三幕四場 「すぐに何かしてあげればいいって訳じゃない」
「フーカちゃん、来ないですね………」
その夜、フーカはリホ達のところへ来なかった。
日没前に空き地にいるから、来られるときはいつでも来てね、とフーカに伝えてはあったが、来られないときがあるとは思ってもいなかった。
「何かあったんでしょうか? 授業で失敗したとか」
「それは今に始まった話じゃないだろう」
そう言われればそうなのだが、それでも気になってしまう。
「そんなに気になるなら、お前学院へ行って様子を見てくるか?」
また師匠がトンデモ提案をしてくる。
「師匠も来てくれるんですか?」
「いや、行かんぞ?」
「じゃあダメじゃないですか。私だけじゃ姿を隠しても、魔力探知にひっかかっちゃいますよ。それに、中に入れたとしても、フーカちゃんがどこにいるのか分からないし……」
学院内の寄宿舎にいることは前に聞いていた。だが学院には複数の寄宿舎があり、そのどこにフーカがいるのかまでは判らなかった。
「調子の良くない日もあるだろうさ。試験までの残りの日を、全部ここで練習するわけでもなかろう。それじゃあ、お前の鍛錬を始めるか」
「もうちょっとだけ、待ってもらえません? もしかしたら、居残りとかで遅くなってくるかもしれないし」
しかしその日、フーカが現れることはなかった。
リホは後ろ髪を引かれる思いながらも、自分の鍛錬を終えて、『水龍亭』へ戻ったのだった。
翌日も、その次の日も、フーカは練習に来なかった。
「やっぱり何かあったんじゃないですか!? フーカちゃん、何か酷い怪我をしたとか、病気にかかったとか、もしかしたら、もう学院を辞めちゃったとか―――」
「落ち着けって」
この2,3日、心配で食事も落ち着いて取れなかったリホは、すっかり慌ててしまっていた。
「これはもう、わたしが様子を見に行くしか……」
「だから、入れないんだろ?」
「う~~~、もう、なんとかならないんですかっ?」
姿隠しの指輪を付けても、学院の門に設置されているという魔力探知には、どうしても引っかかってしまう。
それを回避するには、以前みたいに師匠にくっついて一緒に侵入するしか手はないのだが、師匠からは『お前が責任を持つと言ったんだから、俺は手を貸さん』の一点張りだった。
「こうなったら………、師匠、通信機貸してください!」
リホは師匠から魔導通信機を奪い取ると、魔導卿を呼び出した。
「ちょっと、魔導卿? ま・ど・う・きょ・う!?」
「……なんですか、騒々しい」
魔導卿がかなり面倒くさそうに応答してきた。
「何か魔力を隠せるいい魔道具ないですか? わたしの分だけでいいのでっ」
「そんなものをどうするんですか?」
「わたしが学院に潜入します!」
「何のために?」
リホはそこで、フーカが危機に瀕しているかもしれないことを、魔導卿に滔々と語り上げた。
魔導卿は黙って話を聞いていたが、リホの語りがひと段落着くと、静かに話し始めた。
「なるほど。そのフーカという娘が、先日マスターがお話しされていた術式を暴発させる生徒なのですね。それで、貴方が学院内に潜入したとして、それから貴方はどうするおつもりですか?」
「フーカちゃんを探して、様子を見てきます」
「様子を見て、どうするんですか?」
「何か困っていることがあれば、助けてあげて―――」
「何を助けてあげられるのですか? 病気だったら、怪我をしていたら、癒しますか? 貴方にその力があるのですか?」
「それは、ないですけど」
「ではそうではなく、その娘がただ単に練習に来る気がなかっただけだったら、どうしますか? 練習に来るように説得するのですか?」
「それは………」
「貴方がそれをすることが、その娘にとって本当に役に立つのですか? その娘は今、貴方の助けを本当に必要としているのですか?」
「…………………」
「貴方がそのフーカという生徒を心配することと、その娘に何かをすることとは、必ずしも同じではないのですよ。心配だからすぐに何かしてあげよう、というのは、貴方が自分の心配を紛らわせるための手段にもなりえます」
魔導卿からの鋭い指摘を受けて、リホは黙り込んでしまった。そう言われてしまえば、ここにフーカが来ないことも、フーカ自身がそれを選択した、と考えられてしまう。
「何でもかんでも思ったからすぐに動けばいい訳ではありません。動けることは大切ですが、動かない判断を下すことも、また必要なことなのだと思いますよ」
魔導卿は声を荒げるでもなく、淡々とリホに向かって話をした。
魔導卿に言われていることは、この間師匠に言われたことと似ている。
『お前が間違ったのは、状況を確認する前に手を出したことだ。大方フーカのことを見て頭に血が上ったんだろう。冷静な判断を下す前に手を出したのが、今回の失敗だ』
今もそうだ。
自分の不安ばかりが先走って、冷静に状況を見極められなくなっていた。
リホは目を閉じて大きく息を吐いた。
「分かりました。わたしが焦っていました。でも、それではわたしは何をしたらいいんでしょうか」
「どのみち残留試験とやらまであと幾日もないはずです。そこには確実にその娘も現れるでしょう。それを見守ることが、貴方にできることではないかと、私は考えますが」
「………そうですね、たしかに、魔導卿の言うとおりです。試験の日まで信じて待ちたいと思います。ありがとうございました」
そう言ってリホは通信を切った。不安な気持ちはまだあるが、フーカを信じてみよう。あれだけ頑張ってきたフーカだから、きっと諦めずに残留試験に全力で臨んでくるだろう。
その時に自分がしっかりとフーカを応援すればいい。
「師匠、残留試験の日に、わたしと一緒に学院に潜入してもらえませんか? どうか、お願いします!」
リホは腰を直角に折って師匠に向かって頭を下げた。
「まあ、いいだろう。こっちも残留試験とやらは見てみたかったしな」
「ありがとうございます!」
こうしてリホは師匠の協力を得て、試験の行われる日まで、空き地でフーカを待ち続けた。
そして。
残留試験の日がやってきた。




