二幕五場 「師匠は人でなし?」
翌日。
ハイエルフの村へ戻った一行は、村人たちから大いに歓迎を受けた。
村でも森の異変が消失したことが分かり、カヤ達が事態を解決したのだろう、と喜んでいたのだ。
ところが、帰還したカヤからもたらされたのは、予想を上回る話だった。
「宝珠が、消えた、というのですか?」
長老格のハイエルフが、恐る恐るカヤに尋ねる。
他の主だったエルフ達も、信じられないといった顔で見つめている。
「………ええ。宝珠は巨大トレントに取り込まれ、トレントが消滅するのと一緒に失われました。これからわたくしたちは、宝珠の力無しで生きていかねばなりません」
これを聞いた他のエルフ達は、すぐには言葉を発することができなかった。
宝珠の力無しに生きていく? そんなことができるのだろうか。
カヤの隣で話を聞いていた戦士長のグァムも、腕を組んだまま厳しい顔をして黙り込んでいる。
「わたくしたちは、今後森の外の者たちと共生していかなければなりません。そのために、これまでとは違い、外の者たちと対話を進め、交流を図る必要があります」
「外の者と交流ですとっ? 本気ですか、カヤ様?」
「本気です。もはや森の結界は失われました。このままここに閉じこもっていても、いずれ外の者がやってくるでしょう。その時にわたくしたちが拒めば、外の者たちは余計にわたくしたちに対して態度を硬化させることになりかねません。ですからそうなる前に、わたくしたちの方から開かれた姿勢を示すことが重要なのです」
「しかし………」
カヤの心は師匠に促された時に決まっていたようだったが、村に残っていた者達にすれば、降って湧いたような方針転換だ。
おいそれと従う気にはなれないのも仕方がなかった。
「私たちはこれまで、宝珠の力に守られて、森の中で外界と切り離された生活を送ってきた。外の者達は我々ハイエルフとは相容れない、共生できない存在だ、としてね。でも、どう? 今回のことで、私たちは外から来たひとたちの力を大いに借りることになったわ」
サヤが一同を見回して話し始めた。
「リホさんは村を襲った食人鬼を退けてくれた。何のために? 何もないわ。ただ私たちを助けてくれただけ。それだけのために、彼女は森の奥まで一緒に来てくれて、トレントを退治するのにも大いに力を貸してくれた。誰よりもね」
そう言われて、リホは自然と頬が熱くなってしまった。
普段褒められることなんてほとんどないので、こうして正面切って持ち上げられると、どうも恥ずかしくなってしまう。
「私たちは本当に他の者たちと共生できないの? ハイエルフはそんな程度の存在でしかないの? 私はそうは思わない。私たちはきっとうまくやっていける。ううん、うまくやっていかなければならないの。これから私たちがもっと幸せに生きるために」
サヤの言葉に力が籠った。
「だから、みんなの力を貸して。お姉ちゃんだけじゃできない。みんなの力が必要なの。みんなで知恵を出しあっていけば、必ずうまくいく。お願い」
そういってサヤが頭を下げた。それに続いてカヤも頭を下げる。
それを見て、他のエルフ達は大慌てになった。
「お止めくだされ、サヤ様、カヤ様!」
「そうです、頭をお上げください!」
「我らこそ、何もかもお二人に押し付けてしまって……」
口々に詫びながら、サヤとカヤを止めにかかるエルフ達。
するとそこでグァムが口を開いた。
「皆の者、どのみち無くなったものはどうしようもないのだ。宝珠がないことを憂うるよりも、これから我らが如何にして栄えていくかを考える方が、はるかに良いだろう」
そういってグァムはカヤとサヤの前に跪いた。
「カヤ様、サヤ様。このグァム、お二人のためならばどんな困苦にも耐えてみせましょう。微力ながら我が力、どうぞお使いください」
それを見た他のエルフ達も、次々と膝をついた。
「我らもお心に従いましょう!」
カヤはほっとして、サヤは満足そうに頷いた。
「では早速、最寄りの街であるカルドへ使者を遣わしましょう。これから良き関係を結べるように。幸いにして、リホさん達の知り合いが街にいるそうです。その伝手を使えば、きっとよい返事がもらえるでしょう」
村に戻る道中で、リホは先にカルドで起きた事件について、カヤ達に話していた。
定食屋のワカ、ノアのこと。鉱夫たちのこと。執政官とのひと悶着のこと。
もちろん、師匠が執政官を消してしまったことは伏せておいたが―――。
恐らく現在は新しい執政官が派遣されてくるだろうことも伝え、ワカ達を通じてうまく交流がとれるような方法を、帰り道に一緒に考えていたのだ。
うまいこと話し合いが進んだのを見届けて、リホは師匠と共に部屋を出た。
集会場から樹上の回廊に出ると、上には気持ちのいい青空が木々の間から見えている。
ついこの間まで、この森全体に気味悪いほどの邪気が溢れていたのが嘘のようだ。
「ん~~~~~~、気持ちいい~~~~~」
リホは大きく伸びをした。
「話し合い、上手くいって良かったですね」
「上手くいかざるを得ないだろう。他に選択肢はないんだからな」
「それを作った原因は師匠でしょうに………」
「宝珠に頼った生き方をしていれば、いずれこの森のハイエルフは滅んでいたと思うぞ? あんな宝珠一つでどうにかできるほど、特にヒト族は甘くないからな」
「そういうものですかね?」
「今まで見てきた中じゃ、ヒト族が一番面白くて、しかも危ない存在だ。下手をすれば、この森全部を焼き払うくらいのことは平気でしかねない」
「げっ、そんなですか?」
「その代わり他者とうまくやっていける能力も、あいつらが一番高いんだよ。不思議な生き物さ」
師匠はまるで牛や馬を見るかのように、ヒト族を語る。
(師匠はじゃあ、ヒト族ではないのかな……?)
リホは師匠に訊いてみたくなったが、すんでのところでぐっと飲みこんだ。
なんだか、本当のことを知ってしまったら、とても怖くなりそうな気がしたからだ。
(帰ったら、魔導卿に訊いてみよう)
そんなことを考えながら、リホはあてがわれた部屋へ戻っていった。




