三幕二場 「困った時の魔導卿Ⅱ」
「まったく、あなたはどうしてそう無能なんでしょうねぇ~」
翌日、フーカはクラス担当のエメル教授にねちねちと責められていた。
結局あれから何度も試してみたが、術式が正常に発動することはなく、発動回数を数えるために教授からもらっていた魔道具の記録用紙も、暴発したときに燃えてしまっていたため、仕方なく教授に謝りにいったのだった。
「それに、私が授けた記録用紙もこんな燃えカスにしてしまって……、いったいいくらすると思ってるんですか?」
教授がフーカに渡した記録用紙は、フーカが決められた術式を発動させると、その回数を自動で記録してくれる、という便利な機能を持っていた。
ただ、その記録用術式自体は教授が付与したものであり、純粋にかかった費用といえば、紙代だけだ。
「す、すみませんすみません! 私も術式が暴発するとは思ってなくて、懐に入れてたんですけど、吹き飛ばされる時に燃えちゃって」
「ふん、ま~た暴発ですか。不発ならまだしも、術式を暴走させるなんて、魔術師としてあってはならない由々しき事態だということが、あなたにはわからないんでしょうかねぇ?」
「………………すみません」
「せっかく私が温情で出してあげた宿題がこなせない、というのであれば、あなたの今期の評価は最低にするしかなくなりますねぇ。そうなれば、試験でよ・ほ・どいい結果を出さない限り、貴方は来期ここにはいられなくなりますねぇ」
「……………………………」
「はあ~、もう行ってください。貴方のその顔を見ていると、こっちまで術式不良がうつってしまいそうです」
そういってエメル教授はしっし、と手を振った。
フーカは何も言えず、黙って教授の部屋を出ていく。
とぼとぼと部屋を出ていくフーカの姿を目の端で確認した教授は、扉がしまるとはぁーっと大きなため息をついた。
「なんだってあんな無能、いつまでも学院においとくんですかねぇ。とっとと退学処分にしてしまえばいいのに」
フーカについては、今季が始まってすぐの頃から、教授会で問題として報告していた。
エメルとしては面倒くさいことこの上ないフーカを、出来る限り早めに追い出したかったのだが、教授会での結論は『期末に実施する残留試験の結果を以て』だったのだ。
エメルは忌々しそうに舌を打つと、気分転換のお茶を注ぎにコンロの方へ歩いて行った。
教授の部屋を出たフーカは、落ち込んだ様子で歩きながら、授業の行われる講義室へ入っていった。
すでに級友たちが大勢いてかなり賑やかだったのだが、フーカが部屋に入ると、一瞬おしゃべりが止まって変な静寂が流れた。
(いつものことだけど………やだな、この感じ)
フーカは部屋の後ろを通って、部屋の奥の一番後ろの席に座った。ここがどの授業でも、フーカの指定席だった。
「フーカ、おはよう」
鞄から荷物を出していると、メアリが声を掛けてくれた。
「おはよう、メアリ」
「ねえ、フーカ。朝からエメル教授に呼ばれてたの?」
「……うん、宿題のことでね」
「宿題って、昨日出されたやつ? どうだったの、うまくできた?」
「ううん、途中で暴発しちゃって、紙も燃えちゃったから、教授に謝ってきたの」
「そうだったんだ~。それは大変だったね~。でも、きっと大丈夫だよ。残留試験までにはまたうまくできるようになってるよ」
メアリはいつもそう言ってフーカを慰めてくれる。クラス内で孤立しているフーカにとって、気軽に話しかけてくれて、いつも明るく励ましてくれるメアリはありがたい存在だった。
「ありがとうメアリ。私もがんばるね」
「授業を始めますよ、皆さん席に着いてください」
女性の准教授が講義室に入ってきた。この時間は魔術の実践ではなく座学の授業だ。このときだけはフーカも比較的気持ちを楽に授業を受けることができる。
宿題の不出来の分を取り戻そうとばかりに、フーカは必死に筆を走らせて授業に臨んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話は少し遡る。
その日の朝、宿屋でちょっとしたひと悶着があった。
「ですから、わたくしどもとしましては、部屋の中でのそういった行為はお止めいただきとお願いをさせていただく所存でございます」
宿の主人がリホと師匠に向かって慇懃に頭を下げる。
事の発端は、昨夜の鍛錬だった。
リホは部屋の中でいつもの鍛錬を行っていたのだが、その際に大きく足を踏みつける動作で、下の階から苦情があった、というのだ。
加えて棒術の鍛錬中に、壁から張り出している彫刻にうっかり棒が当たってしまい、見るも無残に粉々になってしまった。
それらのことを、今朝朝食を食べている最中のリホと師匠に、宿の主人が釘を刺しに来た、という訳だった。
「どうもすみません。以後気を付けますから」
「なんだ、思ったより床が薄いんだな。あの程度で下に響くとは、思ってなかったぞ」
師匠の無神経な言葉に、宿の主人の額にビシッと青筋が出る。
「ちょ、ちょっと師匠!? すいません、うちの師匠が……」
慌ててリホがとりなす。こういうときの師匠は、ほんっとうに厄介だ。
「………とにかく、今夜から気を付けていただくよう、お願いしましたぞ」
そう言って主人はなんとか引き下がったが、どう見てもあれは怒りが収まっていない顔だった。
「もう、師匠ってば。どうしてああ火に油を注ぐようなことをいうんですかっ?」
「本当のことだろ? こっちはそれなりに金を出しているんだ。もう少しまともな部屋だと思っていた、ってことを伝えたって、文句はあるまい?」
「師匠のそういうところ、よくないと思います!」
リホは残った朝食を片付けながら、ぴしりと言い切った。
「それはそうと、今日はどうするんですか? また街中観光します?」
「う~ん、何とか学院に入り込めないかねぇ」
「だって、昨日あれだけ追い返されたじゃないですか」
「そこを何とかできないかね。うまくすり抜けるとか、外壁を飛び越えるとか」
「飛び越えるって、あれどれだけの高さがあるか分かって言ってます? すり抜けるにしたって、守衛の目をどうごまかすんですか」
「透明になれる術とか?」
「……………もしかして、魔導卿ですか?」
それから少しして、リホ達の部屋からはなぜか三人の話声が聞こえてきたのだった。




