三幕五場 「こういうの『ざまぁ』っていうんですよね?」
「わ、私は………」
魔導卿の下へ来るように誘われたフーカは、まだ今自分の身に起きていることが信じられなかった。
魔導卿本人から、自分が凄い才能を有していると言われても、全然実感が湧かない。
これまでのことを思えば、それも仕方のないことだった。
魔術が扱えなくなり、周りから無能者呼ばわりされ、エメルや他の教授からも厳しくされ、クラスメイトからも辛く当たられ。
それが急に自分には才能がある、と言われても、すぐに手放しで喜べるものではない。
魔導卿に認められたのは嬉しい。
しかし学院を出て魔導卿の下へ行くという選択肢を選ぶには、まだ不安があった。
「行ったらいいと思うゾ?」
フレドがこちらへ近づいてきた。
「フレド学長……」
「わしは、お前さんは魔導卿のところへ行くのが一番いいと思う。いや、この学院から去るべきだ、とかそういうことじゃなくてな。こんなこと、望んでも決して手に入らない幸運じゃと思っておる」
フレドは優しくフーカを見つめた。
「さっきの火弾の術式、あれをもっと早くわしも見ておったならのう……、あれほどの濃度を持った魔力制御など、見たこともなかったわい。お前さんには間違いなく才能がある。このわしも保証する」
そう言ってフレドは自分の胸をポンと叩いた。
「お前さんはここで学ぶより、魔導卿様の下で学んだ方が、もっと偉大になれるじゃろうて。それを実現できるだけのものを、お前さんは持っているんじゃ。誰にも遠慮せずに、自分のしたいようにすればいい。きっと、お前さんが今抱えている不安も、魔導卿様が解消してくださるだろう」
フレドの言葉がフーカの胸に染み込む。
私に才能がある、私の悩みを魔導卿が解消してくれる―――。
「大体、魔導卿様の直弟子になれるなんて光栄、わしが代わりたいくらいじゃ! どうじゃ、嫌ならわしと代わらんか? そうすればわしもメテリア様と同等に―――」
フレドの目が怪しい雰囲気を漂わせ始めた。
「わ、わかりました。いきます、いきますよ! 魔導卿のところへ!」
慌ててフーカが答えると、フレドはニカッと笑った。
「それでいいんじゃ。それで。しっかりな」
「わ~い! フーカちゃんが一緒だ! うれしいな」
リホはフーカの返事を聞いて飛び跳ねている。
「これでよかったのか、魔導卿?」
「……まあ、よしとしておくべきでしょう。私も貴重なサンプルが入手できましたので」
魔導卿の最後の言葉は、一緒になって飛び跳ねているリホとフーカには聞こえなかった。
メアリは目の前で繰り広げられている出来事が、まるで芝居の舞台のように映っていた。
フーカが術式を暴発させたところから、ザハリーたちの言い争い、リホの乱入と魔導卿の召喚。
自分も魔導卿の圧でひれ伏しながら、一体何が起こっているのか、懸命に理解しようとしていた。
フーカは術を失敗した。
これでフーカは学院からいなくなる。
目障りだった出来損ないのフーカが、自分の目の前から消えてくれる。
そうなるはずだったのに……。
『私のところへ来て、共に魔導を追究しませんか?』
魔導卿の言葉を聞いたとき、メアリは耳を疑った。
なに? どういうこと? なんで魔導卿がフーカを誘っているの?
あの子は出来損ないよ? だれよりも魔術が扱えない落ちこぼれなのよ?
それがどうして、魔導の神様のような存在から認められるの?
かつて自分の上に位置して目障りだった存在。
そして今は自分よりはるか下として思い切り蔑んできた存在。
その存在が、今目の前で、魔導卿の誘いを受け入れて、喜びで飛び跳ねている。
全く理解できない。許せない。
「な、なんでよぉぉぉぉぉ!」
思わずメアリは叫んでいた。
「なんで、あんたばっかりそんなことになるのよっ! あんたは、あんたなんて、ただの出来損ないじゃないの! あんたが魔導卿に認められるなんて、そんなことあるわけがないわ!」
リホと一緒に飛び跳ねていたフーカは、声の主がメアリだと分かると硬直した。
先日メアリからぶつけられた憎悪の感情は、フーカの心にまだ傷を残していた。
そんなフーカの様子を見て、リホがサッとフーカの前に出る。
「あんたが優秀ですって? そんなことあるはずがないわ。あんたは火弾すらまともに発動できない落ちこぼれなのよっ! そんなあんたが優秀なんてこと、あり得ないわ!」
「私の見立てが間違ってる、と言いたいのですかね?」
魔導卿がゆっくりとメアリの方へ向いた。
無表情な顔に、ゆらゆらと紫色の炎が眼窩に揺れている。
メアリは恐怖で動けなくなった。
「そこまであけすけに物を言うのだからどれほどの力量の持ち主かと思えば………これはまた随分と貧相な魔力しか持ち合わせていないですねぇ」
魔導卿がすぅーっと巨大な顔を近づけてくる。
「ヒィッ!」
「くだらない。実にくだらない。この程度の実力しか持たぬ者が、自己の研鑽ではなく他人を見下すことでしか自分の価値を見出せぬとは。児戯にも満たぬ愚かな振舞い」
そこで魔導卿はかぱぁっと口を開いた。
「身の程をわきまえなさい!」
「ヒィィィィッ」
魔導卿の一喝をもろに食らい、メアリは腰から砕け落ちてしまった。
やがてメアリの股間がじんわりと濡れていく。
あまりの恐怖で失禁したようだ。
「魔術師たるもの、まずは己を磨くことを考えるのです。それが出来なければ、貴方こそ学院を去るべきでしょう」
そう冷たく言い放って、魔導卿はくるりと向き直った。
「ではマスター。フーカを連れてお戻りになるのを、心からお待ちしております」
「ああ。もう少しかかるかもしれんが、ちゃんと卿の下へ送り届けよう」
そして操練場全体に光が満ちると、魔導卿の姿は消えていた。
「行ってしまわれたか……」
フレドが感慨深そうに呟いた。
魔導卿と直接話ができたことは、フレドにとっても人生で何物にも代えがたい喜びだった。
「これから忙しくなりそうじゃな。こりゃ引退している場合ではないかもしれん」
そういってフレドは呆然と立ち尽くしている部下達を眺めていた。
「それじゃあ、元気での」
フレドがフーカと握手する。
あれからフーカはすぐに学院を退学することにした。
故郷へは学長自ら事の経緯を知らせてくれることになった。
きっとフーカが伝えても誰も信じないだろうから、と。
試験の翌日には自分の荷物をまとめて、すぐにでも出ていこうとするフーカを、フレドが引き留めたのだった。
「これを持っていきなさい」
「!?」
フレドが渡してきたのは、赤い小箱。
フーカが中を開けると、そこには学院卒業者のみに与えられる純金のバッジが輝いていた。
「これは………?」
「魔導卿様の弟子になるのだから、学院を卒業したと同等以上の能力があると認めても差し支えはなかろうて。これはわしからの餞じゃ。もしこのさき自信をなくすようなことがあれば、これを見るといい。お前さんには、それだけの力が宿っている、とな」
「学長………、ありがとうございます!」
フーカは何度も頭を下げた。
辛いこともたくさんあったが、学院に通えて良かったことも多かった。
今この時も。
「―――それでは、行ってまいります!」
フーカは大きくお辞儀をして学院の門を後にした。
向かう先は『水龍亭』という宿。
そこに、自分の未来が待っている。




