三幕二場 「おてて繋いで仲良くデート、じゃないんです!」
「本当に、これで大丈夫なんですよねぇ?」
リホは不安そうにすぐ前を歩く師匠に尋ねた。
あの後、宿の部屋で魔導卿に通信機で連絡をとったリホと師匠。
何とかして学院に潜りこみたい、と希望を伝えたところ、
「それならいいものがありますよ?」
とまさかの魔導卿からの提案で、二人は今、姿隠しの指輪を発動させて学院の入口へ向かっていた。
ただし、指輪が一つしかなかったせいで、リホは師匠の真後ろにぴったりとくっつくような形でひょこひょこ歩く羽目になっている。
「……これで、本当にわたしまで見えなくなってるんですかぁ~?」
入り口が近くなってきたので、声を小さくしてリホが尋ねる。不安でしょうがない。
「さあな。ダメなら止められるだろう」
止められるだろう、じゃないんですってば。
その後が問題なんですってば。
その間もマイペースに入り口に近付いていく師匠。
そして守衛が両脇を固める大きな入り口に差し掛かった。
「!」
思わずリホは師匠にしがみつく。
師匠は構わずリホを引きずるような感じでずかずかと中へ入ってしまった。
守衛たちは………何も反応しない。
そのまましばらく進んで門が十分遠ざかったころ、漸く師匠が口を開いた。
「問題なかったな。おい、いつまで引っ付いてんだ」
「だ、だって、魔導卿がそうしたほうがいいって……」
指輪の使い方を説明するときに、魔導卿はこう言っていた。
『この指輪は装着しているものの姿を消すことができます。さらに接触しているものの姿も消すことができます。服も一緒にです』
『ですが学院の入り口には魔力に反応して警報がなる仕組みがあったはずです。微力とはいえ、本当に微力とは言えリホ殿にも魔力がありますから、恐らく反応してしまうでしょう。それを防ぐには、師匠に密着して同化してしまうことが必要です。師匠には魔力がありませんから、それと同化できればリホ殿もすり抜けられるでしょう』
そんなことを言われたから、門を潜る時に引っ付いていたのだが、潜り抜けた後も不安は尽きない。
こうして師匠にくっついていた方が、何かと安心なのだ。
「歩きにくくてしょうがない。一部でも接触していれば姿は消えるんだから、ほれ」
そういって師匠はリホを引っぺがし、代わりにリホの手を取って歩き始めた。
これはこれでなかなか照れくさい。リホは少し顔を赤らめながら、師匠に手を引かれて歩いて行った。
学院の中は総じて造りが大きく、天井は見上げるくらい高い位置にある。
外観に違わず内装も豪華で、あちこちに装飾の彫像が置いてある。
リホはキョロキョロしながら手を引かれていった。
こんなところ、滅多に入れるものではない。
見られるときに全部見ておかねば、という頭が働いている。
「(すごいですね~、魔術師の総本山だけありますね~)」
「(そうかい。確かに豪華は豪華なんだろうけど、魔術を使うのに必要なのかね?)」
師匠の疑問ももっともだ。その辺に立っている彫像が、何らかの魔術を使うための道具だったり、あるいはそれ自体が魔道具だったりすれば話は別だが、豪華な内装それ自体が魔術に関係あるのか、と言われれば、門外漢のリホでも首をかしげるだろう。
「(おっ、あそこの部屋でなにかやってるぞ?)」
そう言って師匠がリホを引っ張る。
「(ちょ、ちょっと師匠! あんまり引っ張らないでくださいって)」
行ってみるとそこでは、生徒達が何かの術式を構築していた。皆空中に複合の術式を描こうと試みている。
「(なんの術式なんでしょう?)」
「(さあな、描いている模様からはそこそこ複雑な感じもするが)」
リホと師匠はしばらく生徒達の作業を眺めていたが、ふとあることにリホが気が付いた。
「(そういえば、みんな呪文唱えてますね)」
「(そうだな)」
「(術式って、発動させるのに、呪文唱えるんですか?)」
リホの記憶だと冒険者仲間の魔術師達は、術式を発動させるのにいちいち呪文は唱えていなかった。
勿論、常に危険と隣り合わせの冒険者が呪文なんかを唱えている暇がない、というのもあったが、冒険者の使う術式は決まったものが多く、術式を発動させるのに呪文の詠唱を必要としないものばかりだったのもあった。
それに加えて、普段魔導卿の姿ばかり見てきたリホには、複合の術式を発動させるのに呪文を詠唱する、というのが初めて見る姿だったのだ。
「(魔導卿を引き合いに出したら、こいつらも流石に可哀そうだと思うぞ)」
師匠からもっともな指摘をされて、リホも考えを改めた。学院の生徒が詠唱しているくらいなんだから、きっと複合術式を使う時はそれが普通なんだろう。
二人は更に進んで、二階へ上がる階段を見つけた。
この階段もとても大きく、大人が十人以上横に並んで上ることができそうだ。
上にあがって廊下を進んでいくと、そこにはたくさんの小部屋が並んでいた。部屋の扉には、それぞれ名前の書かれた板がぶら下がっている。
「(教員の部屋ですかね)」
「(おそらくそうだろうな)」
その瞬間。
バァン!
リホの目の前の扉が勢いよく開かれ、中から苦々しい顔をした魔術師がつかつかと出てきた。
翻る法衣も荒々しく、男は廊下をずんずん進んでいく。
「(なんなんでしょう、あれは。危うくぶつかるところでしたよ)」
「(よかったな、見つからなくて)」
そこは怪我しなくてよかったな、でしょうに。
廊下の奥でまたまた上にいく階段を見つけた二人は、勢いに乗ってさらに上の階を見てみることにした。
上がってすぐの部屋から声が漏れてきている。
何かの講義をしているようだ。
リホは気になって、部屋の後ろの扉の隙間からそぉーっと覗き込んだ。
教室の前では教員らしき女性が、黒板に何かを書き記しながら、あれこれ説明している。話の中身はリホにはさっぱり分からない。
生徒達は各々自分の席で、黒板に書かれている内容を書き写したり、教師の話を聞いていたりしているが、熱心に取り組んでいるのは半分くらいか。後のものは取り組んでいる風を装って、ボケっとしていたり他のことをしていたりと、集中を欠いていた。
そんな生徒達の様子を見回していたリホは、一番奥の席で鬼のような勢いで何かを書き込んでるフーカの姿を見つけた。
「(師匠、あれ、フーカちゃんじゃ?)」
「(ん? そういやそれっぽいな)」
リホは思わず嬉しくなって、空いている方の手をぶんぶんフーカに振ってしまう。
どうせ見えてないんだし。でもこっち見たりしないかな?
その時、書きものを終えて一息ついたフーカが、何気なく教室の入り口のほうへ顔を向けた。
その途端、フーカは目を見開いたまま、固まってしまった。
「――――な、んで、いるん、ですか」




