三幕二場 「Defying Gravity」
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「すみませんごめんなさいすみません! 一人でテンパっちゃってすみません!!」
魔術で吹き飛んできた少女は、フーカと名乗った。
そして名乗り終えるなり、いきなり謝り倒してきた。
「なんか吹き飛んできちゃってすみません! 助けていただいてすみません!」
とにかくペコペコ頭を下げまくっている。
「い、いいのよ。そんなに謝らなくても。あたしたちは別に大丈夫だから……」
リホも若干引きながら、それでもなんとか宥めようとしてみた。
先ほどの術式が暴走? したことといい、何とも変わった少女だ。
「ねえ、あなたの名前は? 学院の生徒さんなの?」
リホが落ち着かせる目的も兼ねて、質問してみる。
「は、はいっ。私は、ふ、フーカと申しますっ。魔術学院の、せ、生徒です……」
最後のほうは声が小さくなって聞き取り辛かったが、フーカは自分が魔術大学院の生徒だと名乗った。
「へぇ~、すごいのね。学院の生徒ってことは、魔術のエリートじゃない。わたしにしたら、羨ましい立場だわ~」
リホはそう言ってフーカを持ち上げようとしたが、途端にフーカは目に見えて落ち込み始めた。
「そんな……私なんて、術式もまともに発動できない落ちこぼれで、いつも学院中のみんなからポンコツ扱いされていますし、今日だって教授から宿題で出された術式発動二十回も全然できませんでしたし、挙句の果てに術式は暴走させるし、吹っ飛ぶし、記録は消し飛んでしまうし………」
しゃがみこんでブツブツと自分の不甲斐なさを挙げていくフーカ。その姿を見てリホは内心
(しまったなぁ)
と思ってしまう。
結構面倒くさい子かもしれない。
「お前さん、さっきの術式はなんだい?」
だしぬけに師匠がフーカに尋ねた。
「あんな術式見たことないんだが、新しい術式でも試していたのか?」
「…………あれは、火弾の術式です………」
「火弾?」
これにはさすがにリホも訊き返してしまった。そして訊き返されたことでますます落ち込むフーカを見て、またやってしまった、と思う。
「火弾の術式で吹き飛んだのか? お前さん、珍しいことをするな」
「…………私は、術式を発動させると、いつもあんな感じです」
フーカが死にそうなか細い声で答える。
火弾の術式は魔術師が使用する術式の中でも、初歩の段階で会得するものだ。
発動させると、指先大くらいの炎の玉を打ち出すことができる。
訓練所の魔術師クラスでも教えていたもので、駆け出しの冒険者パーティの魔術師でも、皆唱えることができる程度のものだ。
それをあそこまで盛大に暴発させるとは―――。
「な、なんかすごい力の持ち主なんじゃないですか、実は?」
「普段は暴発どころか、不発で終わることが多いんです。今日も、授業中に何度やっても術式が発動しなくて、それで教授から叱られて、罰として同じ術式を二十回連続で発動させてくるように言われたんです。できるまで、寮には戻ってくるな、と……」
どうもうまくフォローできないなぁ。下手なことを言うと逆にこの子に突き刺さってしまう気がする。
そんなことを思ったリホは、それ以上何を言えばいいのか、分からなくなってしまった。
「普段は不発ばかりなのか。それがさっきは暴発したと。まともに発動することはないのか?」
(し、師匠! それは切り込みすぎですって!)
「………………………………ないです」
もう消え入りそうな声でフーカが答えた。
「ふ~ん、お前さん、それでよく魔術学院に入れたな。入るのに試験だってあっただろうに」
「わ、私だって、昔はもう少しまともだったんですっ。術式だってもっとちゃんと発動していましたし………それが、去年くらいからどんどんおかしくなっていってしまって………」
それからフーカが話したことを纏めると、二年前に学院に入った時には、術式が普通に発動していたらしい。
それが去年あたりから不発になることが増え、その内に暴発することも増えてきたのだ、と。暴発が増えるにつれて、学院内ではフーカを危険人物かつ無能もの呼ばわりするようになった、というのだ。
「そんな………、出来なくなったのなら、何が原因でそうなったのか、きちんと調べてそれを解消させるように手伝うのが、学院の務めなんじゃないんですか?」
話を聞いているうちに、リホは学院側の態度にだんだんと腹が立ってきてしまった。
フーカが何らかの理由で魔術を上手く扱えなくなってしまったのであれば、その改善を手助けすることが、魔術を教える者たちの責務なのではないだろうか。
それをせずに、ただフーカを無能呼ばわりして遠ざけるなんて!
「……仕方がないんです。学院では魔術に秀でていることが唯一の特権ですから。初歩の術式すらまともに発動できない私なんて、邪魔者扱いされても文句は言えません……」
「で、さっき言ってた試験ってのは?」
「……あともう少ししたら、私の学院残留を決める試験が行われるんです。そこで、決められた術式を発動できなければ、私は、わたしは………」
フーカは顔を覆ってしまった。
ヴィステリウム魔術大学院に通うというのは、魔術師を志す者達にとって大変な名誉だ。
フーカも入学当初は夢と希望に満ち溢れた学院生活を送っていたのだろう。
それが、原因不明の術式不良で学院を退学にさせられた、となったら、どれだけの衝撃を受けることか。
ここへ送り出してくれた家族や親戚、場合によっては地域全体の期待を裏切ることになるかもしれない。
「大丈夫だよ、きっと。軽はずみなことは言えないけど、一生懸命努力していれば、きっとうまくいく時がくるよ。わたしは魔術の才能ゼロって訓練所で言われてしまったけど、フーカちゃんは魔術使えてたんだもん。きっとまた上手に使えるようになるよ。そう信じてがんばろう」
リホは何とかしてフーカを励ましたかったのだが、月並みな言葉しか掛けられないことに、自分で自分を責めてもいた。
それでも、リホの言葉を聞いてフーカは顔を上げた。
「そ、そうですね。ここでめそめそしていたって、魔術が使えるようになる訳じゃないですもんね。わたし、がんばってみます! ありがとうございますありがとうございます」
急に立ち上がったフーカはそう言って、リホの手を握ると、今度は感謝しまくり始めた。
(なんかいろいろ激しい子だなぁ)
そんな二人の様子を、師匠は黙って眺めていた。
まだ空き地で術式発動の宿題をこなす、というフーカと別れて、リホと師匠はそのまま進んで西街区へ入った。
ここは学院で働く者たちが多く住んでいる場所で、特に目立つのは学院内で教鞭をとっている魔導士たちの屋敷だった。
他所の街ならば貴族の邸宅、と思われるような大きな屋敷が並んでいるが、これらはすべて魔導士の家だった。
それぞれの屋敷の門には門番がいるが、剣や槍を構えた兵士ではなく、皆杖を携えた魔術師だった。
「ここでは守衛も魔術師なんですね~」
何軒もの邸宅を見て、リホが感想を口にした。
「この街じゃ、普通の冒険者とかは食いっぱぐれちゃいますね」
「お前、さっきのフーカ、なんで慰めた?」
「えっ」
訊かれたことが意外だったため、リホは返事につまってしまった。
なんでって言われても……。
「だって、あんなに落ちこんでいる姿を見たら、励ましたくなるじゃないですか。わたしだって、昔訓練所で才能ない、って言われた時はすごい辛かったし、………ダメなんですか?」
「慰めてそれでよい方向へ向かえるのなら、そうしてもいいさ。だけど、あれはそうそう解決しないぞ」
「そうなんですか?」
「少なくとも、試験とやらに通る可能性は限りなく低そうだな。火弾の術式があんなに暴発するんじゃ、それ以上の術式なんて危なくて使えんだろう。まさか学院残留の試験が火弾のみ、ってこともないだろうからな」
「そうですか……」
「慰めて励まして、もう一度挑戦させることが何でもいいとは限らん。あいつの場合、自分の現状としっかり向き合うことも大切なことかもしれんぞ」
これまでの修業の中で、師匠がリホを褒めることは殆どなかったが、こんな風に厳しい言葉を突き付けられたこともなかった。
リホは初めて師匠から痛いところを突かれる言葉を投げかけられて、黙り込んでしまった。




