幕間その3 「お前、大人だったんだな」
「いやあ~、今日も疲れたな~」
「リホさん、毎日すごいですね。あんなに鍛錬に励むなんて」
「励むっていうか、師匠がいるからやらざるを得ないっていうか。だって、目の前であんな風に見られてるのに、サボれないでしょ?」
「ふふふ、確かにそうですね。………はあぁ、気持ちいい。ほんとにこの風呂は気持ちがいいですね~」
「ね、そうでしょ? これだけでこの家に泊まる価値が十分にあると思うの」
「最初リホさんから聞いたときは、正直『何言ってるんだろう、この人』って思いましたけど……、実際使ってみると、この家の快適さは信じられないですね……」
二人がいるのは旅の定番、一軒家のお風呂。
ヴィステリウムを出発してから、リホ、師匠、フーカの三人は街道を進みながら、夜は毎日この一軒家で過ごしていた。
理由はフーカがついてきたことだった。
フーカもこれまでの日課として、夜魔術の練習をすることにしていたのだが、まさか街の宿屋で術式を暴発させるわけにもいかない。
そんな訳で街道沿いに宿場町はいくつかあったのだが、いずれもそこには泊まらずに少し離れた場所まで行って、そこで結界を張ったうえで一軒家を取り出していたのだった。
「フーカちゃんのほうはどう? 前より暴発が減ってきた?」
「う~ん、減ってはいないですけど……、魔導卿さまに教わってから、暴発をそんなに気にしなくなってきました」
一緒に旅をするようになってから、フーカにはリホや師匠が持っているトンデモな魔道具について説明をしていた。
改めて魔導通信機を見たフーカは目を真ん丸にして驚いていたが、それで魔導卿といつでも話ができる、ということに更に驚いていた。
魔導卿は旅の途中、フーカの練習を遠隔で眺めて、いろいろと指示を出していたようだった。
その結果、フーカが今の自分の力について否定的にとらえることがなくなってきた、というのであれば、それは良いことだ、とリホも考えた。
「フーカちゃん、背中流そうか?」
「じゃあ私もリホさんの背中流しますね」
二人が並んで楽々と足を伸ばせるほど大きな湯舟から出て、リホはフーカの背中を洗い始めた。
因みにここで使っている石けん類は魔導卿特製ではないらしい。
「このお風呂の石けん、いい匂いしますよね。どこのなんでしょう?」
「さあ~、元々備わってたから、どこのか分からないけど、確かにいいよね」
「お肌もスベスベになりますし」
「それはフーカちゃんが若いのもあるからだと思うよ?」
「え、私そんなに若くないですよ~」
「またまたぁ~。こんな10代のお肌してて、ごまかされないゾ?」
「ほんとですか? うれしいな、20歳越えて10代の肌っていわれるの」
「…………え? フーカちゃん、いまいくつ?」
「私ですか? 今22歳ですが」
「…………………………」
「…………………………もしかしてリホさん、今『22歳のくせにぺったんこだな』とか思ってました?」
「い、いや、そんなこと思ってないよう! だって、フーカちゃん背も低いし、てっきり13歳くらいかなぁ、って………」
「どうせ私はリホさんみたいに大きな胸してませんよ」
「あはははは、そんなことないよ? フーカちゃんだって、ちゃんとし―――」
「慰めはいいです」
「……………ごめんなさい、これからは“フーカさん”って呼ぶね」
「もういいですよ」
こうして女二人の夜は姦しく過ぎていくのであった。
北上する街道をひたすら進み、クァッド方面に向かう大街道に入って幾日か。
はるか彼方にクァッドの街並みが見えてきた。
「あそこに魔導卿さまがいらっしゃるんですね」
フーカがようやくといった顔つきで眺めている。
「もうちょっと先だけどね。クァッドまでくればもう目と鼻の先だから」
リホにとってもずいぶんと懐かしい感じのする景色だ。
前回こうしてクァッドの街を眺めたのはいつだろう?
振り返ったリホの脳裏に、クァッドの街で出会った、あのろくでなしの冒険者崩れの連中と、師匠と初めて出会った時の出来事が一気に蘇った。
慌てて頭を振るリホ。
「街には用はないから入らんぞ」
「まあ、いいんじゃないですか。別に買い物もないし……」
道中寄った街で珍しいものを見かけると、リホは旅のお土産として買い込んでいた。
師匠からは呆れられていたが。
クァッドの街を迂回する形でさらに北へ抜けると、今度は目の前に荒れ果てた大地の聳える姿が迫ってきた。
「これが、『死の大地』………」
フーカもその姿に若干圧倒されている。
「あ、たしかここらへんでしたよね、師匠?」
「こっちだ」
リホがペタペタ岩壁を触っているところとは全然違う場所へ師匠が近付く。
「フーカ、こっちにこい」
そうして師匠はフーカの手を取って自分の手と重ね、岩壁に手を置く。
「!? これは………?」
「これでお前も出入り自由になった。ただし、場所はしっかり覚えておけよ。あの間抜けみたいになりたくなければな」
「間抜けは酷いと思います!」
三人は岩の中の通路を通って奥へ進む。
やがてリホには見慣れた中庭が見えてきた。
「帰ってきたぁ~」
思わず笑顔がこぼれてしまう。
いつの間にかリホの世話をしていたシルフが寄ってきていた。
「ただいまぁ~、シルちゃん! お土産買ってきたよ~」
《ありがとうございます、リホ様。おかえりなさいませ》
シルフも嬉しそうにリホの周りを飛び回っている。
それを見てフーカはまたまた驚いている。
「え、シ、シルフですか? こんなにはっきりと? どうして? え、実体化してる?」
「ここではね、シルちゃんたち精霊がいろいろとお世話してくれるの」
「貴方にも世話役をつけましょう」
中庭の奥から声が響いた。
フーカが振り向くと、そこには漆黒の法衣を纏った不死王がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「ようこそ、フーカ。私が“絶え間なき魔導の探求を進める孤高のリッ」
「ただいま、魔導卿! お土産買ってきましたからね!」
「………貴方のそういうところ、本当に良くないと思いますよ、リホ殿?」
「遅くなったな、魔導卿」
「いえいえ。無事にお帰りなさってなによりでございます。フーカを送り届けてくれたこと、感謝いたします」
「あ、あの……はじめまして、じゃなかった、えっと……この間は、どうもありがとうございました」
そういってフーカはばッと頭を下げた。
道中通信機でのやり取りはしていたが、目の前に魔導卿の実物がいる、そう思うといやでも緊張してくる。
「あんなもの礼には及びません。貴方は来るべくしてここに来たのです。もっと胸を張っていなさい。貴方はこれからこの私の助手兼弟子兼研究対象として、深淵なる魔導の真髄に迫る」
「フーカちゃん、お部屋に案内してあげる! 行こう!」
「ええっ? ちょっ!?」
「いいのいいの、話長いんだから」
リホがフーカの手を引っ張って連れて行ってしまった。
後姿を見送った魔導卿は、師匠の方へ向き直った。
「やれやれ、随分と賑やかになりそうですね」
「まあ、そうかもな」
「このような日々がくるとは、想像もしておりませんでした」
「面白いか?」
「面白いかどうかは、これから判るのでしょう。マスターはいかがですか?」
師匠は少しだけ考えた。
「面白くなりそうな気はするな」




