三幕五場 「堪忍袋の緒が切れる」
「フーカちゃんっ!!」
リホは閲覧席から操練場の中へ飛び込んだ。
黒焦げのまま仁王立ち状態のフーカの元へ駆け寄る。
爆発の影響から立ち直った魔術師達が、リホの姿を認めて杖を取り出した。
「何者だっ!」
捕縛結界だろうか、オレンジ色の術式を発動させると、そこから光がリホ目がけて飛んできた。
合計4本。避けられそうにない。
リホは黒焦げのフーカを抱えて身を伏せた。
「――――――ん?」
何も起こらない。
魔術師達は再度術式を発動させた。今度は捕縛ではなく麻痺させる術式や眠りの術式など、それぞれが異なる魔術を放ったのだが。
「な、なんだ? なぜ魔術が効かんのだ!?」
全ての魔術はリホとフーカに届く直前で、フッと虚空に消え去ってしまっていた。
「全く、お前が先に飛び出してどうする」
だしぬけにリホの真横に師匠が現れた。
そうか、今のは師匠の力か。
「すいません。ありがとうございます」
「それより、そいつだ」
そう言って師匠は『収納袋』をゴソゴソと漁って何かを探していた。
「あった。これを飲ませろ」
「これ、ポーションですか?」
「そんなもんだ」
(そんなもん、って。そんなもん、飲ませていいの?)
それでもリホはフーカの口を開けて、師匠から授かったポーション風の液体を飲ませていった。
途端にフーカの体が光り輝き、やがてそれが収まると、フーカは元通りになっていた。
焼け焦げた服は戻らなかったが。
「フーカちゃん!?」
呼びかけると、フーカはうっすら目を開いた。
「あ、あれ、リホさん……どうしたんですか? ここは……?」
「ここは学院の中よ。フーカちゃんの術が暴発して、黒焦げになっていたところ。大丈夫?」
「あ、はい……、なんだか、すっきりしています。すごく体が軽いというか、なんなんでしょう、これ」
「どうも見た目ほど酷くなかったようだな。逆に効き過ぎたか」
師匠のくれたポーション風の液体に頼るまでもなく、フーカは意外と軽傷だったということか。
その状態で飲んだために、余計に元気が漲ってきたと。
「よかった~、心配したよぉ~」
リホはフーカを抱きしめながらオンオン泣き始めた。
フーカのほうはまだ状況が飲み込み切れずポカンとしている。
「貴様らは何者だ! どこから侵入してきたっ?」
「どこからって、正門からだが?」
ジェスター主任教授の問いに師匠が即答する。確かに間違ってはいない。
「ふざけるなっ。部外者がのこのこと学院内に入れる訳がなかろう。何が目的だ?」
いつもの冷静さを失ってジェスターが叫ぶ。
それも無理もない。目の前で自分の完璧な計画が水の泡になったのだから。
「―――その前に、導士に尋ねたいことがあるのだが?」
そんなジェスターに、ゆっくりとザハリー副学長が近付く。
「先ほど学長と私を見て、『なぜ無事なのだ』と言われたな? その真意を聞こうではないか」
「うぬぅ」
「あれではまるで、学長か私が死ぬとでも思っていたかのようだが? それを前もって知っていたというのかね、ジェスター導士?」
「…………」
「それとも、はじめから殺す気だったのかね? ―――この私を?」
「貴様が邪魔をしなければ、どうとでもなったものを」
「私が邪魔を?」
「貴様が張った結界のせいで、学長には傷一つ付けられなかった! 貴様のせいでっ!」
「ザハリーが守らんでも、わしは何ともなかったぞい?」
フレド学長がのんびりとした口調で話に割って入った。
「は? それはどういう……」
「フーカの発動した術式、多少は他所へ漏れ出たようじゃったが、大半は本人へ向かっていったぞ?」
「そんな、馬鹿な? あれは発動者には影響はしないはず。第一あの術式は最も魔力の高いものに向かうよう―――」
「それで学長を狙った、という訳か。そしてあわよくば私も巻き添えにして」
ザハリーが厳めしい顔でジェスターを睨む。
操練場にいた魔術師達は、事の成り行きを固唾をのんで見守っている。
いつの間にか窓の外で試験を眺めていた生徒達も、閲覧席の方へ入ってきていた。
その中には先日フーカを心底傷つけたメアリの姿もあった。
「ふむ、さて、どういうつもりかの、ジェスター主任教授」
フレドがジェスターに説明を促す。いつの間にか笑顔が消えていた。
「………貴方がもっとはっきりとした態度を取っていてくれさえすれば、こんな面倒なことをする必要はなかったのだ!」
「わしの態度?」
「そうだっ。貴方が我々開放派に組しさえすれば、それで全て終わっていたのだ。それをいつまでもずるずると秘匿派の連中を庇うように……」
「わしは別に誰を庇うつもりも持っとらんがな。あくまで学院にとって有益な人物を重用しているつもりだが」
「それならば我が開放派こそが、学院にとって最も益をもたらす存在でしょう」
「貴様ら開放派が学院に益をもたらすだと? 聞いて呆れるわ」
ザハリーが冷笑を浮かべた。
「貴様らのやっていることは、魔術の価値を貶め、魔術師の地位を低下させることに過ぎん。魔術は選ばれし者が使ってこそ、その価値が高まるのだ。それをその辺の有象無象にやたらと分け与えていては、魔術の未来は無きに等しい」
「貴様らこそ、そうやって自らの殻に閉じこもって魔術の衰退を招いているだけではないか! 魔術が選ばれた者だけが使える、などと世迷言を言っている間に、魔術師はどんどん数を減らしていくのだ。数こそ正義だ。魔術師の数が増えれば増えるほど、我々の発言権が増して、この世界での我々魔術師の地位も向上するのだ。なぜそれが分からん!」
ザハリーとジェスターは向かい合って、互いに激論を交わしていた。
その様子を少し離れたところから黙ってみているフレド。
周りの魔術師達は、自分達の派閥の主が直接論戦を繰り広げている様を、為すすべなく見ているしかなかった。
閲覧席に入り込んだ生徒達も無論困惑している。
「貴様ら秘匿派が実権を握った日には、学院の衰退は目に見えているのだ。現に今学院に多額の寄付を寄越してくれている生徒宅は、ほとんどが開放派に賛同しているのだぞ?」
「そうやって金に物を言わせて教員を買収しているのが、貴様らのやり口ではないか。それでもまだ、我ら秘匿派の方が優勢だが?」
「そうやって胡坐をかいていられるのも今の内だ、ということを知らしめるために……」
「それで今回のことを計画したのだな?」
ザハリーがジェスターへ詰め寄る。
「この計画が上手くいけば一挙に開放派が実権を握り、学長の座を手に入れられたものを……」
「そのためにこの無能者の試験を利用したのだな? 暴発に見せかけて学長と私を亡き者にするために」
「この出来損ないがちゃんと術式を発動させていれば……貴様のせいで、貴様のせいでっ」
「―――ふざけるなぁっ」
ブチ切れたリホの叫び声が操練場に響いた。




