三幕五場 「裁きを申し渡す!ってやつですか?」
「やれやれ、こんな茶番につきあうことになるとは……」
リホと師匠以外の、見るものすべてを圧倒した魔導卿は、床にひれ伏す面々をみてそう呟いた。
「いいじゃないですか。ここにいるのは、つまるところみ~んな魔導卿の弟子みたいなもんなんですから」
「………こんな連中を弟子にとった覚えはありませんよ」
魔導卿が無表情で答える。
二千年前の魔導の創始者からすれば、現代の魔術師のことなど興味のかけらもないのだろう。
「ま、魔導卿が、生きておられた………」
「伝説の、魔導卿がいま、目の前に………」
ザハリーとジェスターは揃って頭を床にこすりつけ、ブルブルと震えている。
魔術を志す者、特に彼らのように魔術師至上主義を掲げるものにとっては、魔導卿は神にも等しい存在だった。
それでなくとも、今目の前に聳え立っている魔導卿からは、今まで経験したことなどない程の、圧倒的な魔力と存在感を感じる。
閲覧席にいた生徒達などは、魔導卿の存在を学院のテキストの中の人物としてしか認識していなかったが、そんなことよりも今起きている圧倒的な現実に、驚き伏せるしかなかった。
「それで、改めて事の次第を説明してもらえますか? ここまで私を駆り出しておいて、何もありませんでした、では済まされませんよ?」
その言葉にザハリーとジェスターは一段と震え上がる。
「あのですねぇ……」
リホがこれまでの顛末を語っていった。
学院内の派閥争いのこと。フーカが魔術を扱えなくなってしまったこと。師匠にお願いしてフーカの練習につきあっていたこと。
そして残留試験の本番で術式が暴発し、フーカが黒焦げになったこと。
その後のザハリーとジェスターの言い争い。
リホは自分が知っていることを包み隠さず魔導卿に伝えた。
自分達の名前が出るたびにザハリーとジェスターはいちいち体をビクッとさせていたが、リホが話し終わると一斉に自己弁護に走った。
「魔導卿様、これは魔術の将来を見据えての、止むを得ない事態だったのです! 私達開放派が学院を導いてこそ、魔術師の明るい未来が確立されるのです!」
「私ども秘匿派こそが、魔導卿様の崇高なる教えを純粋に受け継ぎ、守り抜く唯一の存在であると確信しております。どうか、我らにお味方を!」
ジェスターとザハリーが必死になって訴える。
それを黙って聞いていた魔導卿だったが、やがて目に見える侮蔑の色をその顔に湛えながら言い切った。
「実に、くだらない争いです」
「くだらない、ですと!?」
「ええ、くだらない。くだらなすぎますよ。貴方がたは、そんな児戯に等しい争いをするために魔術師となったのですか? フレドとか言いましたね、貴方はこの学院を統べるものとして、このようなくだらない権力争いを放置しているのですか?」
「も、申し訳ございませんっ!」
フレドがますます頭を下げた。最早床に頭がめり込む勢いだ。
「貴方の管理責任については、後日メテリアに伝えて適切に処置してもらいます。それよりも―――」
そこで魔導卿はザハリーとジェスターの二人へ面と向かった。
「魔術師至上主義、とは何ですか? そんなもの、この私が唱えたと本気で思っているのですか? 私は魔術至上主義と言ったのであって、魔術師至上主義とは一言もいっていませんよ? なんですか、その馬鹿々々しい妄想は」
魔導卿がずいっと顔を近づけてくる。巨大骸骨が間近に迫ってくる。
(改めて見ると、魔導卿のアップ、怖いな~)
もう見慣れたはずのリホでもそう思ってしまう。
「魔導の道は深淵です。それを解き明かすことこそが魔導士の使命であり本望なのです。その意味で、貴方がたは皆等しく魔術の下僕たる存在なのです。魔術の研鑽に励み、まだ見ぬ魔術への渇望に全てを捧げてこそ、魔術師となった甲斐があるというものです。」
魔導卿は両手を拡げて演説を始めた。
それを見て、(あ、始まっちゃったか?)とリホは思ったが、黙ってみていることにした。
魔導卿はまずザハリーから槍玉にあげた。
「人が魔術を選ぶのではない。魔術が人を認めるのです。そして魔術に認められたものは、誰でもその深淵に触れることを許されるのです。それを一介の魔導士風情が自分達の勝手な価値観で以て魔術を授ける、授けないなどと。傲慢にもほどがあります」
「魔術師の数を増やすことが魔術師の地位向上に繋がる、などという考えも実に愚かです。魔術師の地位はただどれだけ魔術にその身を捧げたか、で測られるものです。魔術に惜しみない献身を果たしたものこそが最も尊いものとされるのです。俗世のものからどう思われようと、そのようなものは魔導の真髄とは無関係です。それを忘れてしまったというならば、貴方は最早魔術師とは呼べないでしょう」
返す刀で魔導卿はジェスターをバッサリ切り捨てる。魔導の創始者に魔術師失格の烙印を押され、ジェスターはガックリと項垂れた。
「つまるところ貴方がたは権力争いの政治闘争をしたいのでしょう? それならば貴族にでもなって、宮廷闘争でもしていればよろしいのでは? 少なくとも魔術学院の要職に就くものとしてふさわしい、とは言えませんね」
魔導卿はそこでフレドに向き直る」
「貴方はこの始末、どうつけるおつもりですか?」
「は、はい! 今回の騒動の責任を取って、ジェスター主任教授は解任、ザハリー副学長には降格処分を下します」
「そうですか。その上でご自身の監督責任も問われるということですね?」
「はい……メテリア様よりの沙汰をお待ちします」
「私は長らく俗世の雑事には関わらないように過ごしてきましたが、どうやらそうも言っていられない状況になりつつあるようです」
そこで魔導卿はリホのほうをちらっと見た。
「関わった以上、この学院が正しい魔術師を育成することができるよう、私の目が及ぶ限りはじっくり見させてもらいますよ」
魔導卿の目が及ばない範囲など、果たしてあるのだろうか?
そう思えば、これから学院の隅々まで魔導卿の影響が及ぶことは、決して悪いことではない気がした。
「それで、もう一つの問題ですが……」
魔導卿が今度はフーカのほうを向いた。
アンデッドの姿など初めて見るフーカは、思わず師匠の後ろに隠れてしまった。
「貴方が術式を暴発させるという生徒ですね。試験で使用したのはどんな術式ですか?」
「あ、あの、それは………エメル先生から貰った、聖雷撃の術式で……」
「もらった?」
「は、はい。羊皮紙に描かれた術式を、契約で使えるようにしてもらったです」
「その紙は今ありますか?」
「いえ、私は持っていません。エメル先生が、持って帰ったので……」
フーカがエメルの方を見つめる。
それを見て魔導卿も、視線の先にいる魔術師へ顔を向けることになった。
魔導卿の視線を浴びたエメルは、ガタガタ震えながら、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。フーカの言っていた術式の描かれたものだ。
「それをこちらへ見せてください」
エメルは震える両腕で羊皮紙を差し出した。
リホがそれを受け取り、魔導卿の顔の前で拡げる。
「ふむ」
術式を判読していた魔導卿の目に、怪しい光が強く灯っていくのが見えた。




