三幕三場 「だって他人事の感じがしないんですもん」
「ここは、一体どういう場所なんですか? 何かの結界が張られているのは判りますが、その種類がまるで判りません」
「ん~とね、ここは、空間のいそう? いそうがね、普通とズレてるところでね? それで、ズレてるから外で何かあってもこっちは何ともないし、ここで何をしても外に影響が出ることはないんだよ?」
いちいち確認をとるように師匠の顔をチラ見しながら、リホがフーカに説明する。
そう、リホも未だにこの結界についてはよく知らないのだ。
「ほんとに影響が出ないんですか? 術式が暴発しても、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。気にすることはない」
自分が答えたほうが早いと思ったのか、師匠が返事する。
「まだよく理解できてないけど………でも、ありがとうございます! 私のために、こんな……」
「全然大したことじゃないから、そんなに気にしないで。それよりも、今からでも十分練習してよ」
リホはそう言ってフーカに練習を勧めた。因みに、全然大したことじゃない、なんてことはなく、この結界は魔導卿渾身の作だ。
リホに促されて、フーカは二人から距離を取り、反対方向に向かって術式の構築を始めた。
どうやら発動させるのは、前回と同じ火弾らしい。見覚えのある術式がフーカの前に形成されていく。
フーカは杖を握り集中を高めていくが、術式が発動する気配はない。
やがてフーカが杖を突き出して発動のきっかけを出すが、術式は発動することなく、次第に薄れていってしまった。
「ああ~」
リホは思わず声が漏れてしまった。フーカが魔術に取り組んでいる姿を見て、職業訓練所時代の自分のことを重ねて見てしまう。
自分も何度も何度も魔術に挑戦したが、術式を描くことも満足に出来なかった。
術式を構築できているフーカを見ると、それだけで十分才能があるように思えて、応援したくなる。
フーカは再度術式の構築にかかった。
その様子を見守っていたリホに、師匠がそっと近づく。
「お前、どうするつもりだ?」
「―――フーカちゃん、ですか?」
「結界を貸したはいいが、どこまで面倒見る気だ」
リホはそう問われて、じっと考え込んだ。
フーカと出会った時のこと、学院でのやり取り、今日の出来事。
共にいた時間は短い、でも―――。
「わたしは、最後まで見届けたいです」
「それは残留試験の結果まで、ということか?」
「はい。何だかこのまま別れる気になれなくて」
「ほう」
リホにもはっきりとした理由は判らない。でも、フーカのことをこのまま放っておくという選択肢は、リホの中にはなかった。
師匠はじっとリホを見ていたが、やがてフッと小さく笑いながら、リホに伝えた。
「好きなようにしてみろ。その代わり何があってもお前が責任を取れ。俺は関与しないぞ」
「わかりました」
ボンッ
「!?」
リホが驚いて振り向くと、フーカが術式を暴発させて、顔中を煤だらけにしていた。
翌朝。
『水龍亭』を訪ねてきた昨夜のフーカの被害者たちと共に、リホと師匠は被害のあった家へ出向いた。
被害のあったのは北街区の中の一角。思っていたより被害は大きく、4、5軒の家に何かしらの壊れた箇所が見つかった。
最も被害が大きかったのが、昨夜話をした屋根に穴が開いた、という男の家。
その穴を見た師匠は、ちょっと顔を曇らせて考え込んでしまった。
「どうしたんですか、師匠?」
既に表で昨晩ふっ飛ばした男へ丁重な謝罪を終えてきたリホが、師匠を見て尋ねた。師匠が考え込むことなんて、そうそうあるもんじゃない。
「ここを見ろ」
そう言って師匠は天井に開いた穴を指さす。
穴は拳大の大きさが3か所。恐らく火弾の跡だろう。
師匠の指さしている箇所は天井の梁が通っているところで、そこにぽっかりと火弾の通った丸い穴が空いている。
「ここがどうかしたんですか?」
「お前、それでも探索者か? 観察眼が足らんな」
そう言われて若干ムキになって、師匠の指さすところをじっと見つめるリホ。
「…………あれ、穴が全部炭化していますね。ずいぶんと綺麗に燃えましたねぇ」
「お前、火弾の燃える威力、どの程度だと思ってる?」
「火弾は初級魔術ですから、そんなに高くないはずですよ。普通の焚火程度の炎だったと思います。あくまでぶつけた時の衝撃が主な攻撃力で、炎はおまけみたいなものだって、確か説明された記憶があります」
そのおまけみたいな炎でさえ、自分は発動させられなかったんですけどね。
「それでこんなにしっかり、梁まで焼き尽くせると思うか?」
「確かに、言われてみればそうですね………かなりの高温だった、ということでしょうか?」
「実際に見ていないから何とも言えんがな。その可能性はあるだろう」
「………フーカちゃん、やっぱりすごい魔術師なんですね」
リホはフーカの本来の実力の一端を知れて嬉しかったが、師匠はまだ何かを考えこんでいるようだった。
被害のあった家々を回り、壊れた箇所の程度を確認した師匠は、その修理代として見込まれる額の倍額を支払うことにした。
師匠曰く、「それが誠意というもんだ」らしい。
気前のいい支払いっぷりに気を良くしたのか、師匠は訪問した先でちょっとした歓待を受けることになった。リホもちゃっかりご相伴にあずかることにした。
「学院の生徒さんも大変だよねぇ。残留試験なんてさ」
昨夜リホがふっ飛ばした男の家で、リホと師匠はお茶とお菓子をごちそうになっていた。
正直高価なものではないが、こういうのは気持ちがありがたいのだ。
男の妻が接待してくれたのだが、これがまたたいそう話好きの女性だった。
「あたしは学院の食堂で働いているんだけどね。生徒にもいろんな子がいて、地方から出てきて援助を受けながらコツコツ真面目に勉強する子もいれば、実家が太いのか遊び惚けながらテキトーに授業を受けてる連中もいてさ」
「学院も学院でやっぱり生徒の親からの寄付は欲しいから、寄付をたんまり出してくれるところの生徒にゃ甘いんだよ。逆に貧しい家庭出身の生徒には何かと当たりが強いのさ」
「しかも今学院内は派閥争いで分かれてきていてね。教授や准教授、講師たちもそれぞれに分かれて権力争いばっかしているから、それに巻き込まれる生徒が可哀そうさね」
お茶を飲みお菓子を食べながら、おかみさんの話は止まらなかった。
「その派閥って、あれですか? 秘匿派とか開放派とかいう」
リホは先日学院内でこっそり盗み聞きした会話を思い出した。
「お嬢ちゃんよく知ってるねぇ~。そうさ、その二つに分かれて、どっちが来年の組織改編で権力を握るか争ってんのさ」
「その秘匿派と開放派って、なんなんですか?」
「秘匿派ってのは、ザハリー副学長が纏めている勢力で、言ってみれば魔術至上主義、ってやつさね。魔術を使える者を最も尊いものとして、それをみだりに拡げない、っていう考え方をしているよ。開放派はその逆で、魔術を普及させて魔術師の数を増やし、数の力で魔術師の地位を向上させようっていう考え方さ。こっちは主任教授のジェスターが仕切っているよ」
「話だけ聞くと、どっちがいいかなんてさっぱりわかりませんね」
「そんなもんさ。あたしら一般人にはどうでもいいことなんだけどね。あいつらはそれを真剣に争っているのさ。おかげで食堂内で使う席まで真っ二つに分かれているよ」
「うわぁ~」
「どちらにしてもあいつらは、魔術を使えない人間を見下しているっていう点じゃ、共通しているけどね」
それでは、今魔術をまともに発動させられないフーカは、学院内でかなりつらい立場にいるのだろう。
リホは改めてフーカの境遇に思いを巡らして辛くなった。
「お前さん、物知りだな」
学院内の派閥争いの話には全く興味を示さなかった師匠が、ここでおかみさんに話しかけた。
「そりゃそうさ。人間飯食ってるときは警戒心が薄れるからね。結構みんなベラベラしゃべりながら食事してるんだよ。そういうのは聞き逃さないんだ」
「生徒のことも詳しいのか?」
「食堂を利用する生徒なら、ほとんどの子のことは知ってるよ」
「フーカのことについて知っていることはあるか」
「あの子は、昨年まではホントに優等生だったんだよ。それが今年になって突然駄目になっちまったらしくてね。食堂にきても、なんか浮かない顔していることの方が多いよ」
「どれくらい優秀だったんだ?」
「クラスで1、2を争っていたんじゃないかい? 教授たちが『あの子は先が楽しみだ』って話しているのも聞いたことあるしね」
それを聞いて師匠はまた考え込んでしまった。
リホもフーカの去年と今の違いを聞いて、いろいろ考えてしまう。
「ありがとう、ごちそうさま。いい話を聞かしてもらったよ」
「どういたしまして。あの子、フーカちゃんのこと、できれば仲良くしてやってくれな。クラス内でも孤立しているみたいだから」
そういっておかみさんはにこやかに手を振って、リホと師匠を送り出してくれた。




