三幕五場 「ついに、わたしにも後輩が…」
羊皮紙に描かれた術式を判読し終えると、魔導卿は再びエメルの方を向いた。
「この術式は貴方が描いたのですか?」
「い、いえ! 滅相もございません……これは、ジェスター導士から授かったものでして………」
魔導卿からの圧によって、エメルはあっさり術式の出所を吐いた。
それを聞いてジェスターが忌々しそうな顔をするが、最早どうすることもできない。
「ジェスター………ああ、そこの開放派の者ですね。……なるほど、よく分かりました」
魔導卿はフーカのほうへ大きく身を乗り出してきた。
フーカは驚きと恐怖で「ひゃあっ」と小さな悲鳴を上げる。
「この術式を貴方が正常に発動させていれば、この場にいた者の中に死人が出ていたことでしょう」
自分の魔術によって誰かが死んでいた。
衝撃的な話を聞いて、フーカの顔が強張った。
「ですが結果は術式が満足に発動しなかったようですね。貴方のおかげで助かったということができるでしょう。その意味では、貴方にはそれだけの才能があった、ということです」
「馬鹿な、あの出来損ないに才能など……」
思わず口から漏らしたジェスターだったが、リホの鋭い一瞥を受けて黙り込んだ。
「貴方は術式を暴発させるのですよね?」
魔導の創始者である魔導卿からそう言われて、フーカは消えたくなった。
「……………はい」
「では、ここでやってみせてください」
「えっ!?」
まさか魔導卿の前で、自分の出来なさ具合をさらけ出すことになるなんて。
フーカは頭が真っ白になってしまった。
「魔導卿にはお前さんのことを少しだが話してある。なにか考えがあるんだろう。いつも通りにやってみな?」
横にいた師匠が穏やかな口調でフーカを促した。
真っ白だった頭の中が徐々に元に戻ってきた。
リホの方を見ると、リホもウンウンと頷いている。
「……分かりました。お見せします」
そう言ってフーカはこれまで何度となく練習してきた火弾の術式を展開し始めた。
フーカの前に術式が構築されていく。
やがて術式が赤や青、緑と次々に色を変えながら、光を強くしていく。
「むっ?」
魔導卿が呟いた直後、術式が発動したが、飛び出したのは火弾ではなく、拳大の火球が3つ、凄まじい速さで打ち出された。
火球は一直線に飛び進み操練場の壁に激突した。
くぐもった破壊音がした方を見ると、壁に丁度火球の大きさの穴が、黒焦げになって開いているのが見えた。
「これは………」
フレドはそれをみて驚愕の表情を浮かべている。
「だから言ったのだ、出来損ないだと……」
ジェスターが誰にも聞こえない程の小声で毒づいた。
「マスター、この娘はいつもこうなのですか?」
魔導卿が師匠に尋ねた。
突然敬語を使って話しかけられた師匠に、全員の注目が集まる。
あれは一体何者なんだ?
「いつもはもっとボンッって感じで、自分が煤だらけになってることのほうが多いかな」
「それでも、無傷なのですよね?」
「ああ。今回のも、どうやら雷が直撃したみたいだったが、黒焦げになっていただけで体は大したことなかったみたいだったな。卿にもらっていた薬を飲ませたらやたらと元気になってたぞ」
「私が差し上げた薬………、もしや、薄桃色のやつですか?」
「ああ、それだ」
「あれは神酒です。普通の人間に飲ませていいものではないのですが……」
「まあ、しょうがないだろう。あの時は重傷に見えたのだからな」
「しかし実際にはほとんど傷を負っていなかった……」
魔導卿はフーカをじっと見つめたまま、何かを考えているようだった。
フーカも魔導卿に見つめられて、怖いは怖いのだが、目を逸らすことができなかった。
「マスター。一つお願いがあります。この娘を引き取ってもよろしいでしょうか?」
「引き取る?」
「もちろん、本人が承諾すれば、ですが。この娘、この学院に置いておくのは無理があります」
ああ、やっぱり私は魔導卿から見ても、もう魔術の才能が無くなってしまったんだ。
これでどこにも行き場がなくなってしまった。そう思ったフーカは自然と下を向いてしまった。
「なにか勘違いしているようですが、貴方はこの学院で学ぶ必要はない、ということです。こんなところにいても、貴方の力を伸ばすことはできません。それよりも」
魔導卿がスッと右手を差し出した。
「私のところへ来て、共に魔導を追究しませんか? 貴方にならきっとそれができるでしょう」
「? え、えっ? わたしが? 魔導卿と?」
訳が分からなくなってフーカが狼狽えている。
それはそうだろう。ついさっきまで無能者、出来損ないと呼ばれていた自分が、魔導卿から誘われているのだ。
「ちょ、ちょっとお待ちいただきたい! 何故にその者を魔導卿が迎え入れるのですか!?」
ザハリーが大声で異議を唱えだした。
隣ではジェスターも同じような顔をしている。
「何故もなにも、この娘が優秀だからですよ」
「優秀? こいつが?」
ジェスターも食って掛かる。
「ええ。ここにいる魔術師の誰よりも優秀ですよ。それを見抜けなかったのは、貴方がたが彼女より劣っているからです」
「そんな、馬鹿な」
魔導卿はやれやれといった感じで首を振った。
「どうにも出来の悪い貴方がたのために、特別に説明して差し上げましょう。この娘はヒト族として異常ともいえるほど高い魔力を秘めています。それが原因で、どの術式も発動前に限界を迎えてしまうのです」
「!?」
「そこの貴方が用意したという聖雷撃の術式、あれには自動発動の副式が埋め込まれていました。術者の技量に関係なく、展開すれば必ず術式が発動するようになるという。そう、術者の技量に関係なく。でも実際には正常に発動しなかった。それはこの娘の魔力が高すぎて術式が発動前に破綻したからです」
「そ、そんな……」
「貴方が狙ったのは、この場にいる最も魔力の高い者を狙い撃ちにすること。その術式も副式として組み込まれていましたが、結果はほとんどの雷撃がこの娘に向かうことになった。術者を除いて、という術式の制限を無視して。そして、雷撃がこの娘に向かったことが、最も強い魔力を持つのはこの娘だということを証明しています」
「……ば、馬鹿な……」
「先ほどの火弾の術式展開、あれを見てそれが分からないようでは、どのみち魔術師を名乗る資格はありませんねぇ。それにしても、よくあそこまで制御できるようになりましたね。独力では大変だったでしょう」
魔導卿はフーカに労いの言葉をかけた。
予想外の言葉をもらってはじめはきょとんとしていたが、やがて魔導卿から褒められたのだと分かると、見る見るうちにフーカの目に涙が膨らんでいった。
「やっぱりそうか。なんかおかしいなとは思ってたんだが」
「もっと早くに見せてもらうべきだったかもしれませんね。マスターにもお手間をかけさせてしまいました」
魔導卿が師匠に向かって頭を下げた。
いつの間にかリホが降りてきていて、フーカを抱きしめながらよしよしをしている。
「それで先ほどのお願いの件なのですが……」
「本人がいいなら、いいんじゃないか? 魔導卿のお墨付きというなら、面白そうだし」
「フーカちゃん、一緒に行こうよ! ね、行こう?」
リホがフーカを熱心に誘っている。同性の仲良い友達が一緒に来てくれるなら、「死の大地」での生活ももっと楽しくなる。
「決めるのはフーカ本人ですよ。で、どうしますか?」
「わ、私は………」
皆の視線がフーカに集まった。




