三幕三場 「どこの世界にもこういう子っているのね」
「しっかし、お嬢ちゃんも飽きないねぇ」
槌を振るって金属片を成形しつつ、ドーエンはニカリと笑いながらリホに話しかけた。
街の散策もほとんどの場所に行ってしまい、することの無くなったリホは、日中ドーエンの工房にお邪魔することが多かった。
魔道具を製作する過程が面白いのか、ドーエンや弟子達が魔道具を作り上げるところをじっと見つめている。
そんなリホのことを、ドーエン達もいつのまにか受け入れていた。
何せ、見た目を言えばハーフエルフの血を引くリホは、かなり整った姿形をしている。
そんな女の子が、じっと自分の仕事ぶりを見つめてくれている、となれば、誰も悪い気はしなかった。
「ドーエンさんは、自分で道具も作るんですね?」
「ああ、ウチはオーダーメイドが主な仕事だからな。依頼主の希望に合わせて、欲しいものを唯一無二のものとして仕上げる。それが俺たちの自慢と誇りなんだよ」
ドーエンは軽く逸らした胸を拳でドン、と叩く。
一緒に作業をしている弟子達も、ウンウンと頷いている。
「そっかぁ~。道具製作から自前で全部やるなんて、皆さん凄いですね」
リホに褒められてドーエンはじめ工房の男共は、すっかりいい気になってしまった。
リホにはそんなつもりは全くないのだが。
「もし良かったら、お嬢ちゃんにも何か作ってやろうか? うんと勉強しとくぜ?」
リホはそう言われて、自分が持っている魔道具のことを思い返した。
「あ、え~っと、うん、いまのところは、大丈夫かな? また何か必要になりそうだったら、お願いするかも、かな?」
かな? のところで少し首を傾げたリホの様子に、ますます気合の入る職人たち。
そこでリホはあることを思い出した。
「そういえばドーエンさん、前に魔道具を作るときって、魔石に術式を付与するって聞きましたけど……」
「それがどうした?」
「魔石を使わずに、道具そのものに術式を付与するというのは、難しいんですか?」
ドーエン以下、職人たちはポカンと手が止まってしまった。
「何言ってんだい、お嬢ちゃん? 魔石なしで術式付与をするって? そんなこと、できるわけないだろう。魔石は術式を付与するために不可欠なんだよ」
「じゃあ、無理なんですか?」
「無理っていうか………、もしそんなことできるとしたら、とんでもない魔術の神様みたいな存在しかいねえよ。なんたって、学院の魔導士様だって自分達で術式を付与するのに、俺らに魔石の取り付けを依頼してくるんだからな」
そういえば最初にここを訪れたときに、学院からの依頼品に魔石を取り付けていたところに遭遇していた。
(えっ、じゃあ、魔導卿がわたしの棒に術式をくっつけたっていうのは、とんでもない神業ってことなの? やっば~)
棒だけでなく『収納袋』や結界具なども、魔石はついていない。それら全てに、魔導卿はとんでもない高度な術式を付与しているのだ。
改めて自分が持っている物が、ここではどれほどの価値にあたるのかを再認識し、一人でこっそり震えているリホだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の授業はいつにも増して辛かった。
ここ数日、担当教授であるエメルの当たりが一段と厳しくなっていた。
不発が減ったせいで暴発がより目立つようになってしまったフーカに対して、エメルは容赦ない言葉を投げつけた。
「そんなことでは、とてもではありませんが残留試験の突破はむりですねぇ」
「何度暴発させていれば気が済むんですか? それともそれがあなたの魔術なんですか?」
「火弾すらまともに発動できないなんて、大鈍鬼にも劣りますよ?」
「あなたのような無能を指導しなければならないこちらの身にもなってほしいものですねぇ。私の貴重な時間を返してもらえますか?」
フーカはじっと身を竦めて耐えていた。
これまでだって、エメル教授からは酷いことを言われ続けてきた。
自分が魔術を扱えなくなって、周りに迷惑をかけていることも知っている。
でも、それでも懸命に努力してきた。
誰よりも魔術発動について調べ上げ、試行錯誤してきた。
そうしてほんの少しではあるが、前よりも良くなった部分がある。
メアリをはじめ数は少ないが、自分のことを認めてくれている級友がいる。
何よりも毎晩自分を励まして見守ってくれている、リホとお師匠様がいる。
そう思って、泣きそうになるのを堪えながら、フーカはエメルの仕置に一人耐え抜いていた。
「…………………………はぁぁぁ」
廊下に出たところで、フーカは大きなため息をついた。
結局授業後もエメルに呼ばれ、教授室でネチネチと嫌味を言われ続けた。
途中から、フーカの出来の悪さを指摘するよりも、残留試験に落ちた時に自分にもとばっちりがくることへの恨みを、延々と聞かされる羽目になったのだが、きっとそれがエメルの本音なのだろう。
「結局は、そういうことなんだろうな」
自分のことを本気で心配してくれる人なんて、少ないのだ。
フーカは落ち込んだ気分を抱えながら、荷物を取りに自分の教室へ戻った。
教室では何人かの生徒が残って話し込んでいるらしい。
扉を開けようとしたフーカの手がそこで止まった。
「………つうかさ、火弾が暴発って、ホントにありえないよねぇ~」
「ホントホント。意味わかんない。あんな初歩の術式すら制御できないなんて」
「あいつ去年調子に乗ってたからさ。今年のあの姿見てると、いい気味だわって思うわ」
聞こえてきた声の主は、メアリ。
他の声も、いつもフーカのことを心配してくれていた数少ない友達のものだった。
フーカは教室の扉の前で固まった。
何? どういうこと? 何を話しているの?
考えようとするが、頭が、働かなかった。
「大体さ、あんな貧乏学生が伝統ある魔術大学院に入学してきたのが間違いなのよ。ちょっと魔術が扱えたからって、いい気になってさ」
「そうそう。去年の期末考査発表の時のあいつの顔、見た? こんなの当たり前で~すって、澄ました顔決め込んでさ。ムカつくったらありゃしない」
「自分のことイケてるとでも思ってんのかね? あんなつるペタな体してさ」
「案外あ~いうのが好みの教授とかがいたりして」
「アッハッハッハ~。マジでキモいんだけど」
聞こえてくる会話のあまりの内容に気持ちの処理が追い付かず、その場から動けずにいたフーカは、声の主たちが徐々に近づいてきていることにも気が付かなかった。
ガチャリ。
扉が開いて、中からメアリと数人の級友の顔が見えた。
目の前にフーカがいることに気づいて、ぎょっとなる一同。
互いにしばらく固まっていたが、やがてメアリが口を開いた。
「………ふん、こんなところで盗み聞きするなんて、やっぱりあんたは最低ね!」
メアリの発言をきっかけに、後ろにいた級友たちもキッとフーカのことを睨みだす。
「あんたなんて、とっとといなくなればいいのに!」
「……………メアリちゃん、どうして………」
「どうして、じゃないわよ。あたしはねえ、あんたのことなんか端から嫌いなのよ。あんたみたいな、出来損ないの貧乏学生はね!」
そう言ってメアリはフーカの両肩を強く押した。
よろけるフーカ。メアリは止まらない。
「だいたい、あんたは生意気なのよ。寄付もできない貧乏人のくせして、優等生ぶって! あんたなんかより、わたしのほうがずっと優秀だし、学院に貢献してるわ!」
メアリの実家は裕福な商人で、毎年多額の寄付を学院にしている、と本人も得意そうに話をしていたのを聞いたことがある。
でも、それはフーカ本人とは関係のないことだと思っていた。
なおもメアリはフーカを突き飛ばしながら責めたてる。
「あんたが去年の期末考査で最優秀生徒に選ばれたせいで、わたしが実家からどれだけ文句言われたかわかる!? 期待していたのに訳の分からない生徒に負けた、一家の恥を晒す気かって、全員から叱られたんだから! みんなあんたのせいよ! あんたがいるから!」
いっそう激しく突き飛ばされて、とうとうフーカは廊下に尻もちをついてしまった。
フーカは何も言い返せない。
「魔術が使えなくなったんだったら、自分からとっとと辞めればいいのに。いつまでも無能ぶりをさらけ出してしがみつくなんて、みっともないったらありゃしない」
少し落ち着いたのか、メアリが腕を組んで見下ろした。
「退学処分が決まるまで、せいぜい楽しませてもらおうと思ってたけど、もういいわ。あんたなんか友達でもなんでもないから。これからわたしに二度と話しかけてこないでね」
言い放ったメアリは、お供の級友たちを引き連れていなくなった。
フーカはその場で座り込んだまま、長い間動くことが出来なかった。




