三幕四場 「わたしのほうが緊張してるんですけど」
その日は朝からずっと曇りがちだった。
「なんだか、すっきりしない天気ですね」
リホは自分の今の気持ちを表しているような天気だ、と思った。
『水龍亭』での朝食も、あまり腹に入らなかった。
午前中は特にすることもなく、部屋でぼーっと過ごしていた。
残留試験の行われる午後になって、ようやく動き始めたリホは、それでもずっと姿を見せないフーカのことを考えていた。
あれからフーカが空き地に現れることはなかった。
魔導卿から忠告されたとおりに、リホは学院内に忍び込むような真似はしなかったが、フーカの身に何か起きたのではないか、と思うと心配で仕方がなかった。
一方で、自分がそんなにもフーカのことが気にかかる理由を、少し冷静になって考えることもできるようになっていた。
(フーカちゃんのことが気になるのは、きっとわたしと共通する部分があるから。周囲からの仕打ちや、自分の力に対しての想いや、そういうところでわたしがフーカちゃんに、わたし自身を映して見ているから)
リホは自分が、フーカに対して自身の姿を投影していることを認めた。その上でフーカのことを、フーカ自身の問題として見守ってあげたい、と考えるようになっていた。
「そろそろいくのか?」
師匠が部屋に入ってきた。このところ師匠は日中どこかへ出かけていることが多かった。
「はい、もう少ししたら試験の時間になりますから。師匠、ほんとにありがとうございます」
そう言ってリホは改めて師匠に頭を下げた。これからフーカの試験を見届けに学院に忍び込むのに、師匠の協力は不可欠だ。
「結局、フーカは来なかったな。お前、もし試験場にフーカが来なかったり、試験そのものが中止になっていたりしたらどうする?」
「その時は…………それを受け入れます」
「そうか」
そうしてリホと師匠は『水龍亭』を出て、学院の方へ向かっていった。
学院の正門の近くで姿隠しの指輪を発動させ、リホが師匠の後ろにぴったりと貼りつく格好で、二人は学院の中へ入っていった。
守衛の魔術師の目はもちろんのこと、門に設置されているという魔力探知の目も、師匠と一体化することで潜り抜けられることは、前回すでに実証済みだ。
難なく正門を突破した二人は、今回はリホが師匠の手を引く形になって、試験が行われると聞いていた学院の東側の外部棟へ向かった。
そこはこの前入り込んだ教室などが並んでいる棟の更に外側に位置しており、大規模な魔術行使に使用する操練場などが入っている建物だった。
その一角に既に人だかりが見える建物があった。
「きっとあそこですね」
そう言ってリホは窓から中を覗き込んでいる生徒達を尻目に、開け放されている扉からそお~っと中を窺った。
(!! フーカちゃん………)
操練場の中央には、杖を携えて立っているフーカの姿があった。緊張のためか、元々の白さよりも余計に顔色が薄く見える。
フーカの正面には的らしき人型の模型が置いてあり、その奥の観客席らしき場所に、数人の法衣姿があった。
(フーカちゃん、ちゃんと試験受けに来られたんだ……、良かった)
空き地での練習に現れなくなったことで、試験そのものを辞めてしまうのではないか、という不安を抱いていたリホは、それだけで幾分ホッとしたのだった。
操練場は思っていたよりも広く、天井も高い造りをしていた。大規模魔術の行使にも使えるようにとのことなのだろうか。
周囲には3段ほどの簡易席が設えてあり、そこにも数名の法衣を来た魔術師らしき姿があった。見た目からすると学院の先生なのだろう。中には生徒は入れないようで、先ほどのように窓越しに中を覗き込んでいる者たちが、窓々に見えていた。
試験はまだ始まっていないのか、魔術師達が何か言葉を交わしている。
その中でフーカが一人、操練場の真ん中に立っているのを見ると、何ともやるせない気持ちがした。
「(フーカちゃん、大丈夫でしょうか)」
「(出てきているんだ、何らかの思いがあってここにいるんだろう。まずは信じて見ていてやれ)」
リホは入り口すぐの席の最前列にいき、腰かけた。
フーカの表情が見えるが、かなり緊張しているのが分かる。
やがて一人の魔術師が席から場内に降りてきた。
「これより、ヴィステリウム魔術大学院上期残留試験を開始する。フーカ・マレット!」
名前を呼ばれてフーカが一歩前へ出る。両手で杖を握りしめている。
「貴殿は、今期における学院内での成績が著しく低迷していた。よって、下期の学院残留を測るためにここに試験を行うものとする。異議はないか?」
「………ありません」
フーカは問われるままに答えたが、声がやや震えている。
「それではこれより残留試験を始めるものとする。試験は貴殿の最も得意とする術式を発動させ、その操作と結果を見るものとする。なお、試験の判定員はフレド学長、ザハリー副学長、ジェスター主任教授の三名とし、他に見届け人として担当教授のエメル師が立ち会うこととする」
フーカは自分の目の前に座っている魔術師達にお辞儀をした。
おそらくあれが、今名前の挙がった学長達なのだろう。
正面に座っている三人の魔術師の、真ん中の小柄な老人がフーカへ向かって右手を軽く挙げた。右側にいる長身の厳めしい表情をした魔術師と、反対側の一見魔術師には見えない体格をした壮年の男は、微動だにしなかった。
いよいよだ。リホは思わず師匠の手を握りこんでしまった。
「(うまく発動できるといいんですが……あれからどれくらい発動率が良くなったんでしょう?)」
「(さあな。どうでもいいが手を握り過ぎだ)」
フーカが足を少し開いて、術式の発動へ入る。
胸の高さに杖を横たえ、目を閉じて精神を集中させる。
やがてフーカの前面に、緑色の大きな術式が浮かび上がった。
「(!? えっ? あれ、火弾じゃなくないですか?)」
これまでフーカの練習に付き合ってさんざん見てきていた、火弾の術式とは異なる術式が、フーカの目の前に展開されている。火弾よりも随分複雑なもののようで、主式の周囲にいくつもの副式が展開されている。
「(どういうことだ? 新しい術式でも会得したのか?)」
「(そんな、火弾ですら苦労していたのに……一体、なぜ?)」
そんなリホ達の疑問を他所に、フーカはどんどん展開を進めていく。
術式は更に大きく複雑になり、空いていた中央部分にも術式が浮かび上がった。
フーカの髪は逆立ち、周囲にはパチパチと火花が飛んでいる。
リホはこんな姿のフーカを見たことがなかった。初めて出会った、術式を暴走させたときの様子とも違う。
「―――っ!」
フーカがかっと目を開いた。
そして杖を振りかぶり、一歩踏み出す。
「聖雷撃!」
杖を振り下ろすと同時に、術式から眩いばかりの光が迸った。
そして耳を劈く轟音。
操練場全体がビリビリと震えるのを感じた。
それだけではなく、どうやら雷撃がどこかに当たったらしい、壁が壊れるような音も派手に鳴り響いた。
「!!」
リホも思わず目を閉じてしまった。何が起きたのか、一瞬見失ってしまう。
「いかんな」
隣で師匠の声がして、リホはかろうじて薄目で場内を確認しようとして、次いで目を見開いた。
そこには、黒焦げになったまま立ち尽くしているフーカの姿があったのだった。




