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四幕一場 「したいことっていきなりいわれても…」




「リホさん、忘れ物はないですか? 道中病気には気を付けてくださいね? 怪我にも気を付けてくださいね? 盗賊とかにも気を付けてくださいね? リホさんならきっと一人で撃退できると思いますけど。 あと生水は飲んじゃダメらしいですよ? 拾い食いとかもしちゃダメですからね? それから……」

「大丈夫だって、フーカちゃん。ていうか拾い食いって、そんなことしないから」


 心配性のフーカにリホが苦笑いする。

 いくらなんでも拾い食いの心配までされるとは。


「試練の塔」へ出立する日、中庭で見送りをしたフーカは、最初から既に泣き出しそうだった。


「リホさんがいなくなってしまうなんて、悲しいですぅ」

「いなくなるわけじゃないから。帰ってくるから」

「絶対ですよ? 絶対に帰ってきてくださいよ?」

「フーカ、それ以上いうと逆に帰ってこなくなるようになりますから、そのくらいにしておきなさい」


 魔導卿が妙な宥め方をした。


「魔導卿、いろいろと用意してくださって、ありがとうございました」

「いえいえ、大したものではございません」


 今回「試練の塔」に挑むにあたって、これまで使ってこなかった防具も用意してもらった。

 といってもこれも何か術式の付与されているものではなく、至って普通の胸当てや手甲だったが。

 それでも普段身に着けてこなかった防具を付けての旅立ちに、リホは少し緊張を感じるのだった。


「馬子にも衣装とはこのことだな」

「『マゴニモイショウ』?」


 ときどき師匠は意味のよく分からない言葉を使う。

 孫にモイショウって、なんだろう?


「それじゃあ、行ってきます」

「早く帰ってきてくださいね~!」


 涙ながらにブンブンと手を振り続けるフーカに見送られて、リホと師匠は再び「死の大地」から旅立った。




 師匠曰く、「試練の塔」は南海上にあるらしい。

 ただしいつも同じ場所にあるわけではなく、ふらふらと海上を漂っているというのだ。

 そこで取り敢えず、南へ進むことにした。


 師匠からこの話を最初に聞いた時には、そんな馬鹿な、と思ったのだが、師匠が大真面目に語る姿にそういうところなんだとリホも思うようになった。

 でも海の上をふらふらしているところへ、どうやっていくんだろう?


「南へ行けば何とかなる。エリンの岬まで行けばな」

「エリンの岬?」

「この大陸の東南の突端だ。行ったことないか?」

「あるわけないじゃないですか、そんなところ」


 師匠はどれだけあちこち出かけているんだろう。

 下手したら大陸の中で師匠が行ったことない場所なんて、ないのではなかろうか?


「ほら、出てきたぞ?」


 そうこうしているうちに、旅路ではお決まりの盗賊の姿らしきものが前方の木々の間に見え隠れしていた。


「ほんと、いなくならないですねぇ」

「蠅みたいなもんだからな」


 蠅扱いされていることも知らない盗賊達は、先頭を歩くリホの姿を見て調子づいたのか、わらわらと姿をさらし始めた。


 その数9人。


「師匠、棒を使ってみてもいいですか?」

「ん? いいけど、やりすぎるなよ?」


 リホは毎度のように『収納袋』から棒を取り出す。

 握った棒の感触は、魔導卿の術式が付与されていたときとほとんど変わりはない。

 唯一違うのは、握った手に細かな振動が伝わってこないことだけだった。


(本当に術式が停止しているんだ……。この棒でどこまでやれるかな)


 リホは「あやかしの森」で緑虎や食人鬼と対峙したときのことを思い返していた。

 あの時は魔物相手で無我夢中になっていた部分もあり、手加減など一切考えずに棒を振っていた。

 その結果付与術式の効果もあり、魔物たちに絶大な打撃を与えることに成功していたのだが。


(……余計なことは考えるな。目の前の敵に集中して、しっかりと対処することだけを考えよう)


 雑念を振り払うように、リホは手にした棒をクルクルと左右に振り回した。

 それを見て盗賊達は警戒心を高め、全員剣を抜いて構える。


「はあぁぁぁぁぁぁ~~!」


 リホは気合を入れると、棒を片手に構えたまま盗賊たちへ一気に駆け寄った。

 リホの動きに一瞬虚を突かれる盗賊達。

 そこへリホの初撃が強烈に撃ち込まれた。


(いける!)


 リホの棒を頭上で受けようとした盗賊は、その勢いを全く殺しきれず、そのまま頭へ重い打撃を受けて倒れ伏した。

 そこからはもう一方的だった。

 リホが棒を振う度に盗賊が次々に倒れていき、一呼吸置くころには全ての盗賊が地面に転がっていた。


「まあ、こんなもんじゃないか?」


 師匠が近付いてきた。


「こんなもん、ですか?」

「一応手加減はしたんだろう? それでこれだけ出来れば上等じゃないか?」

「そうですか」


 リホは盗賊達を見下ろす。

 のたうち回って痛みに悶えている者もいれば、気絶しているのか全く動かない者もいる。


「こいつらどうしますか? 近くの街に届け出ますか?」

「面倒だからこのままでいいだろう。次に通りかかった奴に任せておけばいいさ。下手に役所に入って手配書と比べられるのもなんだしな」


 そうだった。自分たちは手配犯なんだった。


「すっかり忘れてました。じゃあこのままですね」


 そうしてリホと師匠は転がっている盗賊達を捨て置いて、先を急いだ。


 後に通りがかった商人の一隊が盗賊達を見つけ、全員を縛り上げて最寄りの街役場へ届け出て、多額の報奨金をもらうことになったのは別の話。




 その日の夜のこと。


 夜の鍛錬を終えて風呂を済ませたリホは、一軒家の居間のソファに座って、冷えたエールを飲みながら一人で考えこんでいた。


(わたしは、なんなんだろう……? 盗賊9人をあっという間に片付ける探索者(シーカー)? そんなの聞いたことないなぁ。私は何になっていくんだろう? 何をすべきなんだろう?)


 エールをちびりちびりやりながら、リホは同じことを何度もぐるぐる考え込んでいた。


(わたしはこれからどうなっていくんだろうか? 師匠に助けられて、師匠の所有物になったけど、師匠の所有物って、何をすればいいんだろう?)


 果たして所有物に何かするべき義務があるのかどうか、リホにはそんなことすらよく分からなかった。


「なんだ、まだ寝ていないのか。鍛錬が緩かったか?」


 師匠が部屋に入ってきた。恐ろしいことを言っている。


「そ、そんなことはないです。そんなことはないんですけど………」


 リホはちょっと逡巡した。


「師匠、わたしはこれから、どうすればいいんでしょうか?」

「なんだ、その話は」

「わたしは何をすべきなんでしょう。何を目指して生きていけばいいんでしょうか? そもそも、師匠の所有物になりましたけど、それってどういうことなんですか?」

「そんなことを考えていたのか? 案外面倒くさいんだな、お前も」


 師匠は自分もエールを飲みながら続けた。


「お前にするべきことなんかないよ」

「えっ!?」

「俺の所有物として、お前にするべき義務なんかない、と言っているんだ。お前は俺の言うとおりにしてればとりあえずはそれでいい」

「…………………」

「敢えて言うなら、強くなることだな。一人前に強くなってから、自分のしたいことを考えろ」

「自分のしたいこと、ですか? わたしのしたいこと……」

「今はなくても構わないさ。そのうち見つかるだろう。それまではとにかく強くなっておけ。俺の所有物として義務があるとすれば『おれが許可していないのに勝手に死なないこと』だ」

「はい?」

「余計なことは考えるな。堂々巡りして答えが出ないことなんて、考えたって時間の無駄、考えてないのと同じことだ。言っただろ? まず動け。感じろ。考えるのはそのあとでいい」

「この間は考えなしに動くなって言われましたけど?」

「そうじゃない。動くのはいい。動いたあとが抜けていただけだ」


 リホはヴィステリウムでフーカを助けたときのことを思い出した。

 確かにあの時の自分はフーカを助けに入ったあと、状況を見極めずに次の動作に入っていた。


「お前が何者なのかなんて、俺には分からん。知りたきゃ門番(ジジイ)にでも聞いてこい。大事なのは何をすべきかじゃなくて、何をしたいか、だぞ?」

「何を、したいか……」

「自分が何をしたら面白いのか、考えるならそれを考えてろ」


 そういうと師匠は自分の部屋に引き上げていってしまった。


 残されたリホはその晩遅くまで、師匠に言われた言葉を振り返っていた。





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