三幕二場 「いかにも悪だくみ、ってカンジ」
41.三幕二場 「異端児」(4)
「いやぁ~、まさかフーカちゃんに見つかるとは思ってなかったけどね」
「それはこっちのセリフですよ! なんでお二人がここにいるのか、っていうか、どうやって学院の中に入れたんですか?」
ここは学院内のとある一角、北側に面している小さな教室の中。
リホの姿を見つけたまま固まってしまったフーカが、授業終わりと同時にすっ飛んできて、リホ(と師匠)を掴んでここまで連れてきたのだ。
「ちょっとした魔道具でな。姿を隠したら、意外とすんなり入れたぞ」
声のしたほうにフーカが顔を向ける。
万が一を考えて姿隠しの指輪は発動させたままなので、フーカからリホの姿はかろうじて見えるが、師匠の姿は全く見えない。
「お師匠様、ですよね? ほんとに、姿が消えているんですねぇ。びっくりです、こんな魔道具があるなんて」
「ま、まあ、そこはね、いろいろと」
リホが慌てて言葉を濁しにかかる。ここで魔導卿のことが知られるのは、いろいろと面倒くさそうだ。
「それにしても、いったいどうしたんですか? わざわざ学院の中まで入りこんで……」
「内部がどんな風になっているのか、面白そうだったから来てみた」
「そ、そうですか……」
姿が見えない相手と話をするのは、フーカもやりにくそうだった。
「それにしても、フーカちゃん、すごい一生懸命勉強してたねぇ~」
「……私は実技がダメですから、せめて座学だけでもがんばらないと……」
「そんなことないよ。あれだけ頑張れるのはすごいことだよ。わたしには無理だなぁ」
「そんなことはありませんよ、リホさんだってきっとあれくらいはできると思います」
「無理無理。だってわたし勉強嫌いだもん。訓練所でも、魔術の講義はさっぱりだったしね。やっぱりフーカちゃんはすごいよ」
昨日師匠に指摘されてはいたが、目の前で頑張っているフーカを見ると、やっぱり応援したくなってしまう。
「他に面白そうな場所はあるか?」
師匠はいつでもそれだ。
「面白そうな場所ですか? う~ん、どうでしょう。魔術の実技が見たいなら、西側の棟に行くと比較的多く授業が行われていると思います」
その時鐘が鳴った。
「あ、いけない。私次の授業があるので失礼しますね。お二人とも、くれぐれも見つからないようにしてくださいね」
そう言ってフーカはパタパタと駆け出して行った。
「フーカちゃん、めげずに偉いですね」
「そうかい?」
「そうですよ。きっと大変な思いをしているはずなのに、あんなに頑張って………偉いです、彼女は」
フーカの走り去る姿を見送りながら、リホは何度も繰り返した。
リホ達と別れたフーカは、急いで次の授業の教室へ向かった。
次の授業は魔道具を使った発動実践だ。
純粋な術式発動の授業に比べて、魔道具を操作するのはフーカもまだ制御できているほうだったので、幾分気持ちが楽だった。
それに、会えるとは思ってもみなかった人たちに会えて、褒めてもらえたことも、フーカの気持ちを上向きに押し上げてくれていた。
「遅れましたすみませんすみません!」
そう言って教室に飛び込んだフーカは、教壇の前に立つ人物を見て足が止まってしまった。
「エ、エメル先生?」
「おや、戻ってきたんですかぁ? てっきり学院から逃げ出したものだと思っていましたよ?」
メガネの奥に陰湿な光を湛えながら、エメルはフーカにそんな言葉を投げつけた。
クラスメイト達は無反応だが、微かに冷笑している空気を感じる。
フーカは途端に、さっきまでの楽しかった気持ちが吹き飛んで、胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
「す、すみません。ちょっと用事があったので………」
「貴方にそんな用事があるとは思えませんけどねぇ。ふん、まあいいでしょう。とっとと席に着きなさい」
そう言ってエメルは顎をしゃくってフーカに着席を促した。
フーカも言われるがままにいつもの指定席へ向かい、俯いたまま椅子に座った。
「この時間は、担当のカリウス先生が急用のため、代わりに私が皆さんのことを指導します。では、それぞれ魔道具を準備してください」
カリウス准教授はフーカに対して当たりはきつくなく、授業内容も比較的こなすことができるものだったから、この授業はすきだったのだが、急遽エメル教授が代役に来たことで、フーカは一気に気持ちが下がってしまった。
「さあさあ、早く準備してくださいねぇ。おや、フーカさん、まだ何も準備できていないんですか? やっぱり貴方はこの授業でも無能なんですかねぇ?」
それから約1時間、フーカはエメルの度重なる揶揄にじっと耐え忍ぶことになった。
フーカから聞いた西側の棟に行くことにしたリホ達は、ひとまず学院内の建物を一通り見て回って、西棟へ向かった。
学院の建物は大きな口の形をしており、中庭に当たる部分には、各階で渡り廊下が伸びており突っ切ることができる。
リホは全方位から見えてしまう渡り廊下を避けて、建物内を進んでいくことにした。
師匠と手をつなぎながら、廊下を進み階段を更に上がって、上の階へ移動する。
どうやら西棟の最上階らしい場所へと着いた二人は、魔術の実践授業をしている教室を探してみたが、この階でそんな授業が行われている雰囲気はなかった。
「静かですね~。誰もいないんでしょうか?」
「この時間は使われていないのかもしれんな」
そんなことを話しながら進んでいくと、廊下の端の教室の扉が半開きになっているのを見つけた。
そっと近寄って中を覗き込むと、何やら話し声が聞こえてくる。
リホは思わず聞き耳を立てた。
「……期末まで待つのだ。そこで一気に形成を逆転させる」
「そんなに悠長に待っていて大丈夫なのですか!?」
どうやら中には二人いるようだ。ここからは一人の姿しか見えない。
話をしているのは青色の法衣を身にまとった、40歳くらいの魔術師だった。
「最近では中立を決め込んでいる者たちから、我ら開放派は形勢不利と思われている節があります。現に、我らへの参画を勧誘しても、保留にされることが増えてきているんです。このままでは、来期の組織改編で秘匿派に押し切られてしまう恐れも……」
「何事も時期というものがあるのだ。心配せずとも手は打ってある。今下手にバタバタと見苦しい動きをすれば、それこそ立場を決めかねている者どもに侮られてしまうことが、分からぬか?」
「ですがジェスター様。派閥内の若手からも、このまま何もせずにいるのか、といった疑問や不満も挙がってきているようです」
「それを抑え込むのは貴殿らの務めだろう? とにかく、この件については既に決定しているのだ。カリウス師、貴殿は実行に向けて、滞りなく準備をすすめておけばよい」
「かしこまりました」
「くれぐれも本人に悟られぬようにな」
話が済んだのか、扉の方へ向かって歩いてくる足音がする。
「(師匠、こっちへ!)」
リホは急いで師匠を引っ張って、廊下にある柱の陰にみを隠した。
やがて部屋から出てきたのは、先ほど見えていた男より一回りくらい年上の、口ひげを生やした恰幅のいい人物だった。赤い法衣を纏い、大ぶりの魔石を付けた杖を持っている。
男はリホと師匠が隠れている方へ歩いてきた。
思わず息を止めて気配を消すリホ。
男はそのまま二人の前を通りすぎていき、やがて廊下の先で階段に消えていった。
もう一人の男は反対方向へ行ったようだった。
「ふう~っ。焦りましたね。まさかこっちに来るなんて」
「俺は別に焦ってはいないぞ」
「わたしは焦ったんですって! それにしても、さっきの話、なんなんでしょうね。開放派とか、秘匿派とか」
「別に興味ない。ああいうのは面倒くさいから」
「ああいうのって?」
「おおかた、魔道具工房の親父が言っていた、学内の勢力争いだろう? そんなの、もう見飽きたし聞き飽きたんだよ」
そう言って師匠は歩き出した。リホもすかさずくっついていく。
「でも、一気に逆転させるって………なんだか、剣呑ですよね」
リホは先ほど耳にした会話を思い返していた。
(フーカちゃんが巻き込まれなければいいけど)
そんなことを考えながら、師匠の後についていった。




