四幕一場 「ひとの話は最後まで聞きましょう」
「そんならお前にいいことを教えてやろう」
「え、別にいいですけど。ていうか絶対いいことじゃない雰囲気ぷんぷんしてますし」
「自分の実力を知りたいのならば、『試練の塔』に行くのが一番だ」
「……『試練の塔』、ですか?」
リホが訝るのもしかたない。
「試練の塔」は存在自体が疑問視されている、半ば伝説と化した古代の遺物だ。
どこにあるのかも、どうやって行くのかもよく分かっていない。
ましてや塔がどんな構造で、中がどうなっているのかなんて、知っている者は皆無だった。
そんなところが、自分の実力を知るのに最適だなんて。
「そう言えば前に師匠、『試練の塔』に連れていくみたいな話してましたね」
「いつか必要な時がくると思っていたが、そうか、今そんな考えを持っているのならうってつけだ」
「別に『試練の塔』じゃなくても……」
「あそこは『大迷宮』みたいに無秩序に魔物が湧いて出るのとは違って規則性があるから、自分の力を測りやすいんだよ」
「そんなところなんですか? ていうか、師匠『大迷宮』にも入ったことあるんですか?」
「大迷宮」は大陸南西部に存在する最大の迷宮だ。
そしてそこの管理者をナナが務めていたりする。
「あっちはまあ、そのうち機会があればだな。まずは『試練の塔』で実力試しといこうじゃないか」
「………なんでそんなに乗り気なんですか、師匠?」
「弟子の成長度合いを確かめるのは師匠の務め、だろう?」
(弟子弟子って、そりゃたしかにいろいろ教わってはいますけど、弟子扱いされた覚えはほとんどないんですけど?)
とは言うものの、カルドで執政官の館に侵入させたり、あやかしの森で巨大トレントに吶喊させたりと、扱いとしては紛うことなく弟子のそれではあるのだが。
「ホントに行くんですか?」
「ああ。さっそくそのための準備をするか」
そう言うと師匠は食堂を後にした。
《……頑張ってくださいね、リホ様》
シルちゃんが胸の前で両拳をぐっと握りしめた。
「ええっ? あの棒じゃダメなんですか?」
リホが素っ頓狂な声を挙げる。
場所は中庭。いつものテーブルだ。
リホと師匠、魔導卿にフーカも揃ってお茶の時間である。
「当たり前だ。あんなものに頼ったら自分の実力が分からないだろう」
「でも……」
リホが気にしているのは、自分愛用の棒のことだ。
魔導卿が何かの術式を付与した(らしい)ため、見た目から想像できない威力を発揮する、あの棒である。
「それでは今付与してある術式を一時解除しなければなりませんね」
魔導卿がティーカップを下に降ろしながら告げる。
「リホさん、そんな棒をお持ちなんですか? ちょっと今見せてくれませんか!?」
魔導卿の術式が付与された棒と聞いて、フーカが異様な食いつきを見せる。
「これなんだけど………」
そう言って『収納袋』から棒を取り出す。
『収納袋』はあれからずっと肌身離さず持ち歩いている。
魔導卿に脅された通り、何かあってからでは遅いのだ。
「……一見何も付与されていないように見えますが……、というか、これどうやってこの棒に術式を付与しているんですか!? 触媒なんて全然見当たりませんけど!?」
「そうでしょう。これは私の創り上げた術式の中でも中々の傑作ですよ。見た目には何らの強化を示すようなものは一切なく、しかしその実は複数の術式が同時並行して発動するという極めて高度な魔道具となっているのです」
「どんな術式がかかっているんですか!?」
「まずは超高振動を発生する術式とそれを部位によって大きさを変えるための付随術式。それから使用者には影響せず対象物のみに発動する重量付加の術式。それと……」
「ちょっと待ったぁ~! なんですかそれ? そんなに付与してあるなんて聞いてないですよっ!?」
これにはリホも正直驚いた。以前訊いたのは超高振動のみだったのだ。
「何を言っているんです。私が説明している途中で、貴方が勝手に通信を切ったのではありませんか? 私は付与した術式について懇切丁寧に説明を差し上げようと思っていたのに」
あ、あれだ。「あやかしの森」から出たあとのことだ。
リホは思い当たる節があって、バツが悪くなった。
「ところでマスター、付与は全て解除しますか? それだと塔の魔物相手にほとんど役に立たない代物になりますが」
「逆に何だったら付与を残しておいてもいいと卿は考える?」
「そうですね。硬度については残しておいても良いかと思います。塔の中で棒を折られたのではそれこそ元も子もなくなりますから」
「じゃあそれだけ残しておいてくれ」
「先生、その作業私にも是非手伝わさせてください!」
「当然です。貴方にもしてもらうことがたくさんあります。では私達はこれで」
そう言って魔導卿とフーカはリホの棒を持って研究室の方へ消えていった。
「………本当に自分だけの力で挑むんですね?」
「そりゃそうだ。そのためにいくのだからな。それに役立つ奥義をいくつか教えておいてやる。しっかり身につけていけ」
「はぁ~、また修業が厳しくなるんですね」
「死にたくなければな」
(誰だって死にたくなんてありませんよ。ほんとにもう……)
なんだかとんだ話になってしまったなぁ、と少し後悔するリホだった。
その夜。
師匠から新しい技とその使い方をみっちり指導されて、ヘロヘロになってベッドにたどり着いたリホは、遅くにノックされた扉の音に、浅い眠りから引き戻された。
「ふぁ、ふぁ~い」
眠たい目をこすりながら部屋のドアを開けると、目の前に漆黒の法衣を纏った長身の骸骨が現れて、リホの眠気はどこかに飛んでいってしまった。
「ま、魔導卿!?」
「夜分にすみませんね。少しいいですか?」
魔導卿がリホの部屋を訪ねてきたのは初めてである。
リホは思わぬ展開にドキドキしていた。
「ど、どうぞ」
(魔導卿が部屋に来るなんて、一体何?)
緊張しながら魔導卿を招き入れる。
魔導卿は音もなく部屋の中に入り、ベッドの前に立った。
自然とリホがベッドに腰を掛ける形になる。
すると魔導卿が手に持っていた棒を差し出した。
「貴方の棒に付与してあった術式を、硬化のみ除いて他を一時停止させました。これでこの棒は硬さ以外は普通の木の棒と変わりません」
「硬さ以外、はですか」
「そこは使用上どうしても不利になる部分ですからね。相手がオリハルコンの剣でも持ち出さない限り、切られたり折られたりすることはないでしょう」
ちょっと、それどういう硬さ?
リホの突っ込みが心で決まる。
「ですが………」
そこで魔導卿はちょっと言葉を続けるのに言い淀んだ。
「なんですか?」
「………これはマスターには秘密にしてください。その棒に付与してあった術式は先ほど伝えたように、一時停止状態にあります」
「それは分かりました」
「もし貴方が命の危機を悟った場合には、この後私が教える呪文を唱えてください。それで一時停止されている付与術式が再度展開されます」
「それは、どういう………」
「その時がこないことが何よりも肝心ですが、何が起こるか分からないのがあの塔ですので。本当に万一の時にだけ使用してください。一度再展開すれば以降は貴方には停止できませんので、どのみち塔から出る外はなくなりますから」
「…………どうしてなんですか? なんで、師匠に内緒にしてまでそんなことを?」
「貴方が万一死んでしまったらフーカが使い物にならなくなってしまいますから。そのための保険です」
「死んでしまったらって、そんなに危険なところなんですか?」
「まだマスターからお聞きにはなっていないのですね」
リホに視線を合わせたまま、魔導卿は衝撃発言をしてきた。
「あの塔は入ればその階をクリアするか死ぬか以外では出られませんよ?」
「えっっっ?」




