四幕一場 「Who am I ?」
「やはりそうですか。フーカ、貴方は異常個体と呼べるほどの魔力の持ち主なんですよ」
「「異常個体?」」
フーカとリホの声が重なった。
「死の大地」にやってきたフーカはすぐに、魔導卿と一緒に、自分の魔術が暴走する原因を見つける作業に取り掛かった。
戻ってくる道中での練習の様子から推測した仮説を、実際にさまざまな術式を発動させることで確かめていく魔導卿。
フーカも自分の力が解明されていくことが嬉しいのか、暴発して煤だらけになりながらも、どこか楽しそうだった。
そして魔導卿が用意した怪しげな検査術式。
そこに入れば内に秘めている魔力の総量が分かる、というもので、フーカの魔力量を調べようとしたのだが。
「ダメ、ぜったい。そんな怪しいものフーカちゃんに使わせるなんて」
そういってリホは自分が実験台になる、といって聞かなかった。
それならと魔導卿がリホを検査した結果。
「これは、………なんともチリのような魔力ですね」
「ち、チリって……」
「もうちょっとましかと思っていましたが、貴方も相当のものですよ、リホ殿」
改めて自分にチリほどの魔力しかないことを突き付けられて、目に見えて落ち込むリホ。
その隙にフーカに検査を実施した魔導卿が発したのが先ほどの言葉だった。
「そんなにか?」
師匠も改めて魔導卿に訊き返した。
「ええ。ヒト族でここまで高い魔力を持った者を、これまで私は見たことがありません。量だけで言えばこの私にも匹敵しうるかと」
「卿に匹敵、か」
「あくまで量だけの話ですが」
魔導卿は術式に浮かび上がっている数値を読み取っている。
「フーカの術式暴走はこれで原因が確定しました。この子が暴走するのではない。この子の魔力に耐えられなくなった術式が暴走してるのです」
「術式が、ですか?」
フーカが心配そうに尋ねる。
「貴方はこれまで懸命に術式を発動させようと自分の魔力を制御してきましたが、あれが限界でしょう。貴方は魔力の制御ができていないのではないのです。制御してなお、有り余る魔力のために既存の術式が破綻してしまうのです」
かつて魔導卿が編み出した魔導術式は、使用者が限定され過ぎて衰退していった古代魔法に代わるものとして、使用者を選ばず誰でも使いこなせるものとして、その発動を容易なものとしていた。
だからこそ今の魔術隆盛があるのだが、まさかそれが逆に足枷になる人物が出てこようとは。
「貴方はどの術式を覚えても、多少の差はあれど同じような結果になるでしょう。貴方の魔力に耐えうる構造をもった汎用術式は存在しないのですから」
「じゃあ、私はもう魔術は………」
「いえ、汎用術式が使えなければ、専用術式を構築すればいいのです。この私のように」
そう言った魔導卿の周りに多層多重の立体術式が展開された。
「私は自分の術式を追い求めて、私だけが使える固有の術式を編み出しました。それと同じように、貴方も自分だけの術式を創り出すのです」
「私だけの術式………」
「そうです。貴方の魔力を流し込んでも正常に作動する、貴方だけに仕える術式を。この世界で唯一無二の、あなた専用の術式を、貴方が、一から創造するのです!」
魔導卿に熱が入る。
「ああ、なんという素晴らしいことでしょう! ここにまた新たな魔導の深淵が開かれることになります。この経験を通じて、私はまた一歩世界の真理に近付くことが出来るのです! なんという光栄! なんという僥倖! 貴方がこうして私の下に来ることになったのは全く以って必然」
「いいからフーカちゃん降ろしてあげませんか?」
フーカは突然始まった魔導卿の興奮にビックリしていたが、リホはもう手慣れたものだ。
「むう、私もすこし興奮しすぎたようですね。フーカ、もう降りてよろしいですよ」
中空に浮かんでいる術式からフーカが降りてくる。
心なしかフーカの表情が明るい。
「これからは私と一緒に貴方専用の術式構築を究めていきましょう」
「はい」
「貴方が使う術式は貴方が自分で独自に構築する必要があります。私はこれまでの経験から貴方の作業に助言を与えられますから、まずは貴方が主体的に動いていくのです」
「はいっ!」
「ではまず初めに、術式構築理論の基礎から理解していきましょうか。それが済んだら術式へ魔力を流し込む方式について………」
フーカは目をキラキラさせて魔導卿を見つめている。
魔導卿はそんなフーカを前に今後の指導計画を滔々と語っている。
「フーカちゃん、良かったですね」
「やるべきことが分かって、すっきりしたんだろう」
「魔導卿と二人三脚ですか」
リホはフーカと魔導卿の姿を眩しそうに見つめていた。
それから半年。
最初は基礎理論の習得に手こずっていたフーカだが、理論が体に馴染むのと併せて、術式構築の練度も高くなっていった。
そして遂に、初級に当たる火弾の専用術式を生み出すことに成功した。
「見てください! ほら、こんなに火弾が出せるんです!」
そういって中庭で術を披露するフーカなのだが、リホはちょっと複雑な顔だ。
だって、あれ何? 全部の指から火弾が出続けてるんだけど?
フーカの構築した専用術式は、その創造過程で魔導卿から
『貴方ほどの魔力量を持つ者が、汎用術式と同じ効果しか生み出さない専用術式を構築する意味などないでしょう?』
というとんでもない助言を受けた結果、見たこともない量の火弾を連続で打ち出すものになったのだ。
中庭の奥へ向かって笑顔で火弾を連射しまくるフーカ。
(今までが今までだったからなぁ、反動がこわいかも……)
その予想は見事にあたり、そこからフーカが魔導卿と共に創り出す術式は、どれも既存の魔術の常識を大きく覆すものばかりとなった。
「ごちそうさまでした!」
フーカが勢いよくあいさつする。
給仕をしていた真ん丸一つ目も嬉しそうだ。
「じゃあ、私まだ研究が残っているので」
そう言ってフーカはそそくさと食堂を後にする。
最近遅くまで魔導卿と二人で新たな術式構築に勤しんでいるらしく、リホはフーカとゆっくり話す時間もなかった。
「…………なんだか忙しそうだよね」
誰にともなく、ポツリと漏らす。
《お寂しいのですか?》
シルちゃんがすっと寄ってきた。
「寂しいっていうか……、なんかね、取り残されてるような感じ?」
《取り残されている?》
「うん。フーカちゃん、ここにきて魔導卿と一緒に自分の術式をどんどん創り出して、すっごく生き生きとしてるじゃない? それを見ていると、何だかいいなぁ、って思っちゃう」
《リホ様も毎日修業に励まれているではありませんか》
「それはそうなんだけど………。なんか、手ごたえがないんだよねぇ。わたしって強くなっているのかなぁ?」
《あれだけ修業をされていて、逆に弱くなっているなんてことはないと思いますけど?》
真ん丸一つ目たちもウンウン頷いている。
「う~ん、なんだろうな………、確かにここに来る前と比べれば強くなっているんだろうけど。今の自分の位置が分からないっていうか、自分はなんなんだろうって」
《?》
「わたしは元々探索者だったから、強さって別に求めてなかったのよ。でもここにきて、師匠から『気』と『武術』を教わって、それなりに戦いもこなしてきて、じゃあ私はなんなんだろうな~って、思う時があるのよね」
リホは横を見た。
「シルちゃんはシルフじゃない? 真ん丸一つ目ちゃんは台所の精霊だし、ウンディーネちゃんは水の精霊だし。みんなちゃんと役割をもっているのが、いいなぁって思うこともあるよ」
「ほう、そうか。そんなことで悩んでいたのか」
いつの間にか食堂の入り口に師匠が立っていた。
「師匠!?」
「そんならお前にいいことを教えてやろう」
あ、これ絶対良くないことだ。




