三幕一場 「無自覚人たらし二号参上!」
翌日。
リホと師匠は、ヴィステリウムの街中をブラブラしていた。
余談だが、昨晩の豪華な食事を、露店で買い食いし過ぎたせいでほとんど食べられなかったリホが、敵とばかりに朝食を詰め込んでいたのはここだけの話。
リホの腹ごなしも兼ねて、街の散策に出よう、と提案したのは師匠だった。
「なんか、意外ですね~。師匠が散歩に出かけるなんて」
「せっかく足を運んだ場所だからな。なにか面白いことがあるかもしれん」
師匠の行動原理は揺るがない。
二人は宿のある南街区から、まず東街区へと言ってみることにした。
ヴィステリウムの街は東西南北の街区に分かれており、それぞれに大通りと外部に接続している街道が伸びている。
最も栄えているのは南街区で、ここには商業施設が多く立ち並び、昨日リホが堪能したような露天商も多い。
これから行く東街区は工房地区になっていて、魔道具製作の職人たちが各々工房を構えて、自慢の腕を振るっているところだ。
「魔道具って、どんな風に作られてるんでしょうかねぇ。わたし見たことないです」
「作るものにもよるとは思うけどな。それでもあんまり公開しているものではないな」
「え、じゃあ今から行っても意味ないじゃないですか?」
「もしかしたら作っているところを見られるかもしれないだろ? 何事も行ってみなきゃわからんものだぞ?」
これまであちこちの土地を見て回った(らしい)師匠の言葉だけあって、説得力がある。
そうこうしているうちに、二人は東街区の入り口に着いた。
派手な大店舗の立ち並ぶ南街区と違って、武骨な造りの小さめの建物が数多く並んでいる。
トンテンカンテンと鍛冶の音も聞こえはするが、思っていたよりは静かだ。
「なんだか、工房らしくないですね。カルドのほうがよっぽど賑やかだったかも」
「あそこは鉱山を抱えていて、そこから産出した鉱石で鍛冶をしていたからな。ここはどちらかと言えば、すでに出来上がっている道具に魔術を付与する作業が多い。そんなにうるさくはならんさ」
相変わらず師匠は博識だ。
そんなことを話しながら進んでいると、一軒の工房が、扉を開け放しにしたまま、何かの作業をしているのが見えた。
思わずリホは中を覗き込んでしまう。
奥の作業台では、職人が大きな箱に宝石を取り付けていた。宝石は大小さまざまなものが十数個。
いったいいくらになるのか、リホは想像もできなかった。
「おいっ、お前、そこでなにしている!」
隣の部屋から出てきた、いかにも貫禄のありそうな髭の中年男が、奥を覗き込んでいるリホを見つけて鋭い声をあげた。
思わずリホはビクッと体を竦めて固まってしまう。
「あ、あの、わたしは、別に怪しいものじゃ……」
「怪しい奴が『自分は怪しいものです』なんていう訳ないだろう! なんだ、宝石を狙いに来たのか!?」
「ち、違います! そんな泥棒みたいな真似しません! わたしは探索者です!」
「探索者だと? 余計に怪しいじゃねぇか。大体探索者がこんなところに何の用だ!」
「魔道具を作っているところが見たくて……、わたし、見たことないんです。だから、どんな風につくられているのかな~って」
「あん? 魔道具は、道具に術式を付与して作るに決まってんだろ? そんなことも知らねえのか?」
「それは知っていますっ。その術式をどうやって付与しているのかな~って思ったんです!」
「そんなの、術式用の魔石を付けた後に、術式を込めていくんじゃねーか」
「術式用の魔石? あの綺麗な宝石ですか? あれに術式を込めて、力を使えるようにするんですか?」
「そうとも。つける魔石の種類と大きさによって、付与できる術式も変わってくる。つうか、どんな術式を付与するかによって、取り付ける魔石を考える、って感じだな」
「あそこのはどんな術式を込める魔石なんですか?」
「ああ、あれか? あれはな……」
いつの間にか職人とリホの会話は弾み、リホは奥の作業台へ招かれて、魔石の種類や製作している魔道具の使い道などを説明されていた。
「人がいいのか、運がいいのか」
店の外からその様子を見ていた師匠が一人、ポツリと呟いた。
ドーエンと名乗ったその職人は、この工房の親方だった。
今作っているのは魔術大学院から依頼されたもので、術式は学院内で付与するため、魔石の取り付けまでを依頼されたものだそうだ。
詳しいことは教えてもらえなかったが、この大きな箱全体に冷却系の術式を付与する、という目的だそうだ。
「ま、お偉い学者さん達の考えるこっちゃ、こっちにはわかりっこしねえけどな。おおかたなんかの魔術実験にでも使うんだろう」
自分も飲むついでにリホと師匠にもエールを進めてくれたドーエンは、豪快に杯を空けるとそう言い放った。
「あんまりご機嫌ではなさそうだな」
「当然だろう? 魔道具は術式を付与するところで利益を作るんだ。魔石を取り付けるだけなら、せいぜい工賃分くらいしか儲からねぇ。そんな仕事をどんだけ依頼されても、忙しいのが増えるだけで、こっちにゃありがたみはないんだよ」
「なら断ればよかろう?」
「それができるなら、苦労はしねえって」
ドーエンは早くも二杯目のエールをぐびぐびやっている。相当腹に据えかねていた模様のようだ。
「この街は結局、どこまでいっても学院のものだからな。ヴィステリウムで生きていくのに、学院の言うことに逆らっちゃいけねえのよ」
「なら仕方がないだろう」
「仕方がないからって、文句の一つも言っちゃいけねえって? そんなんじゃ、せっかくのエールも不味くなっちまうよ」
早くも酔いが回っているのか、それとも素面で相当溜まっていたのか、ドーエンは止まらない。
「大体ただでさえ学院がらみの依頼は面倒くさいってえのに、近頃じゃその依頼をどっちから受けるかで、いちいち目を付けられちまう」
「どっちから受けるって?」
リホは気になって訊いてみた。
「ここ数年、学院内じゃ学派が二つに分かれて争ってんのよ。片方からの依頼を受けると、もう片方から圧力が掛けられてくるんだ。やりづらいったらありゃしないよ」
ドーエンの話によれば、魔術大学院の中に二つの派閥が存在しているらしい。互いに主導権を握ろうとして、街中の商人や職人たちをも、自分たちの勢力内へ引き込もうという動きがあるとのことだった。
そのせいで、最近は職人たちの間にも軋轢が生じ始めているということだった。
「なんか、いろいろあるんですねぇ。わたし、ここは大きな街で栄えているし、みんな平和で幸せに暮らしているのかと思ってました」
工房を出て歩きながら、リホは師匠にそうこぼした。
「そんなわけないだろう。大きくなればなるほど、街はいろいろ抱え込むようになるんだ。そういう意味じゃ、カルドのほうがよっぽど暮らしやすいだろうよ」
「そういうものですかね。よくわからないなぁ」
「しかし、二つの派閥争いか……」
「あ、師匠。いま『面白そう』とか思ってたりして?」
そういってリホは師匠を覗き込んだ。
「……いや、興味ない」
「えぇ~? 師匠っぽくないですよ?」
「そういう政治っぽいのは、興味ないからいい」
そういって師匠はリホの顔を払いのける。
「ふ~ん、そうなんですね。そっか~」
そう言いながら、リホは師匠の後をついて行った。




