三幕三場 「フーカ、貞操の危機!?」
コンコンッ。
「入れ」
「失礼します」
「エメル師、呼び立ててすまんな」
「いえ、とんでもございません」
流石のエメルも畏まっている。
ここは学院の副学長室。目の前にいるのは副学長にして、秘匿派のトップであるザハリーだ。
開放派に属しているエメルとしては、立場が上という以上に非常にやりづらい相手だった。
「それで、私に何か御用でございますか?」
椅子に座ることもせずそう切り出したのは、なるべく早く用件を済ませたかったからだった。
「エメル師のクラスにいるフーカ・マレットについて、近頃中々難しい状況になっておる、と聞いているのだが」
「……フーカ・マレット、ですか?」
まさかここでフーカの名前が副学長から出てくるとは思ってもいなかったエメルは、一瞬自分の耳を疑ってしまって、無礼にも聞き直してしまった。
「そう言っているのだが。何でも魔術が使えなくなったというではないか」
「は、はあ。おっしゃる通りでございます」
「なにか原因に心当たりはないのかね?」
「私にもさっぱりで……。昨年度の成績は優秀でしたので、私も当初は期待をかけておったのですが、どうにもこうにもならないようになってしまいまして」
「ふむ。その状況について、師の方では何か対策はしているのかね?」
「はい、簡単な術式の発動について反復練習をさせたりしておりますが、どれも効果は上げていない模様です」
副学長用の大机の奥に座って話を聞いていたザハリーが、体を前のめりにして机に肘をついて手を組んだ。
「全く、魔術が使えない者が学院に存在するなど、あってはならんことだ。本来ならばすぐにでも、学院を退学処分にしたいところなのだが……」
そういってザハリーはまた後ろの背もたれにもたれかかる。
「規則として、期末に行われる残留試験を経なければ、処分を下すことはできん。しかし困ったものだ」
「そうでございます。私としても副学長と同じ考えなのですが、どうにも規則が……」
ここはザハリーに合わせて乗り切っておこう、とエメルは考え、話に乗っかったのだが。
「―――私が困っているのは、それだけ成績不振に陥った生徒に対して、有効な手立てを打つことが出来なかった担当教授の責任問題を同時に問わなければならん、ということなのだがね」
背もたれにもたれたまま、ザハリーが鋭い眼光をエメルに向ける。
エメルは突然のことに、目を見開いた。
「私の、責任をですか?」
「そうだ、師の監督責任問題も、かの生徒が退学処分となった際には、しっかりと追及することになるだろう。それを踏まえて来季の組織改編を考えなければならん。実に頭の痛いことだよ」
「そ、それは………」
まさかフーカの去就が自分の評価に直結することになるとは、全く考えてもいなかったエメルは、内心大いに焦っていた。
このままいけば、残留試験でフーカが生き残れる可能性はゼロに等しい。それは同時に、自分が何らかの処分、場合によっては教授職を降格させられることもあり得る、という意味と同じだった。
「わ、私が全力で指導をしておりますので、きっと残留試験では良い結果を出し、副学長の期待にお応えできるものになるかと」
「そうであることを願っているよ。師のような優秀な人材を一人でも多く、我が学院は抱えていたいのだからね」
ザハリーが表情を変えずにそう告げた。
「とにかく、頑張ってくれたまえ。その生徒のためにも、自分のためにも」
「はい………」
そのまま副学長室を出たエメルは、廊下を歩きながら今のやり取りを思い返していた。
考えれば考えるほど、この原因がどこにあるのかは明確だった。
「フーカめ、私をこんな目に遭わせおって……!」
エメルは事の次第を自分たちの長であるジェスター主任教授に伝えるべく、足早に去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜。
宿の部屋にて呼吸法の鍛錬を行っていたリホだったが、師匠が中々帰ってこないことを心配していた。
「師匠、どこ行ったんだろう? なにかしでかしてなければいいけど……」
とにかく師匠は空気を読む、ということをしない。
危なそうな場所であっても平気で入り込んでいく。
それでも何とかなってしまうからなのだが、その『何とかなる』状態が、大きなトラブルとなるのだ。
(誰か消したりしてなきゃいいけど)
そんなことを考えていると、部屋の扉がガチャリと開いた。
「お、丁度良かった。おい、出るぞ」
「はい? 出るぞって、なんですか?」
「鍛錬をするのに丁度いい場所を見つけたんだよ。そこなら、うるさいって文句言われることもないだろう」
(あ、一応気にしてくれてたんだ。よかったね、宿の御主人)
「今からそこへ行くんですか? もう結構な時間ですよ?」
「鍛錬に時間は関係ないんだよ。ほら、行くぞ」
そう言って師匠はリホの肩を押して部屋から連れだした。
もう夕食時はすっかり終わって、大通りの飲食店も開いているところの方が少なくなっている。
開いているのは酒場や歓楽系の店だが、大通りにはそんなに数がないので、昼間よりはよほど静かだ。
そんな大通りをリホは師匠の後について歩いていく。
「どこに行くんですか?」
「こないだフーカが術式を暴発させてた空き地があるだろう? あそこだ」
「あんなところで? 真っ暗ですよ、きっと」
「余計にいいじゃないか。鍛錬を人に見られる心配がない」
人に見られる心配はないが、自分が何をしているのか全く見えない心配はあるんじゃ? とリホは心の中で突っ込んでおいた。
しばらく歩いて学院の外壁を回る。こういうとき、街の中心部にでっかく構えている学院は邪魔だ。
グルっと半周して北街区までたどり着いた。
さらに進んで、あの空き地を目指す。
「離してくださいっ!」
突然大きな声が聞こえた。
「!? あの声は」
リホが声のした方を凝視する。
声は空き地の中から聞こえてきたようだ。
「おいっ、大人しくしろ!」
「暴れるんじゃねえ!」
「やめてください!」
複数の男の声も聞こえる。
リホは反射的に声のする方へ走り出した。
薄明りを頼りに空き地に飛び込むと、そこには3人の男達に腕を掴まれて押し倒されているフーカの姿があった。




