三幕一場 「後悔って、先に立たないんですね…」
魔導都市ヴィステリウムの歴史は古い。
今から約一千年前、魔導卿の薫陶を受けたという魔導士たちが集まり、この地に魔術研究のための施設を作った。
当時、魔術師は畏敬の対象であり、同時に為政者にとっては、自分達の地位を脅かしうる力を持つとして、非常に厄介な存在だった。
魔術師側もそれを分かっており、自分達が政治に利用されるのを嫌った者たちが、純粋に魔術探求を進めるために開いた施設が、のちのヴィステリウム魔術大学院だった。
ここでは魔術の研究が日夜行われ、また魔術を志す者、魔術を究めんとする者たちが多く集まりようになり、いつしか一つの街として成立していった。
そしてそんな魔術師達を相手にする商人たちも集い、やがて街は成長していく。
そんな場所を、周囲の勢力が放っておくはずはなかったのだが、学院はその魔術の力で周辺からの干渉を排除し、独立都市として存立しうることとなった。
やがてその範囲は都市周辺まで及び、現在では魔導都市ヴィステリウムを中心としてかなりの範囲が、自治領ヴィステリウムとして、周辺国家から認められている。
そんな、大陸で最も古い都市に入ったリホは―――。
「うっわぁ~、師匠、これはなんですか!? あっちは? あんなの、見たことない!!」
完全なお上りさんだった。
内陸ではあるが、主要な街道が交差しており、都市で生産される魔道具に大変な価値があることもあって、ヴィステリウムは商業が盛んだ。
当然、街の中には様々な店や露店が並び、その中には食べ物を扱うところも沢山あった。
「ねぇ~師匠、あれ食べてみませんか? すっごくおいしそうですよ?」
そういってリホが指さしたのは、具を薄い皮で包み、油でこんがりと揚げた食べ物。
店先に並べられているそれは、今まさに揚げたてで湯気を立てている。
中の具が何なのかは分からないが、香ってくる匂いだけでも、すでにリホはよだれが垂れそうだった。
「食いたきゃ好きにしろ」
「だってわたしお金持ってないんですもん。師匠が持ってるんじゃないですか~。だから、買ってくださいよ~」
「死の大地」を出る時に魔導卿が渡してくれた旅の資金は、師匠の『収納袋』の中だ。
そのため、さっきからリホは師匠に「買ってくれ」アピールが激しい。
「もう夕方なんだがな。ここで食ったら、宿に着いてから晩飯が食えなくなるぞ?」
「いいですよ。ここで済ましちゃいますから」
「仕方のない奴だ。それならそうしろ」
そう言って師匠はリホの欲しがった揚げ物を購入した。
街の露店で食べ物を買い求める師匠なんて、希少すぎる。
リホは美味しいものにありつけたのと、滅多に見られない姿を拝むことができたのとで、二重に嬉しくなった。
それから大通りを歩きながら、今夜の宿を探す二人。
大通り、というだけあって、道幅はとても広く、4頭立ての馬車が3台並んで進んでも、まだ余裕がありそうだった。
通りに面した店はどれも格調が高そうで、さすが大陸最古の都市と言われるだけはある。
リホは両の手に食べ物を抱えながら、そういった店も興味深そうに眺めていった。
「師匠、いろんな店がありますね~。ほんとに栄えてるんですね、ここは」
「自治領でそんなに税金も高くないしな。兵役もないから、人気なんだろ」
「兵役ないんですか? じゃあ、傭兵団とか……」
「何かあったら魔術師団がいるからな。下手に戦士団を指揮するより、よっぽど有能なんだろうよ」
「あ~」
リホも納得してしまった。たしかに学院にいる魔術師達が本気になれば、周辺の国など逆に滅ぼされてしまうかもしれない。
「わぁ~、キレイな杖。それに水晶の原石もたくさん……。ここは……」
「魔道具屋だな」
「うわっ、わたし初めてみます! ちょっと入ってもいいですか!?」
「好きにしろ」
リホが入ったのは、通りに面する店の中でやや小ぶりな、しかしかなり凝った彫刻の施された壁面をもつ店だった。
窓際に商品が並べられており、大きな宝石が埋め込まれた杖や、細かな細工が彫られている金属製の箱、それに水晶の原石などが見えている。
「すっご~い。見たことないものばっかりだぁ~」
店内に入ったリホは、並んでいる商品を見て思わず口が開いてしまった。
カウンターの奥の棚に並んでいるのは、どれもこれも高価そうな宝石、鉱石が付いている、一目で魔道具と分かるものばかり。
あの宝石だけでも一体いくらするのか、見当もつかない。
「…………いらっしゃいませ」
カウンターの中にいる店主と思しき男が声を掛けた。
「いったい何につかうものなんだろう~? 全然想像つかないな」
「…………何かお探しのものでも?」
明らかにリホのことを胡散臭げに見ている店主。
そう見られても仕方のない様子ではあるのだが。
「別に探しているものはないよ。ただ入っただけだ」
師匠の返しは店主にとって致命的だった。
「だったら、とっとと帰ってくんな! ひやかしはお断りだよっ」
そう言って店主はリホの背中をどつくようにして、店の外に追い出してしまった。
「って、酷いなぁ。もう、師匠のせいですよ?」
「本当のことだろうが」
「それをそのまま言う人がいますかっ!」
そう言い合いながら、二人はまた宿を探すのだった。
師匠が見つけた宿は、大通りを結構奥まで進んだ、学院にかなり近い場所にあった大きな宿だった。
外装も豪華で、太い柱の上に美しい彫刻が並んでいる、誰が見ても高級な宿屋。
そこにずかずか入っていった師匠は、一番いい部屋を確保してしまった。
「ちょ、ちょっと、師匠? 大丈夫なんですか?」
流石に代金のことが気になってリホが師匠の脇を突きながら尋ねた。
「金か? それは心配ない。魔導卿からもそう言われてるしな」
魔導卿がお金の心配をしなくていい、と言っていること自体が、かなり心配な要素ではあるのだが、とリホは内心思った。
「では夕食と明日の朝食付きで一部屋。250ブランになります」
(250ブラン! 普通の宿屋の50倍もする!)
「二人でか?」
「いえ、おひとり様の代金でございます」
(えええええええ!?)
「じゃあそれでとりあえず。もし明日以降も泊まるようなら、手配はできるか?」
「もちろん可能でございます。その際はお申し付けください」
そう言って宿の受付が済むと、荷物係がリホと師匠を部屋へ案内してくれることになった。
因みに、荷物を持とうとしてくれたのだが、リホも師匠も互いの『収納袋』しか持っておらず、しかも出発前に魔導卿から“間違っても他の者に奪われることのないように”と釘を刺されていたので、リホは頑なに申し出を拒んで、荷物係の後をついていくことにしたのだった。
「ふぅ~。いいお部屋ですねえ~」
部屋に設えてある座り心地のいいソファに体を埋めながら、リホが思わず漏らした。
「当然だろう。この街で一番格式の高い宿だからな」
「知ってるんですか?」
「泊まったことはないがな。名前くらいは聞いている」
「ふ~ん、師匠って何にも知らない感じで、いろいろ知ってることもあって、良く分からないですね」
師匠はわたしが出会う前は、何をしていたんだろう?
リホはいつか師匠に訊いてみたい、と思った。
「ところで、珍しく食事付にしたんですね」
これまでの旅路で、宿に泊まる際に食事付にすることは珍しかったのだ。
だいたいは宿ではなく、酒場や飯屋などで食事を済ませてきたから。
「この街は広いからな。飯を食うところを探すのもいちいち面倒くさい、と思ってな」
「……なんだか、師匠っぽいというか」
食事自体に拘りのない師匠らしいというか、こういう適当なところあるようなぁ、とリホは思っていた。
その夜、宿で出された豪華な夕食が、満腹でほとんど手につかず、涙ながらに皿を見送ることになるのを、この時のリホはまだ知らなかった。




