三幕三場 「そんな大層なものだとは知りませんでした…」
月間PVが1000に届きそうです。これも皆さまのおかげです!
「―――以上が、下期の予算案と運営方針の概要になります」
「ふむ、ご苦労様でした」
「フレド学長のご勇退まで、このザハリーが責任を持って学院を運営して参ります」
そう言ってザハリー副学長は、目の前に座っているフレド学長へ深々と頭を下げた。
隣のジェスター主任教授は無表情のまま、その姿を目の端で捉えている。
「次の春まで二人には何かと世話になることも多いが、何事も力を合わせてよしなに頼むゾ?」
随分と大きい学長机の奥にちんまりと座っているフレドは、ザハリーとジェスターの二人に対して、にっこりと微笑んだ。
「お任せください」
今度はジェスターが先に口を開いて、頭を下げた。
だがどこか機械的な挨拶にも聞こえる。
「それでは失礼いたします」
ザハリーとジェスターは学長室を後にする。
扉が閉まったところで、ジェスターが話しかけた。
「先日はエメル師が副学長に随分とご心配をおかけしたようですな」
「なに、それほど心配をしている訳ではない。ああ見えてエメル師はしっかりと職務を果たしてくれるだろうと、期待しておるのだよ、私は」
「そうでしたか。そこまで気にかけていただいておるのは、光栄の極みでしょうな。わたしくしからもエメル師に伝えておきましょう」
「くれぐれも無理な指導はしないように、伝えておいてくれたまえ。残留試験前に滅多なことが起きては元も子もないからな」
そう言ってザハリーはジェスターのことを少しも見ずに、副学長室の方へ歩いていく。
その後ろ姿をジェスターは軽く頭を下げて見送っていたが、やがて扉の閉まる音がすると、ゆっくりと頭を上げた。その顔には侮蔑の色が滲んでいる。
「ふん、学長に阿る腰巾着風情が。………残留試験での貴様の驚く顔が見ものだな」
そう言うと、法衣を翻らせて自分の部屋へと去っていった。
学長室の扉の奥で、フレドは今のやり取りを全て聞いていた。
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ、二人とも、まだ若いのぉ~」
フレドは愉快そうに肩を揺らして笑っていた。
フーカがリホ達の結界内で魔術の練習をするようになって、数日が過ぎた。
日没後から2刻ほど、結界内で術式発動の反復練習をしていたが、目に見えた成果は上がっていない。
それでも周りの目を考えなくていい、ということが分かり始めて、フーカは以前より伸び伸びと練習に取り組むようになった。
そのおかげか、火弾の術式の不発がわずかながらに減ったようだった。
ただ、相変わらず暴発は起こしていて、その度にフーカは真っ黒に煤茶けている。
「………どうなんでしょうか、上達できていると思いますか?」
フーカの練習を見守っていたリホが師匠に尋ねた。
リホとしては、何としてもフーカに元の通りの魔術操式を取り戻して欲しい。
「俺に訊かれてもな。見たままだ、と答えるしかないが」
師匠はにべもない。
「前よりは術式が発動することのほうが多くなっている気がするんですが、暴発は相変わらずですからね。残留試験までに、もう少し安定して発動できるといいんですが」
残留試験が行われるのが、あと10日ほどだ、というのを、リホは最近フーカから聞かされた。
正直残りの日数を考えると、今のフーカの実力では不安が尽きない。
それでもフーカ本人は、毎日決まった時間に北街区隣の空き地へやってきて、結界内で目一杯練習に励んでいる。
この日も結局、まともに術式が発動することはなく、フーカは煤だらけの顔でお辞儀をして、学院へ戻っていった。
フーカを見送ったあと、同じ空き地で今度はリホが、自分の鍛錬に取り組む番となる。
愛用(?)の棒を取り出し、様々な型を一つ一つ動作を確認しながら仕上げていく。
呼吸法も併せて行いながら、こちらもたっぷり時間をかけて取り組んでいた
休憩時間に入ったところで、師匠が何故か魔導通信機を取り出した。
「魔導卿に連絡ですか? なにかありました?」
「ちょっとな」
そう言って師匠は通信機を作動させた。
すぐに小石型の通信機の上部に、小型の魔導卿の姿が映し出された。
「おや、どうされましたか、マスター」
「ちょっと卿に訊きたいことがあってな」
小さな魔導卿がひょこりと首を傾げる。
「どんなことでございましょう?」
「今ヴィステリウムにいるんだがな。学院の生徒で、しょっちゅう術式を暴発させる奴がいる」
「ほう」
「その暴発についてなんだが、火弾の術式が暴発したとして、屋根の梁を焼きぬくほどの威力がでるものなのか?」
「実際の様子を見ておりませんから、詳しいことはわかりませんが、火弾の術式が暴走して梁を焼き尽くすほどの高威力を発する、という可能性はなくはございません。ただ………」
「ただ?」
そこで魔導卿は再度首を傾げた。
「その生徒は無事なのですか? 火弾の術式が暴走してそれほどの威力になってしまったのなら、術者もただでは済まないと考えますが」
「毎回煤だらけになっているよ。もちろん、毎回そんな高出力の暴発をさせているわけではないけどな」
「逆に毎回そんなに術式を暴発させているのですか? それは………」
「中々に難儀な話だろ?」
「なぜそのような者とかかわりを?」
「こいつがな」
そう言って師匠はリホを指でさした。
「なるほど、よく分かりました」
「何が良く分かったんですか!? なんかちょっと嫌な気分がするんですけど!?」
「大方その者に同情して、協力を申し出たのでしょう? カルドの街でも同じようなことをして、結局手配される羽目になったのをお忘れでは?」
「そんな、あれは、ふ、不可抗力だったんですっ! 今回はちゃんと考えて」
「ちゃんと考えて、結界具を使わせているのですか? 貴方はあれがどれほどのものなのか、理解しているのですか?」
「だって、あれは………」
「くれぐれも、街の他の者に知られることのないようにしてください。あの街で結界具のことを知られたら、貴方二度と街から出られなくなりますよ」
魔導卿が淡々と脅してくる。言われてみれば、魔術師や魔道具工房がわんさか存在するこの街で、師匠の結界具のことを知られたら大騒ぎになりそうだ。
「…………気を付けます」
「よろしい。ではマスター、もし機会があればその生徒の様子、見物させてください。見れば何か詳しいことが分かるかもしれませんので」
「機会があればな」
話し終えた師匠は通信機を切った。
「…………気になってたんですか? フーカちゃんのこと」
「フーカのことというより、あの暴発がな。大ごとにならなきゃいいんだが」
「大ごとに………?」
リホは師匠が何について心配をしているのか聞きたかったが、師匠から鍛錬の再開を言い渡され、聞きそびれてしまった。




