え込んでしまったリホを見て、なにかマズいことをいったのではと勘違いした男が、なにかむにゃむにゃ言いながら席を立って店を出ていった。
「おい、何を考えこんでいるんだ?」
師匠がかるく小突いてきた。
「別に、考え込んでなんていませんよ。ただ……」
「ただ?」
「………危ないところなのかな、って思って」
「『試練の塔』という名前がついていて、危なくない訳がないだろう」
「それは、それはそうなんですけどっ。なんか、気になるじゃないですか、帰ってきた人がいないとか聞くと」
「ああ、それはそうだろう。あの塔の仕組みを知らない奴はな」
「仕組み?」
「あの塔は各階ごとに階層主がいる。階層主のいる部屋に入ったら、主を倒す以外に部屋を出ることが出来ないんだ」
「!」
「主を倒せば次の階層への扉が開いて上へあがれるようになる。そのときどうするかは自分次第ということさ」
「…………」
「それから、各階に配置されている小部屋の敵を全て倒さないと、階層主とは戦えないから、お前もしっかり抜けの無いようにするんだぞ?」
「………分かりました」
師匠から思いもかけず塔の秘密を教えてもらった。
しかしそれは「試練の塔」の厳しさが確定した、というのと同じことだった。
リホはその夜、宿の部屋で一睡もできなかった。
翌日。
ヴォトルの街からさらに南へ下ってエリンの岬を目指す。
距離はさほどでもないが、そもそも岬に用のある者などおらず、道中は誰とも会うことはなかった。
小径はうねうねと上り下りを交えて続き、やがて坂を登り切った先に広大な海が開けてきた。
「うわぁ」
思わず声が漏れてしまう。
ヴォトルの港から見た海とはけた違いの広さだ。
「………っと、あった。ここだ」
師匠がなにやら辺りを探し回っていたが、小さめの岩が突き出ているところでしゃがみこんだ。
「何ですか?」
「ここから『試練の塔』のある島へ行ける」
「ホントですか!?」
「ああ。ここはエラの奴が塔の出入りをするときに使う魔法陣が設置してあるんだよ。前に来た時に俺も使ったから。ほれ、そこに立ってみ?」
師匠に言われて、リホは岩から少し離れた砂地の上に立つ。
そこだけ不自然なように草が生えていない。
すると突然、足元に複雑な模様の術式が展開された。
「じゃあな。しっかりやってこいよ。手を抜くなよ? ちゃんと見ているからな?」
「え、え、ちょ、ちょっと待って? 待ってくださいって。わたし一人で行くんですか!?」
「当たり前だろう? お前の試練だ」
「ふぁっ!?」
それがリホの最後の台詞だった。
足元の術式が発動して、リホの姿はゆらめくように消えていった。




