幕間その2 「千招を知るを恐れず、一招に熟するを恐れよ」
「―――それは中々大変でございましたな」
魔導通信機の上の小さな魔導卿が、ゆっくりと頭を下げながら師匠にそう答えた。
「あやかしの森」を出て、リホと師匠は元来た道を戻らずに、更に西へと向かった。
当然ながら、カルドの街での騒動で自分たちが手配されている、ということを想定してのことだ。
西から大きく迂回して、隣のヴィステリウム自治領を経由して、「死の大地」へ戻るというのが、リホと師匠が決めた進路だった。
「別にそんなに大変ではなかったけどな。結局なんであの森がおかしかったのか、その原因までは判らなかったよ」
「そんなこと言ってますけど、本当に大変だったんですよ?」
リホは少し膨れながら魔導卿に報告する。
「原因は不明のままですか……」
あ、流された。
「でも、あの宝珠が原因だったんじゃないですか? 現に宝珠が消失したあとは、森の異変も収まったわけですし―――」
「その宝珠がなぜおかしくなったのかが、判らんだろう?」
師匠にそう言われて、リホも、なるほど、と思う。
あの宝珠は、巨大トレントによって狂わされていたのではなく、どちらかと言えば宝珠がトレントを狂わせていたのだ。
「どうしてでしょうねぇ。ハイエルフの皆さんも、特に心当たりはないといっていたし……」
「ハイエルフの宝珠が狂いだした原因………、調べてみる必要はありそうですね」
魔導卿の目がキラリと光った。
「卿のほうで何かわかるか?」
「参考にできる資料があるか分かりませんが、調べられるだけは調べてみましょう。そうでないとあの竜もうるさいでしょうし」
魔導卿が言っているのは、きっと竜王のことだ。
元々は竜王が持ち込んだ話だ。若い竜族が森の上空で消えてしまったとも言っていたし、原因が分からずじまいでは、竜王も納得できないのかもしれない。
「じゃあ、調べといてくれ。こっちは少し遠回りして戻るから」
「かしこまりました。そういえば、無事カルドの街周辺にマスター達の手配書が出回っているそうです」
「無事にって………。やっぱりわたしたち、手配されちゃいました?」
「まあそうなるでしょうね。しかし追跡の手はそれほど厳しくないようですよ。恐らく監察官が手心を加えているものかと」
それを聞いてリホは少し安心した。自分達へのお咎めが緩い、ということもそうだが、なによりカルドの街の皆に迷惑が掛かってなさそうだ、というのが分かったのが大きい。
リホの脳裏にノアの可愛い笑顔が浮かんだ。
(ノアちゃん、元気かなぁ)
カルドを去ってまだそんなに日数は経っていないのに、何だか随分昔のことのように思える。
「どちらでもいいさ。しばらくすればほとぼりも冷めるだろう。こっちはのんびり戻るから」
「お帰りはどの道で?」
「ヴィステリウムを経由するつもりだ。しばらく行ってないしな」
「ほう、ヴィステリウムですか。魔術大学院に、カルドの件で協力をさせた者がいるのですが。よろしければ歓待させるよう、申し伝えておきましょうか?」
「いやいい。そういうの面倒くさい」
「かしこまりました。ではどうぞごゆっくりと」
そういって魔導卿は深々とお辞儀をした。
「あっあっ、ちょっと待ってください! 魔導卿に訊きたいことがあるんですっ」
リホが慌てて呼びかけた。
「なんでしょう? 私はそろそろ研究に戻りたいのですが……」
「わたしの棒に何かしましたね? いったい何をしたんですか?」
「何って、強化用の術式を付与しただけですが」
「しただけって。しただけって! もう、わたしびっくりしたんですからねっ! いきなり緑虎の頭が吹き飛んで」
「あぁ、うまく作動したようですね。それはなによりです」
「一体なにをしたんですかっ? 食人鬼も叩き潰したんですけど、わたし。それに森林熊を相手にしたときだって―――」
「あれは中々に会心の複合術式でしたよ。超高振動を与える術式だけでもかなりの難度でしたが、それを棒全体に与えてしまうと、貴方も握れなくなってしまいますからねえ。そこで貴方が握っている部分を起点として、そこから距離があるほどに振動がより強くなるような術式を編み出すのに………」
あ、ダメだ。こうなったらしばらく魔導卿は帰ってこない。
リホは諦めて魔導通信機の機能を切った。
得意げにしゃべり続けている魔導卿の姿がフッと消える。
結局、自分の棒に魔導卿が何かしらの術式を付与したことは確定した。
師匠が言っていた通りのちょうこうしんどう?
その他にも何か付与しているのかもしれないが、リホは何だか魔導卿に訊くのが疲れてしまった。
どうせ言ってもわたしの意見は聞いてくれないし。
魔導卿は魔導卿で師匠並みに訳の分からない存在だから。
(そういえば、魔導卿、今回は師匠がトレントを消したときのこと、食いついてこなかったな。)
リホはそのこともちょっと気になったが、その後の鍛錬を終えた時にはすっかり忘れてしまっていた。
それから数日後。
西へ迂回した後に北へ伸びる街道へ入ったリホ達は、そのまま北上をした。
街道沿いにはいくつか宿場町もあり、また野宿用の一軒家から宿屋に泊まるようになったが、正直リホには一軒家のほうが気兼ねなく落ち着けて良かった。
道中では相変わらず師匠との修業が続いた。
呼吸法は歩いている時もずっと行うよう指示されていたし、夜の鍛錬では『武術』の新しい型も教わった。
棒術でも新しい型を教わり、技が増えたことで得意げになっていたのだが、
『たくさんの技を覚えて得意がっているようじゃまだまだだな。それよりも一つ一つの技を徹底的に磨くことを心掛けろ』
と師匠から苦言を食らってしまい、リホは落ち込むと同時に、そういうものなのか、とちょっと目が開かれた思いもした。
そうして更に数日が経った頃。
小さな山の頂から、遠くにとても高い尖塔が何本もそびえている大きな街が見えた。
「あれが……ヴィステリウムですか……」
「そうだな。あと一日、ってところか」
リホと師匠は大陸最大にして最高学府である、ヴィステリウム魔術大学院を要する、その名もヴィステリウムの街をはるかに望んでいた。
いよいよ次回から新幕開始です。乞うご期待!




